旅と暮らし

グラミー賞獲得の実力派ジャズシンガー
ブルーノート東京で3夜連続公演!

2018.02.08

内本順一 内本順一

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2016年5月にニューヨークへ行った際、ブルックリンのプロスペクト・パークをブラリと散歩した。住宅街にある緑の多い静かな公園で、都会のオアシスといった感じ。小さなスケートリンクの向こう側からジャズの演奏が聴こえてきて、「GRAMMY PARK」と書かれたポスターが目に入ったので、その会場へと進んでみた。それは休日の昼間のフリーコンサートで、グラミーがいくつかのライブハウスなどで同時開催しているイベントのひとつ。熱心なジャズ好きが集まっているというよりは、たまたま公園を散歩がてら立ち寄ってみたという人が多いようだった(自分もそんなひとりだったわけだが)。つまり、いいあんばいにリラックスした雰囲気であり、ビールを飲みながらそこで2組のライブを観た。1組はクリスチャン・マクブライド・トリオ。もう1組はセシル・マクロリン・サルヴァントだった。

セシル・マクロリン・サルヴァントは、まずルックスが素敵でひかれるものがあった。見るからに知的で、ユーモアのセンスもありそうで、チャーミング。確かこのときもあの白くて大きなフレームのサングラスをかけていたと記憶している。ザックリした言い回しになるが、たたずまいからして“オシャレ”で、とびきりのセンスのよさが感じられたのだ。そして歌のうまさに驚かされた。“上手い”にも種類があるが、彼女は安定感があって、ピッチが正確で、声域も広くて……つまり雰囲気で酔わせるのではなく、実にしっかりした歌唱っぷり。名前こそ覚えがあったものの、自分はそれまで彼女の作品を聴いたことがなく、たまたま観たこのライブが出会いとなったわけだが、旅先で観るライブというのは得てして印象に残るもの。帰国してからアルバムをたどって聴き、改めてその実力を思い知ることとなったものだった。

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セシル・マクロリン・サルヴァントは、ハイチ人の父親とフランス人の母親のもと、米国フロリダ州マイアミで1989年に生まれたジャズシンガー。5歳でピアノを始め、8歳からクラシックの合唱を始めたという。それからオペラ歌手を目指すようになり、2007年にフランスに移住して名のある音楽院でクラシックの声楽とバロック音楽の合唱とジャズ・ヴォーカルを学んだそうだ。クラシックをバックボーンとし、フランスに住んでからはシャンソンも愛するようになったが、ジャズは当初趣味の範疇(はんちゅう)で、プロのジャズシンガーになるとは思ってもみなかったというのだから面白い。が、21歳のときに音楽院の先生の勧めでセロニアス・モンク国際ジャズ・コンペティションに出場すると、そのヴォーカル部門で優勝。クラシックをしっかり学んだ経験は歌唱の正確さや気品にあらわれているし、オペラやシャンソンを好んだことは豊かな感情表現力と広い声域に反映されている。多様な音楽の歌唱表現スタイルがあらかじめインプットされているようなところがあり、それをこれみよがしではなくサラリとセンスよく表せるあたりがまたステキさにつながっている人なのだ。

そのようなセシルの3枚目のアルバム『フォー・ワン・トゥ・ラヴ』がグラミー賞の最優秀ジャズ・ヴォーカル・アルバムを獲得したのは、2016年。それで前述したフリーライブ「GRAMMY PARK」にも出演していたわけだが、そこから2年が経ち、現在はそのときよりもっと注目度が高まっている。ニューヨークのジャズの殿堂ヴィレッジ・ヴァンガードで収録したライブ音源を2枚組のアルバムにした『ドリームス・アンド・ダガーズ』を昨年9月にリリースし、それが先日ニューヨークで開催された第60回グラミー賞で前作『フォー・ワン・トゥ・ラヴ』に続いて再び最優秀ジャズ・ヴォーカル・アルバム賞を獲得したからだ(ちなみに自分が前述のフリーライブで観たもう1組のクリスチャン・マクブライドは、ビッグバンド作品で最優秀ラージ・ジャズ・アンサンブル・アルバム賞を獲った。いま思えば、あれはなかなか価値のあるフリーライブだったわけだ)。

セシルの2枚組ライブ作『ドリームス・アンド・ダガーズ』はなるほどグラミーを獲得するにふさわしいもので、歌唱テクニックの高度さのみならず、観客と対話するようにして歌ったり笑わせたりという即興的なステージ運びのうまさも大きな魅力になっていた。加えて彼女は声色を自在に変化させ、観客たちが熱狂の渦に巻き込まれていく様子が聴いていて手に取るようにわかりもした。まだ若いのに貫禄すら感じさせるライブ盤だったのだ。

このような絶好のタイミングで行われるセシルの再来日公演は、ブルーノート東京にて3夜連続。雰囲気のジャズではなく、実力に裏打ちされた正統派ジャズ・ヴォーカルの完成度の高さを味わいに、ぜひとも出かけてほしい。

プロフィル
内本順一(うちもと・じゅんいち)
エンタメ情報誌の編集者を経て、90年代半ばに音楽ライターとなる。一般誌や音楽ウェブサイトでCDレビュー、コラム、インタビュー記事を担当し、シンガーソングライター系を中心にライナーノーツも多数執筆。ブログ「怒るくらいなら泣いてやる」(http://ameblo.jp/junjunpa)でライブ日記を更新中。

CÉCILE McLORIN SALVANT
セシル・マクロリン・サルヴァント

公演日/2018年3月24日(土)、25日(日)、26日(月)
会場/ ブルーノート東京
料金/ 7500円(税込)
その他詳細についてはこちら
http://www.bluenote.co.jp/jp/artists/cecile-mclorin-salvant

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