旅と暮らし

真夏のヨコハマで聴く、味わい深き“天使のダミ声”。
その歌ヂカラと独特の間を楽しみに出かけよう

2018.06.18

内本順一 内本順一

真夏のヨコハマで聴く、味わい深き“天使のダミ声”。<br>その歌ヂカラと独特の間を楽しみに出かけよう

憂歌団のライブを初めて観たのがいつだったかハッキリとは覚えてないが、たぶん70年代の終わりか80年代の初頭くらいだったと思う。そのころはよくRCサクセションと同じイベントに出たりしていて、何度か両者の共演も観た。以来、憂歌団のライブは何度となく観てきたし、木村さんのソロステージもいろんな場所で観てきた。初めて観てからもう40年近くになろうとしているのに、いまでも木村さんがステージにいるというだけで胸が躍り、顔がニヤつき、引き込まれ、「やっぱり最高だな」と思う。何度だってそう思うのだ。

木村充揮(あつき)は大阪市生野区生まれのシンガー。1969年に大阪市立工芸高校の美術科の日本画クラスで内田勘太郎と出会い、音楽の話で波長が合って親しくなった。ふたりは「ギターで遊ぶ」ようになり、ブルースにのめり込んでいく内田の影響で木村もブルースを聴くように。内田は昼飯代も授業料もすべてブルースの輸入盤につぎ込み、それをカセットにダビングして木村に聴かせていたそうだ。また、木村がブルースの沼にハマっていくきっかけとして、次のことも大きかったと、以前インタビューしたときに話していた。

「高2のときにB.B.キングの初来日を観たんですよ。僕はシカゴとかツェッペリンとかも観たんやけど、ブルースのライブのほうがうんと感じるものがあった。深さが違う。ロックは音の大きさやけど、ブルースは深さなんやって思ってね。ロックが悪いとかそんなんちゃうねんけど、僕はそう思って」

そして高3のあるとき、エルモア・ジェイムスの「ダスト・マイ・ブルーム」を弾いていた内田が突然「おまえ、歌え」と木村に言い、それまで人前で歌った経験などほとんどなかった木村が「まあ、遊びやから」と歌ってみたところ、内田がその歌いっぷりに感動。内田がリードギター、木村がサイドギターとリードボーカルという形で「遊び」が「本気」になりはじめ、学校の文化祭に出るのをきっかけに内田が憂歌団と命名。やがて木村の近所に住んでいた島田和夫と花岡献治が加わり、デュオからバンドへ。これが憂歌団のスタートだ。ちなみにまだふたりだったときの憂歌団が初めてライブをしたのは、大阪天王寺の阿倍野筋商店街の東にあるコーヒー専門店「喫茶モア」。

「泣きもしました ケンカもしました 笑いはもちろん 当たり前 天王寺」「これがアタシらの ふるさと 天王寺」。これは木村がライブでよく歌う大名曲「天王寺」の一節だが、まさに歌手人生の始まりが天王寺だったのだ。

日本語でブルースを歌うバンド、憂歌団のデビュー・アルバム『憂歌団』は、1975年に発売された。1975年といえば、上田正樹と有山淳司の『ぼちぼちいこか』も、上田正樹とサウストゥサウスの『この熱い魂を伝えたいんや』も、ウエスト・ロード・ブルース・バンドの『ブルーズパワー』と『ライヴ・イン・キョート』も発売された年。ダウン・タウン・ブギウギ・バンドはこの年に「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」を大ヒットさせ、それによって日本語のブルース(または日本のブルース)はかなり注目され、大きく動いていた。小学校から中学に上がったくらいの自分にはそれがブルースなのかなんなのかなんてわかっていなかったが、あれは確か中1のときだったか、友達のアダチくんの家に何人かで集まり、みんなで憂歌団の「パチンコ」や「おそうじオバチャン」を繰り返し聴いて笑いながら木村さんの歌い方をまね、「♪パチンコパチンコ~」と歌ったりしたのを覚えている。国外のブルースのレコードを聴くようになったのはそこそこ大人になってからだったけど、日本のブルースはそのころから聴いて肌に染みついていた。自分と同世代の人のなかには、けっこうそういう人が多いんじゃないかと思う。

憂歌団に対する思い出と思い入れを書きだしたらそれだけで長くなってしまうので割愛するとして、1994年に木村さんは初のソロアルバム『ポー』を発表。その後しばらくソロとバンドを並行させ、1998年に憂歌団が「休眠」に入るとソロや別ユニットなどでの活動を本格化させた。ブルースだけでなく、その長きにわたる活動のなかではジャズ・スタンダードのアルバムを出したりもしたし、ときには演歌も歌ったが、ジャンルがどうとか関係なく、何を歌っても木村さんが歌えばそれは唯一無二の木村さんの歌になった。それはもう間違いなくそうであって、木村さん自身もこう話していた。

