特別インタビュー

人はどういうタイミングで時代に取り残されるのか

2019.05.08

速水健朗

時代遅れのスーツや飲食店のチョイス、空気の読めない発言……。はやりに疎いからではなく、知識があるがゆえに陥る盲点がある。時代は刻々と変わっているのだ。

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昨今、部下が電話に出ないとの問題が発生中だ。中間管理職のアラフォー以上世代なら思い当たるのではないか。仕事の用事で部下に電話をかけても、まったく出ない。だがそのくせLINEで「さっきの電話の件、なんでした?」と返してくる。

この電話問題の発端は、ホリエモンこと堀江貴文氏である。彼が「電話をかけてくるやつとは仕事をするな」「効率が悪い」と言いだしたのだ。これに対し“電話をかけたほうが早い”との反論もあるだろうし、“空いた時間に見られるメールのほうが効率的”との賛成意見もあるだろう。

ちなみに僕は、ホリエモン擁護派である。ホリエモンの趣旨は、電話とは他人の時間を奪うメディアなのだというもの。メールもショートメッセージもLINEもSlackもある時代に、電話を選ぶということの意味は、かつてと同じではない。

なぜこんな話から始めたかというと、僕が年上世代と仕事をするうえでのギャップを感じているからだ。60代のベテラン男性が仕事のチームにいる。ほかはみんな20代から40代。60代の彼がひとりだけスマホが使えず、別の手段で連絡しないといけない。さらに、みんなノートPCを持ち込んでのブレスト会議でひとりだけ電子辞書を開いている。正直、そんなことはさして問題ではない。だが、彼はメールマナーが独自ルールすぎて、先方を怒らせてしまったことが幾度かある。仕事の依頼をいきなり電話でするのだ。いや、駄目ではないのだけど。案の定、相手の気分を害することもある。「そういうやりとりはメールでくれ」と先方にキレられたりもする。とはいえ、その御仁は謝るどころか、相手に責任を転嫁する。「電話に出ないってどういうことだ」と。むぅ。

もちろん、60代、70代でIT機器を使いこなしている人たちもいる。ちなみにうちのもうすぐ70歳になる母親は、iPadもグーグルマップもLINEも完璧に使いこなしている。あくまで年齢ではなく人による。だが、ITギャップは、極めてポピュラーなものでもある。サイバーセキュリティ担当大臣なのにパソコンを使ったことがないうんぬん、歴代経団連会長が誰も仕事部屋にパソコンを持ち込まなかったなどなどといったニュースを見るたびに、それらは身近なものとして受け止めざるを得ない。

と書いていてふと思い浮かぶ。もしかしたら、自分たち40代も下の世代から同じことを思われているのではないか? そうなのだ。20代、30代は、これだから40代は、と思っている。実は先程、「メールもショートメッセージもLINEもSlackもある時代」と書いたが僕はSlackは使ってない。ちょっと知ったかぶりをしてみた。

いま45歳である僕の世代(団塊ジュニア世代)は、自分たちが古い世代だと言われることに慣れていない。なぜなら、子どものころにマイコンが登場していた“マイコン世代だし、小学生でファミコンに最初に触れたファミコン世代である。われこそがアンファン・テリブル(イチローもホリエモンも恐るべき子どもとして世に出てきた同世代)だと思って生きてきた。さらに僕らの世代は、社会人として世に出たころにデスクの上にパソコンが並んでいるのも当たりだった。最初からビジネスのメインツールは電子メールなのである。

その意味では、5~10歳くらい上のバブル世代(1960年代半ば生まれ)は大変だったはずだ。彼らは、デスクワークがまだ手書きで行われていた時代に社会に出て、次にワープロ専用機という特殊な時代を経て、さらにパソコンに対応しなくてはいけないという苦労を経験しているのだ。デジタル化、IT化へ向かう社会にがんばって適応しなければならなかった世代である(とはいえ、バブル世代はいまだにバブル時代を生きているかのように見える)。

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さて、話は飛ぶが『ファクトフルネス』という本が現在、ベストセラーになっている。この本の著者は、世間(先進国の住民たち)の多くが認識している知識は、実はもう古くなっているのだと繰り返し主張する。

例えば、私たちは世界の貧困層について、1960年代半ばの時点の知識から更新されていない。実際の世界では、この20年で世界の貧困は激減しているという。アフリカの諸国、東南アジアの諸国の多くの生活レベルは、実は欧州、北米、日本での生活とさほど大差はなくなりつつある。だが、我々の多くは、まだそこには越えられない壁があるはずだと信じている。世界の人口の多くが、日々の食べ物にすら困り、ろくな医療も受けられずにいると。だがその認識自体が50年前のものである。先進国の人々はそこから情報を更新していないのだと。

『ファクトフルネス』は、人の無知や不勉強を指摘した本ではない。むしろ、インテリ層で知識を十分に持っている人であればあるほど、一度仕入れた知識を後生大事に守りつづけ、情報の更新を疎かにしてしまうのだ。

自分たちはものごとをよく知っている。だから大丈夫。その安心こそが、人が情報のアップデートを止め、置いていかれる原因なのだ。

ちなみに更新されないのは、IT機器の話だけではない。みんなでご飯を食べに行ったときの誰かの飲食店の選択にそれを感じることもある。“あ、このチェーンは90年代には先端だったんだけど、いまは味もサービスも落ちたんだよな”とか。部下を連れて行く場所として、グローバルダイニング系を選ぶのはどうなの? 青龍門系っていまどうなの?といった具合である。自分の飲食店のチョイスを20代のころから更新してない人たちがいる。

ビジネススーツもそう。高級なサヴィル・ロウのオーダーメード製などでない限り、時代に沿って変化する。買う場所も、昔は、銀座や青山のテーラーや百貨店が定番だったが、その後、量販店が登場し、それがカタカナになり、いまどきはセレクトショップでもスーツを売っている。ドレスコードも時代に沿って変わった。ネクタイ必須という時代ではなく、カジュアルが許されているオフィスも多い。そして、ちょっと前までジャケパンスタイルが主流だったが、セットアップが増えたりもする。

ここで論じているのは、新しいものごとを常にキャッチアップしないと時代遅れになるよねという単純な話ではない。むしろ、流行に合わせて消費の仕方を変えるということ自体がすでに時代に遅れている。現代は、新しい選択肢が次から次へと現れてくる時代。それを臨機応変に取捨選択しながら使いこなす時代なのだろう。

平成から新しい元号へと変わろうとしている。いまこそ足元を見つめ直し、何が更新されていないか、自分をチェックするいい機会かもしれない。とりあえず、僕もSlackを導入してみることにしよう。

速水健朗(はやみず・けんろう)
ライター。1973年、石川県生まれ。パソコン雑誌の編集を経て、2001年よりフリーランスとして、雑誌や書籍の企画、編集、執筆などを行う。主な分野はメディア論、20世紀消費社会研究、都市論、ポピュラー音楽など。近著『東京どこに住む? 住所格差と人生格差』『東京β』など。TOKYO FM『速水健朗のクロノス・フライデー』(毎週金曜日6時?9時)のパーソナリティーを務める。

※アエラスタイルマガジンVol.42からの転載です

Illustration:Akira Sorimachi

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