紳士の雑学

ニッポンの社長、イマを斬る。
Fracta CEO加藤 崇インタビュー[後編]

2019.07.23

ニッポンの社長、イマを斬る。<br>Fracta CEO加藤 崇インタビュー[後編]

かつてグーグルにヒト型ロボットを売却した日本人がアメリカで起業した。Fracta(フラクタ)CEO加藤 崇、40歳。目指すは全米1兆円市場の水道管ビジネスだ。「ここで負けたら日本の負け。本気で思っている自分がいます」、そう語る氏に話を聞いた。

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半分は『自分の意思』、半分は『環境』

2015年、渡米した加藤はシリコンバレーに小さなオフィスを借り、2度目となるロボットベンチャーを立ち上げた。当初の事業は石油やガス関連の市場に点検ロボットを売り込むことだった。日本の技術者を呼び、相当な時間とお金を費やしもした。だが、次第に明らかになっていく。ロボットによるデータ取得には限界があること、AIによるデータ解析のほうが正確で経費も掛からないこと――。「つらい決断ではありましたね。けれど、最初に立っていた場所にこだわりすぎるとビジネスとして立ち行かなくなってしまう」。創業の1年半後、加藤はロボットを捨てAIに特化することを決めた。シリコンバレーでは、ピボット(事業転換)は成長のために必要なこととも言われている。

  • 960_現オフィス(加藤さん)
    フラクタのオフィスにて
  • 960_現オフィス外観㈰

「日本には『今と未来はつながっているべき』という前提がありますが、逆にアメリカは『いつでも生まれ変われる』という世界観がある。節操がないと言えば節操がないんですが、どんな人たちに囲まれて仕事をするかは意思決定において非常に重要だと思います。人生をどう動かすかって、半分は自分の意思で半分は環境。結果的に正しい判断ができたと思いますし、シリコンバレーに来たことは大きな意味がありましたね」

ターゲットとする市場も当初の石油やガス関連から変化した。水道管の老朽化問題に焦点を当て、18年以降は急成長が続く。アメリカでは18州、40社を超える水道事業者が導入を決め、ヨーロッパ市場にも乗り出した。日本国内への逆輸入も形となり神奈川県企業庁や日本鋳鉄管などとの提携も決まった。「水道産業ですから指数関数的な伸び幅は限られますし、『AIを使用』と言ってすぐに理解してもらえるわけでもない。ひとつずつ説明していくなかで徐々に広がっていった。今は打てば打つほどヒットが出る、人手が足りないような状況です。市場の盤面が固まる、そんな時期に来ていると思います」

苦しい時によって立つものは「使命感」

同社には中長期的な目標が2つある。ひとつは「水道事業で世界のデファクトスタンダード」になること。

「水道管の管理なら『フラクタ』。時間は掛かると思いますが、それが当然の選択になることですね。もうひとつは、水道以外のインフラに切り込んでいくこと。ガス配管であったり、鉄道などの電気設備であったり。これらは水道とまったく同じアルゴリズムで老朽化や故障を予測できる。既に、日本では東急電鉄さんと実証実験を始めていますよ」

加藤の語りは熱く、多くの人を動かしてきただけの説得力を持つ。その一方、「昔は誰も話を聞いてくれなかったんです」とも。

「グーグルとのM&Aで注目されて以降ですよね。『何かすごいことをやってくれそう』、その前提で話を聞いてくれる。だけど、10年、20年前の僕が話していることと今の僕が話していることって、本質はまったく同じなんです(笑)」

大きな成功もあった。けれど、その何十倍もの困難があった。フラクタは予期せぬ決断を迫られたし、ヒト型ロボットも当初はけんもほろろ。企業再建に奔走していた頃は「お金を払うなら事業を譲り受けてもいい」など人を食ったような提案をされたことも。

「結局、苦しい時によって立つものって『正しいこと』をしているかどうかだと思うんです。使命感、というのかな。『なんで、オマエが日本担いでんの?』って言われますけど『俺がやらなきゃ』ってずっと思っているんです。フラクタだって、自分がやらなければ『国民が高い水道料金を払うことになる』って考えていますし、『ここで負けたら、日本の負けだ』ってどこかで本気で思っているんですよ」

もちろん、どうにもならないときもある。そんなときは広田弘毅の句を思い出す。

「『風車 風が吹くまで 昼寝かな』って。思うんですけど『なんかダメだな』っていうときがあってもいいんですよ、人生なんて。戦局が変わるのを『昼寝して待つ』という選択肢もある。昔は『今すぐ動かさないと終わりだ!』くらいにせっかちな人間だったんですけど(笑)、そこは年を取って『待つ勇気』の大切さもわかるようになりましたね」

本を読まないとチャンスは来ない

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インタビュー場所となった『メンローパーク・コーヒー渋谷店』は加藤が出資した店だ。日に6杯は飲むほどのコーヒー好き。いわくシリコンバレーのカフェはチャンスを獲得する場所だ。「日本にもそんな空間を」、青山通りから1本入った同店にはこうした思いも込められている。

そこで、チャンスをつかみたい30代のビジネスマンへのアドバイスも聞いてみた。「本を読むことですかね」、加藤は少し考えてこう答えた。

「最近、読書する人が少なくなっている気がするんです。だけど、本を読まないとチャンスはないはずなんです。知識は力ですからね。小説でも実用書でも歴史書でもなんでもいい。何かやろうとするのなら、本を読んでいないとやっぱり勝てないと思います」

自身の本好きは母の影響も大きかった。「起業家にはならないでね」、そう言った母は天国で何を思うのか? その問いに強くほほ笑んだ。「人一倍バイタリティーにあふれた女性だったんですよ。だから、結論はOKなんじゃないですかね。今はきっと喜んでくれていると思います」

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プロフィル
加藤 崇(かとう・たかし)
1978年生まれ。早稲田大学理工学部応用物理学科卒業。元スタンフォード大学客員研究員。東京三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)を経て、ヒト型ロボットベンチャーSCHAFTの共同創業者(兼取締役CFO)に就任。13年、同社を米国Google本社に売却。15年、人工知能で水道配管の更新投資を最適化するソフトウェア開発会社Fractaを米国シリコンバレーで創業、CEOに就任。著書に『未来を切り拓くための5ステップ』(新潮社)、『無敵の仕事術』(文春新書)、『クレイジーで行こう!』(日経BP)がある。19年2月、日経ビジネス「世界を動かす日本人50」に、同年4月、Newsweek日本版「世界で尊敬される日本人100」に選出。カリフォルニア州メンローパーク在住。

「アエラスタイルマガジンVOL.43 SUMMER 2019」より転載

Photograph:Kentaro Kase
Text:Mariko Terashima

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