特別インタビュー

弁護士ドットコム株式会社 代表取締役会長・弁護士
元榮太一郎インタビュー[前編]
ニッポンの社長、イマを斬る。

2020.10.28

弁護士ドットコム株式会社 代表取締役会長・弁護士<br>元榮太一郎インタビュー[前編]<br>ニッポンの社長、イマを斬る。

8期連続赤字でも諦めない、心を折らない――。
自身の体験と知見とを生かし、29歳で弁護士ドットコムを起業した元榮太一郎氏。
2020年夏、時価総額は2500億円超え。法律相談サイトは活況を来たし、
ハンコ不要の電子契約サービスは絶好調で推移する。

※本記事は2020729日の取材に基づく記事です。

あらゆる専門家を身近にしたい

「『一見(いちげん)さんお断り』が当たり前だった弁護士をインターネットで身近な存在にする。士業の常識は弁護士である自分が内側から変えていくしかないと思ったんです」

弁護士ドットコムの現・代表取締役会長、元榮太一郎は言う。創業は2005年。当初は反対の声ばかり、ピンチは何度も訪れて業績の赤字を弁護士業で補てんした。けれど、確信があった。未来はカラーで見えていた。

現在、主力事業の『弁護士ドットコム』は国内の弁護士の2・5人に1人にあたる約2万人が登録し、月間1500万アクセスを誇る法律相談サイトになっている。
横展開した『税理士ドットコム』も日本最大級の税務相談サイトに成長し、リモートワーク下で電子契約サービス『クラウドサイン』は過去最高の伸び率だ。

「会社としてはまだこれから。もっと多くの専門家を身近にしたい。情報の非対称性を解消するようなオンリーワンのプラットフォームを作っていきたいですね」

自身の法律事務所をも抱える六本木オフィスで元榮は語った。

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「弁護士を身近にする」の原体験は交通事故

起業へとつながる原体験は学生時代のトラブルだった。20歳で中古車を購入し、その2週間後、社用車に追突。幸いけが人は出なかったが話し合いの余地はなし。激高した先方に「修理代は全額払え!」と詰め寄られ、精神的にすっかり参ってしまった。見かねた母から無料の法律相談所を薦められた際には「交通事故で弁護士に相談なんて」と思ったものの、これが大きな転機となった。

「弁護士さんから『過失割合にも相場がある。3割は向こうの負担だ』と説明され、そのまま先方に伝えるとあっさり解決。弁護士ってなんてすごい仕事なのかと思いましたね。自分も絶対になりたいと。もともと法学部でしたが、これで進路が決まりました」

大学卒業後、2度目のチャレンジで司法試験を突破した。一文で書けばこうなるが、浪人時代は壮絶だった。「トイレは一日1回まで」「昼食は取らない」「使っていいのは一日200円」など過酷なルールを自ら課した。

「司法試験浪人って人生さまよっている人がたくさんいるんです。そうはならないぞと自分をどんどん追い込んでいきました。『お前なんか浪人なんだからトイレは一日1回で十分だ!』とか(笑)。もともと体育会系だったことも影響しましたね」 

01年には名門の法律事務所に入所。ここでも「9時→5時勤務(朝9時から翌朝5時まで)」を地で行くハードな生活を送った。ITベンチャーのM&Aを担当した際、次の転機が訪れる。

「当時のインターネットの機運と、起業家という生き方のダイナミックさと。それを間近で見ていたら自分もプレーヤーとして戦いたいと思ってしまった。それから1年ほどは起業のアイデアを考えつづけました」

ある日、『引っ越し比較ドットコム』というサイトが目に留まった。製品比較サイトは既にあったが「サービス業の比較もできるのか」と感心した。その瞬間つながるものがあった。

「ネット上で弁護士に相談したり、検索できたりするサイトがあれば助かる人は必ずいると。自分が事故を起こしたときにも感じましたが、弁護士に相談するなんて一部の人だけ。費用も不明でどこに行けば会えるのかもわからない。もっと身近な存在になればいいのに、それがずっと根底にありました」

司法制度の改革で弁護士の数が数倍にもなる未来も予測されていた。これからは弁護士の世界も変わる――。元榮は1週間後に退職届を提出した。

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8期連続赤字を支えた法律事務所

家族や友人など周囲の猛反対を受けながら05年に弁護士ドットコムを起業したが「弁護士を紹介し、手数料を得るビジネス」は、有料の弁護士仲介として法律で禁じられていた。迷った末の決断は「まずは弁護士を身近にする。最初は赤字で構わない」。サービスはすべて無料とした。

ユーザーからの感謝メールは毎日のように届いたが、収益はネット広告の月5万円足らず。手持ち資金は1年ほどで底をつき、生活費にすら事欠いた。30歳の誕生日には自分の家すらなかったという。前年までは年収2000万円、経済的なこのギャップときたら。当時の心境を元榮はこう語る。「そうか。また来たか、アレが、って(笑)」。アレとは前述の、司法試験浪人中の200円生活のことだ。

「キツイのは事実。だけど、この体験は成功したときにさんざん使えるエピソードになるはずだって自分を鼓舞してましたね」

もちろん、事業を支える柱は必要だ。元榮は士業を再開し、赤字を補てんすることにした。弁護士ドットコムを支えた法律事務所オーセンスはほどなくして200名以上の大所帯となったが、成長ゆえの問題も発生。全国展開を望む幹部と元榮のスタンスとが食い違うようになったのだ。当初は説得したものの、「結局、誰だって一度きりの人生なんですね。挑戦したいと言っている相手を押さえつけるのは何か違うんじゃないかと」。10年12月、法律事務所を分割し、自身は十数名を引き連れて六本木オフィスで再スタートを切った。3カ月後、震災が起こった。その年は弁護士ドットコムも新生した法律事務所もダブルで赤字を計上。結局、弁護士ドットコムは13年まで8期連続のマイナスとなった。

<<後編に続く

プロフィル
元榮太一郎(もとえ・たいちろう)
1975年、アメリカのイリノイ州生まれ。3歳で帰国、神奈川県藤沢市でサッカー少年として青春時代を過ごす。中学時代、父の仕事でドイツに移住するも高校で単身帰国。慶応義塾大学法学部卒業。合格率2%の旧司法試験を突破後、2001年にアンダーソン・毛利法律事務所に入所しM&Aやファイナンスを担当する。05年に独立し、弁護士ドットコムならびに法律事務所オーセンスを創業。14年、日本初の弁護士兼代表取締役社長による東京証券取引所マザーズ市場上場。16年、参議院議員通常選挙に千葉県選挙区から自民党公認候補として立候補し、得票数2位で初当選。17年、弁護士ドットコム株式会社代表取締役会長就任。著書に『弁護士ドットコム 困っている人を救う僕たちの挑戦』(日経BP社)『刑事と民事』(幻冬舎)『「複業」で成功する』(新潮新書)など。

「アエラスタイルマガジンVOL.47 AUTMUN 2020」より転載

Photograph: Kentaro Kase
Text: Mariko Terashima

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