紳士の雑学

御三家ブランドの矜持がここに
The Okura Tokyoの成功と課題とは?
[センスの因数分解]

2019.09.20

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何かが再開発などにより生まれ変わる前、惜しむ声の大きさは人気や評価と正比例するものです。美しいモダニズムデザインのロビーを擁したホテルオークラ東京が、建て替えのため一時閉館するというニュースもまた、多くの人にネガティブに受け取られ、その声が日本を代表する名ホテルの評価を再認識させるものになりました。

2015年より続いていた工事を終え、今年9月12日よりThe Okura Tokyoがグランドオープン。それに先立って行われたプレビューに行ってきました。ベールを脱いだホテルに足を踏み入れてまず感じたのは、喜びと驚きと懐かしさ。かつてホテルオークラ東京の顔であったメインロビーを見事なまでに踏襲しており、エントランスからの印象は驚くほど変わっていませんでした。閉館当時はロビーの喪失を惜しむ声があちこちから聞こえていましたが、”オークラブランド”は自身の宝をしっかりと認識し、次世代へとつなげていたのです。

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The Okura Tokyoを手がけたのが、世界的建築家である谷口吉生です。父の谷口吉郎も東京国立博物館などを残した名建築家で、2015年に幕を下ろしたホテルオークラ東京は彼による作品。つまり親子二代にわたりオークラブランドの意匠を担当したことになります。

ともに日本を代表する建築家の父と子によるバトンリレーだからこそ、かつてのたたずまいを継承できた。それは確かに事実でしょう。しかし、ホテルデザインとは、ブランドづくりとは、そんなに単純なものではないと思うのです。ホテルオークラ東京が生まれたときと現在とでは、日本の状況、世界の情勢は大きく異なります。物事の動くスピード、外資系ホテルの参入も含めたホテルの数、インバウンドの数……、ホテル建設においての判断基準は、別のものになっていると言っていいでしょう。また昨今“ライフスタイルホテル”や“ソーシャルホテル”という言葉も生まれ、ホテルの役割自体もどんどん多様化しています。そんななかでオークラというブランドが何を宝として残し、生かし、継承しつつ新たな時代に求められる事柄に対応していくのか。その課題へのひとつの答えを、建築デザインという形をもって建築家の谷口吉生が提示したのです。またそれは、The Okura Tokyoという挑戦の初期設定を担ったとも言えるでしょう。

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結果から先に言いますと、この初期設定は成功していると思います。まず、ホテルオークラ東京の財産であったロビーデザインの踏襲。かつてのオークラを高く評価してきた人たちも満足する回答でしょう。ほかにも都心の一等地ながら中央に広場を設けることで手に入れた開放感、猛スピードで変化する時代にあえて新しすぎないようにするという選択など、英断はいくつもあります。これらの英断は、真の価値や財産を知り、長い目で物事を見通せる判断力がないと下せるものではありません。父から子へ。意匠の依頼としては自然な流れかもしれませんが、それが成功するかどうかは別の話です。しかし谷口吉生という世界のぜいたくと知性と美を知る建築家は、父が心血注いだホテルのブランドにおいて、その命題を見事にクリアしたように思います。

もっとも、そのために苦心した事柄も少なくないはずです。聞けば高い評価を得ている現ロビーは、実は窓の開口方角がかつてと異なり、採光の具合が変わるのだとか。そのことによる印象の違いを解消するために、光量のコントロールに細心の注意と工夫が払われているといいます。また客室からの開放感ある眺めやベランダを実現させた広場を確保するため、併設する大倉集古館を数十メートルセットバック。大倉集古館は、新しいホテルの出発のために「移築」しているのです。オーキッドバーではかつてのバーで使われていたイスと同じデザインの色違いをオリジナル製作、テーブルの銅板も旧バーのものをリペアしています。ほかにもこれみよがしではないけれど、細心の注意と旺盛なバイタリティーで仕上げられたものが随所にあります。それらはみな、最新やトレンドや華やかさというベクトルではなく、余裕や心地よさ、懐かしさを伴ったオークラらしさばかり。すべてこのホテルの価値と宝、歩んできた歴史を理解したうえでの、英断からでしかなし得ないことです。これこそ、リブランディングの真骨頂ではないでしょうか。

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かつてこの連載の初回で、ニューヨークのホテルを語った際に“借り物”ではなく、自分の文脈である大切さを書きましたが、The Okura Tokyoの初期設定、つまりランドスケープを含めた建築デザインは見事に成功していると思います。しかしハコの魅力は、10回ほど体験すればどうしても慣れてくるはず。真の価値は、目に見えなかったり消えてなくなるものによるところも多いです。そういう意味では、新生ホテルはまだまだの印象。第一印象での好感度を、常連客の新規獲得にまでつなげられるかどうか。それはこれからのホスピタリティを含めたソフトが担うことになります。今後もラッシュが続く、東京でのホテルオープン。日本の老舗の真価が決まるのは、これからです。 

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プロフィル
田中敏惠(たなか・としえ)
ブータン現国王からアマンリゾーツ創業者のエイドリアン・ゼッカ、メゾン・エルメスのジャン=ルイ・デュマ5代目当主、ベルルッティのオルガ・ベルルッティ現当主まで、世界中のオリジナリティーあふれるトップと会いながら「これからの豊かさ」を模索する編集者で文筆家。著書に『ブータン王室はなぜこんなに愛されるのか』『未踏 あら輝 世界一予約の取れない鮨屋』(共著)、編著に『恋する建築』(中村拓志)、『南砺』(広川泰士)がある。
http://ttanakatoshie.com/ ブログ:https://ameblo.jp/ttanakatoshie

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