特別インタビュー

渋谷「AMECAJI」物語。
第5回 中武康法氏(マグニフ)

2018.05.28

いであつし いであつし

渋谷「AMECAJI」物語。<br>第5回 中武康法氏(マグニフ)

日本が生んだ、アメリカンカジュアルではなくアメカジ。いまや本家のアメリカをはじめ、海外のセレクトショップでもカジュアルスタイルのスタンダードになっている「AMECAJI」を生んだ、80年代~90年代の渋谷・原宿界隈にあったインポートショップと当時のファッションカルチャーに関わったキーマンたちにお会いして、エピソードや思い出話を聞いてきた「渋谷AMECAJI物語」。最終回は発祥の地の渋谷・原宿ではなく、神田神保町からお届けしよう。

神田神保町といえば、言わずと知れた本の街。古書店が軒を連ねる靖国通りから1本脇道に入ったすずらん通りに、他の古書店とは雰囲気からして違う「マグニフ」という小さな古書店がある。店主がDIYで作った白とイエローのペンキで塗られた外装と内装は、まるでサンフランシスコやニューヨーク、もしくはロンドンの本屋街や学生街にあるブックストアのようで、なんともいい感じだ。

神保町のお洒落な古書店マグニフの若き店主、中武康法氏は1976年生まれ。ちょうど世代的には渋カジや裏原ブームを通ってきた年齢である。ファッション誌にスナップされたりコメントを求められたりする、なかなかの洒落者だ。この日もギンガムチェックのシャツをナードに着こなしていた。

「いえいえ、僕は九州のはずれの田舎の出身ですから、渋カジも裏原ブームも通ってきていません。むしろファッション的なことは音楽から影響を受けています。小学生のころからビートルズか好きで、中学生になると『アビイ・ロード』でジョンレノンがはいていたベルボトムパンツと同じモノを探してはいたり、ジョンをまねてキャスケットをかぶったりしていた変なヤツでした(苦笑)」

上京して通っていた大学が近くだったこともあり、学生時代から神保町でファッションやサブカルチャー、音楽専門の古書店でバイトをしていた中武氏。雑誌が好きで、卒業後もそのままずっと神保町で古書店の仕事を続けて、2009年に独立して念願だった自分の店をオープンする。

マグニフで扱っている古本は、主にファッション雑誌のバックナンバーである。狭い店内にメンズクラブやPOPEYEをはじめ、ホットドッグプレスやチェックメイト、ASAYAN、Boon、流行通信やananなどなど、70年代、80年代、90年代のファッション雑誌が山のように積まれている。服好き、雑誌好きにとって、ここはまさに宝の山。ファッション業界の人たちもよく来店するそうで、三軒茶屋の老舗インポートショップのT氏や、創刊初期のPOPEYEやメンズクラブでメインライターだったG氏なども訪れるらしい。

「皆さん、昔のPOPEYEやメンズクラブなどを資料としていまでもちゃんと大事に保管されてるそうですが、いざ何年の何月号のあのページを読みたいと思って書棚から探そうとしても、どこに何があるのかすぐに見つけられなくて、ウチに来て探してみたほうか早いそうなんです」

実は筆者もそのクチで、神保町に来ると必ずマグニフに立ち寄る。今回、ずっと渋谷AMECAJI物語の取材でお会いした人たちから80年代~90年代の渋谷・原宿から生まれたファッションカルチャーの話を聞いているうちに、当時の雑誌をまた読み返してみたくなった。そこで最終回は渋谷・原宿のショップではなく神保町のここになったというわけである。

それと、これは何度も書いてきたが、同じ渋谷・原宿を発祥とするファッションカルチャーといっても、アメカジと渋カジはまったくの別モノである。今回取材してお会いした人たちも皆さん苦笑いしながら口をそろえてそう言っていた。ラルフローレンのBDシャツとネイビーブレザーにリーバイスの517を合わせて足元はレッドウィングのエンジニアドブーツ。同じ編集能力でも、どこかヤンキーなセンスが漂う着こなしはアメカジではあり得ない。例えばネイビーブレザーには軍パンとオールデンを合わせる。それが渋谷・原宿のショップカルチャーを発祥とするアメカジである。

筆者は当時の雑誌からなんとかそれを区別できないものかと、中武氏にわがままを聞いてもらい、「86年ごろの蔡 俊行さんがエディターをしたニューイングランド特集をしたPOPEYEや、素人の大学生モデルがプロペラのキャンバーのスウェットパーカーに501をはいてラッセルモカシンのノックアバウトブーツを履いてジャンプしている見開きページがある渋カジ特集をしているPOPEYE、あと、裏原ブームになる直前ぐらいのファッションスナップを特集していたASAYANはありますか?」などなど、うっすらと記憶しているなかからかなりのピンポイントで書棚を探してもらったり、パソコンで検索してもらった。

