旅と暮らし

ぶざまでもいい、この夏まずは“飛び込んでみる”。
映画『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』
[美しき映画ソムリエ]

2019.06.26

東 紗友美

ぶざまでもいい、この夏まずは“飛び込んでみる”。<br>映画『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』<br>[美しき映画ソムリエ]

今回は、質問から始めたい。最近なにか“あたらしい”ことをはじめた人はどれくらいいるのだろうか? 新しい時代を迎え、瞬間的に生まれ変わった気分を味わった人もいるであろう。ただ、実際にはどうだろうか? 以前と変わらぬ日々を過ごしている人が多くないだろうか?

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今回は、最近なんのスタートも踏み出していない……なんて心のどこかで思っている人の背中をそっと押してくれるような、プールが舞台のこの季節にマッチした映画を紹介したい。

“男たちのシンクロ”、こう聞いて、私たちが思い出すのは夏の定番ムービーでもある「ウォーターボーイズ」だ。シンクロにかける熱い情熱、恋に友情、まぶしい水面。妻夫木 聡、玉木 宏、金子貴俊……。彼らの水着姿は輝いていた。しかし、今回登場するシンクロチームは特に鍛えてきたわけでもない。人生に疲れたおじさんたちが一堂に集まったチームだ。

今風に言い換えれば“映え”でもない日常生活に生き悩むおじさんたちの実話を基にしたシンクロチームの物語は、フランスで400万人の観客を動員した。ニートなおじさん、中二病をこじらせたおじさん、夢追い人のおじさん、恋愛経験が一度もないピュアすぎるおじさん、妻と子どもに逃げられたおじさんなどなど。ある意味、ダメ度合いのほうがシンクロしてしまっているおじさんたち。正直、プールよりもサウナのほうがしっくりくるような肉体をさらしながら、人生のリスタートをかけ、世界選手権出場を目指していく。

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世の中のメディアでは、成功者だけが取り上げられる。しかし“普通のおじさん”たちが七転八倒しながらも毎日を以前より少しだけ勇気を持って生きようとする姿は、他人事に思えず心の距離が近く感じられた。

だめだめながらもトレーニングに励み、きっと他人には気付いてもらえないような小さな小さな一歩を踏み出す様子。その姿には、爽やかな感動を覚えた。オリンピックの女子シンクロナイズド・スイミングチームの振付師が担当した7週間にわたるトレーニングの成果もリアリティーが感じられる絶妙な仕上がりとなっていた。

さて、なぜ年齢を重ねるごとに新しいことへの挑戦に尻込みしてしまうのだろうか。大人になればなるほど、始めることに理由を求める。“挑戦”というかしこまった表現に縛られている人もいるかもしれない。

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この映画では、主人公のベルトラン(マチュー・アマルリック)は公営プールに貼られたチラシであまり深く考えずにチーム入りを決意する。そう、彼のようにただ飛び込めばよいのかもしれない。始める理由なんて考えず、ホイッスルが鳴る前に。

「なにかをスタートするキッカケは、ヨコシマでもいい」

このメッセージを、『シング・ストリート 未来へのうた』(2016)という映画から受け取った。14歳の少年は、ただ憧れの女性にモテたい一心でバンドを始め、その結果、少年の世界は百八十度変化した。好かれたい、褒められたい、すごいと思われたい。そんな邪な理由を抱くことがきっかけ作りに功を奏すこともある。しかし新しい扉というものは、山あり谷ありの人生経験を積むと重く厚くなってくることも否めない。そのため、邪な理由すらも見つからない人も多いのではないだろうか?

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だからこそ、いざとなったら直感に任せることも重要かもしれない。気になることは、あまり深く考えずにプロに話を聞いてみたり、体験教室に行くのもありかもしれない。ときには、インターネット上に数あるイベントの申し込みボタンを指の動きに任せて突発的に押すのもいいかもしれない。金銭的に余裕が出て、自分のライフスタイルが理解できるようになったビジネスパーソンだからこそ、どんなことにもチャレンジできる。

今年5月には堀江貴文氏の出資したロケットが日本の民間企業のロケットで初めて宇宙空間に到達した。7月にももう一度ロケットを飛ばし、ロケットから紙飛行機を飛ばすという世界初の試みにも挑戦するらしい。自分がこれまで参入してこなかった分野に、私も積極的に飛び出してみたいと思った。

ミッド・クライシスに陥っていたシンクロチームのメンバーたちの表情は、いつの間にか変化していた。日々の楽しみが増え、新しい仲間と出会え、そして何よりも新しい価値観に恵まれたことにより徐々に明るくなっていった。予期しなかった自分に出会える権利は、尻込みしないで飛び込むことさえできれば万人が持てるものだ。

さて、あなたのいちばん気になっていることはなんですか?

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『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』
7月12日(金) 全国ロードショー
監督:ジル・ルルーシュ
脚本・脚色:ジル・ルルーシュ、アメッド・アミディ、ジュリアン・ランブロスキーニ 
出演:マチュー・アマルリック、ギョーム・カネ、ブノワ・ポールヴールド、ジャン=ユーグ・アングラード
2018/フランス/スコープサイズ/122分/カラー/フランス語/DCP/5.1ch日本語字幕:加藤リツ子/原題『Le grand bain』英題『SINK OR SWIM』配給:キノフィルムズ/木下グループ/PG-12
©2018 -Tresor Films-Chi-Fou-Mi Productions-Cool industrie-Studiocanal-Tf1 Films Production-Artemis Productions

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