「“キミはブルースやろ”ってよう言われますけど、“ちゃうちゃう。僕は僕や”って。ただそれだけですわ。ただ、ニュアンスを伝えるためにブルースやって言うだけでね」

冒頭に書いたとおり、これまで本当にいろんな場所で木村さんのライブを観てきた。複数の出演者のひとりとして木村さんが登場するイベントも何度となく観た。そしてそういう複数のアーティストが出るイベントを観ていて必ず思うのは、木村充揮という人の圧倒的なスター性だ。存在感がほかの人たちとは比較にならない。例えば最近観たものだと、4月に下北沢ガーデンで行われた加川 良さんのトリビュートライブ。多彩な顔触れがそろった4時間に及ぶ長尺ライブのなか、短い持ち時間でもその歌ヂカラと独特の間の取り方でそこを完全に自分の世界に染め上げてしまったのが木村さんだった。あの歌ヂカラと間の取り方は、そこに流れる空気に染まることなく、世界にひとつのものとして輝きを放つ。いつだって、どんなライブでだって、そうだ。そう、忌野清志郎という人がそうだったように。

木村さんは、ステージでいつもそばにお酒を置いて、飲みながらライブを進める。1杯飲み終わるとスタッフに「すんません、おかわり!」と促し、それをまたクイっとやりながら冗談を言っては笑っている。煙草もよくふかす。そこが自分の部屋であるように、ゆっくり飲んで、ゆっくりふかす。そして酔うほどに自由度が増し、“いい感じ”にできあがっていく。客も客で愛ある野次をがんがん飛ばし、「はよ歌えや!」と誰かが叫べば、「うっさいわ、このボケ!」と木村さんが返す。決して一方通行になることなく、客の突っ込みに木村さんが応えると、その言葉にまた客が返し、そのやりとりのなかでグルーブが生まれたりもする。東京でのライブよりもそれは関西のライブで顕著で、自分も過去に京都の磔磔(たくたく)で観たりしたが、客に突っ込まれることで木村さんもどんどん調子を上げていっているように見えた。そうして木村さんは急に歌いはじめる。その途端にそこからブルースとソウルがジワっとにじみ出て、グッとこないではいられなくなる。「10$の恋」「シカゴ バウンド」「嫌んなった」「胸が痛い」「天王寺」……。そんな、何度聴いても揺さぶられる名曲群。しかも飲むほどに歌の迫力と説得力が増すのだから、誰も文句など言えないのだ。そしてまた、「君といつまでも」を歌っている途中、木村さんは「しあわせだなぁ」とつぶやき、「ぼくぁ……、ぼくぁ……、死ぬまで歌い続けるぞぉ」と叫ぶのだ。

残すことよりも、ライブで歌うことがすべて。楽しんで、出会うことがすべて。そういう考えのもとに木村さんは今年も実に精力的にライブをしていて、6月は『木村充揮ひとり旅ツアー2018』であちこち回り、7月は京都の磔磔で『木村充揮満載な一週間!!楽しんでや!!!』と題して多彩なゲストを迎えた1週間公演を行い、8月末から9月頭までは名古屋の得三で『木村充揮3days』を行い……といったふう。そんななか、8月8日には『木村充揮 LIVE IN YOKOHAMA』と題し、Motion Blue YOKOHAMAで2度目の公演を行うことも決まっている。真夏のヨコハマに響く「天使のダミ声」。聴きに行かない手はない。

プロフィル
内本順一(うちもと・じゅんいち)
エンタメ情報誌の編集者を経て、90年代半ばに音楽ライターとなる。一般誌や音楽ウェブサイトでCDレビュー、コラム、インタビュー記事を担当し、シンガーソングライター系を中心にライナーノーツも多数執筆。ブログ「怒るくらいなら泣いてやる」(http://ameblo.jp/junjunpa)でライブ日記を更新中。

公演情報

Motion Blue YOKOHAMA

木村充輝
LIVE IN YOKOHAMA

公演日/2018年8月8日(水)
料金/ 自由席 ¥5,000(税込)
BOX席 ¥20,000+シート・チャージ ¥5,000
※BOX席は4名様まで利用可能、インターネットからのみの予約
予約電話番号/045-226-1919 (11:00am - 9:00pm)
所在地/〒231-0001
横浜市中区新港一丁目1番2号 横浜赤レンガ倉庫2号館3F

詳細はオフィシャルWEBサイトにて
http://www.motionblue.co.jp/artists/kimura_atsuki/

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