すると、出てくる出てくる。なかには、筆者がライターで参加して書いていたメンズクラブのムック本のインポートウエア特集や、『ぴあ』が渋谷・原宿のインポートブランドとインポートショップを特集したムック本など、これが当時のアメカジとわかる懐かしい雑誌たちに続々と再会できた。

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「よくPOPEYEの創刊号や『メイドインUSAカタログ』が貴重と言われますが、案外と皆さん持ってたりするんです。むしろそれよりも、最近は80年代後半~90年代の渋カジブームや裏原ブームを特集していたPOPEYEやASAYANといった雑誌のほうが貴重で、ファッション関係の人たちやデザイナーの方たちがそのころの雑誌を資料としてウチに探しにいらっしゃいます」

なるほど、昨今のファッションのトレンドから考えても確かにそうだろう。余談だが、実は筆者がファッションに目覚めてその後の自分のスタイルを決めるうえでいちばん影響を受けた雑誌はメイドインUSAカタログでもPOPEYEの創刊号でもない。

ちょうどメイドインUSAカタログが発売された75年ごろに、女性ファッション誌のananで 「メンズアンアン」という特集ページがあり、そこで若かりしころの四方義朗氏がモデルになってリーバイスの501やリーのオーバーオール、ネルシャツやシャンブレーシャツを着て紹介していた。

問い合わせ先を見ると、どれもアメ横の『ルーフ』や『ミウラ』。これが筆者のいちばん影響を受けた雑誌であった。ほかにも、桑原茂一が編集をしていたカルチャー音楽雑誌『ローリングストーン日本版』。

この雑誌の巻末の読者プレゼントのページで、初めて古着のミッキーマウスが描かれたリンガーTシャツや霜降りのジップアップスウェットパーカーを知った。提供先を見ると、青山の『ハリウッドランチマーケット』と書いてある。「東京にはこんな格好いい服を売っている店があるんだ」。中武氏と同じように、静岡の田舎の中学生だった筆者は雑誌を見てつくづく憧れたものである。

取材で海外に出かけて、ニューヨークやロンドン、パリ、サンフランシスコなどでいわゆる日本のインポートショップを参考にしたセレクトショップをのぞくと、どこのショップにも必ず日本のマガジンが店頭に置かれている。確かに海外のファッション誌には、日本のようにオールデンの種類だとかデニムの着こなし方だとかショップスタッフのスナップだとか、そんなことを丁寧に紹介して特集しているマガジンなんていまだにない(しいて言えば英国の『モノクル』ぐらいであろうか)。

また、数年前にアメリカの「パワーハウスブックス」から再版されてAMETORAブームのきっかけにもなった『TAKE IVY』。そもそもアメリカでは60年代のアイビーリーガーをスナップして残している写真集なんてなかったという。あの写真集にしても、アメリカで再版されるよりも先に、シップスが全ページをカラーで完コピして発売していた。それを一昨年亡くなられたシップスの名物プレスだった中澤芳之氏が海外から来たデザイナーや業界人に見せたりあげたりしていたことから広まったのだ。ちなみにデザイナーのトム・ブラウン氏は、70年代のメンズクラブを資料としてスタッフに頼んで神保町で買い集めたという都市伝説もある。

さて、WEB上で5回にわたってお送りしてきた「渋谷AMECAJI物語」。最終回はいささか話がアメカジから逸れてしまったかのようだが、筆者はそうは思わない。80年代~90年代、渋谷・原宿界隈にあったインポートショップは、やはり雑誌と濃密な関係にあったからこそ、アメカジというファッションカルチャーが生まれたのだ。それは、情報はネットが主流になってしまったいまでも変わらない。筆者はそう信じおります。アメカジ世代のご同輩、そしていまどきの若者たちよ、スマホの画面をちょっとだけ閉じて雑誌を読もう。またもう一度ショップに出かけようではないか。

プロフィル
中武康法(なかだけ・やすのり)
1976年宮崎県出身。古書店マグニフの店主。昨今では、アパレルショップ、百貨店でのイベント協力など、その活動の幅は広がる一方。

マグニフ
東京都千代田区神田神保町1-17
03-5280-5911
http://www.magnif.jp/

いであつし(いで・あつし)
数々の雑誌や広告で活躍するコラムニスト。綿谷画伯とのコンビによる共著『“ナウ”のトリセツ いであつし&綿谷画伯の勝手な流行事典 長い?短い?“イマどき”の賞味期限』(世界文化社)などで、業界関係者にファンが多い。

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Photograph:Hiroyuki Matsuzaki(INTO THE LIGHT)
Text:Atsushi Ide

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