特別インタビュー

ジュピターショップチャンネル株式会社代表取締役社長
新森健之インタビュー[前編]
ニッポンの社長、イマを斬る。

2021.05.12

“心おどる、瞬間を”。テレビショッピング業界最大手である『ショップチャンネル』が25周年を迎える。率いるのは2年前にジュピターショップチャンネルのトップに立った新森健之氏だ。「まだまだこれから」と語る氏にその軌跡、仕事哲学から事業戦略までを伺った。

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こんなご時世だからこそ、
テレビ通販で「心おどる、瞬間を。」

「途中で時間切れになってしまいましたが……」、そう言って新森が手渡してきたのは自身に宛てたメールのコピーだった。覚書として本人が控えていたものだろう、事前に送った質問事項に答えの文面がびっしりと並び、その人柄に笑みがこぼれそうになる。

2019年、住友商事を経て同社グループ会社のジュピターショップチャンネル社長に就任した。『ショップチャンネル』は1996年にスタートした国内初にして最大手のテレビ通販番組である。365日24時間生放送(※感染症対策のため現在は16時間)、週約500商品を紹介、ショップチャネラーと呼ばれる熱心な女性リピーターが多いのも特徴だ。「通販が世に不可欠な社会インフラになりはじめている、そんな時期だからこそギアを上げて次のステージを目指したいですね」。昨年12月、(江東区)東陽の4Kスタジオを備える新社屋に移転したばかり。中庭に届く冬の日差しが心地よい午後に新森は語った。「今年は創業25周年。やりたいことがたくさんあるんですよ」

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イラクで人質を経験。人間は弱いけど強い

新森の青春時代は高度成長期とともにやってきた。幼少期に東海道新幹線が開通し、アポロの月面着陸のライブ映像を見て、やがてVANやKENTを着こなす若者となり学生時代を謳歌(おうか)した。「将来、何をやりたいかなんてわかりませんでした。銀行でお金を動かす、メーカーで自動車を売る、どれもピンとこない。だけど、商社ならなんでもある、チャンスも無限にあるはずだと考えたんです」。住友商事に入社した理由をそのように語る。1982年のことだ。

入社から13年ほど建設機械を担当し、アジアや中東に赴いた。80年代の終わりには建機の重要市場だったイラクに着任。そこですさまじい経験が待っていた。「90年の8月でしたね。先輩がバケーションに行くのを見送ったのに、空港が閉鎖されていたと帰ってきたんです。おかしいねと話していたらイラク軍がクウェートに侵攻していた。その後、4カ月ほど人質のような生活を強いられました」

駐在事務所には毎日通えた。とはいえど、仕事らしい仕事はない。国連のイラク制裁により貿易業務ができる状態ではなかった。妻子はまもなく解放され、先に帰国した。残った新森は2歳になったばかりの子どもの写真を眺めて過ごす日々。日本から記者が訪ねてきたことも覚えている。「いまは耐えるしかない」、語った新森のコメントは後日、週刊誌に載った。

「死ぬかもしれないという恐怖はかすかに。けれど、それより強かったのはこのまま帰れないかもしれないという焦燥感です。意外なんですけどね、そうはいっても案外淡々と生活してたんです。日本人はいくつかのチームに分かれて活動していましたが、私はその中でまとめ役のような立場にいた。思うのは、人間は弱いけど強いということ。あの極限状態で耐えられたのだから、この先どんなことが起こっても大丈夫だろうとも思いました。一瞬先がわからない経験により、おいしいものから先に食べるクセはつきましたけど(笑)」

12月、日本人のほとんどが解放された。帰国後2週間ほどの休養ののち、仕事に戻った。イラクに再び赴くことはなかったが。

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減収の足元を就任1年で過去最高に

新森の信条のひとつは「人事に希望を持たない」だ。建設機械で各国を飛び回った後は広報や人事、アパレルや小売りに携わるライフスタイルリテイル事業本部やサステナビリティ推進部なども経験した。「えっ?」と思うような辞令もあったというが、現時点での結論はこうだ。

「『あの資格を取らなきゃ』とか『こういう経験を積まなくちゃ』とかキャリアについて難しく考える方も多いと思いますが、結局、いま、目の前にある仕事に帰結すると思うんです。人事だろうと営業だろうと本質は変わらない。もっと言えば、プロは仕事を選ばないというか。物事って追求するほどに深さや広がりが出てくるし、そうすると面白さが見えてくる。全力投球していれば、どんな仕事だって好きになるものだと思っています。……と言いつつ、私自身、小売りやファッション関係の辞令が出たときはうれしかったんですけどね(笑)」

そんな新森は19年4月、グループ会社であるジュピターショップチャンネルの社長に就任した。同社の社外取締役経験は4年ほど。誰からも慕われる人柄とあって社員から歓迎のどよめきが起こったというが本人はおそらく知らない。

「身の引き締まる思いでしたね。管理職になってから、ずっと管理監督側にいました。現場側に行くのは初めてだったんです」

同社が運営する『ショップチャンネル』は国内最大級のテレビ通販番組だ。自前のスタジオを持ち、商品のセレクトから番組制作、受注から配送まで一貫して行う。96年の創業から22年間連続で売上高を更新してきたが、新森が就任する直前の18年度決算で記録は一旦途切れた。社長業は初の減収という足元からのスタートとなった。

「とは言ってもですね。どんな会社だろうと永遠に右肩上がりというわけにはいきません。ビジネスのステージが上がれば設備投資も必要になり、コンプライアンスなど求められるレベルも厳しくなる。それに応じた人材教育も必要になります。そうしたコストを計上しつつ利益を出していくことが企業の成長というもの。その過程で1年や2年足踏みもあるだろうと思うんです。もちろん、開き直るつもりはありませんから、スピード感を持ってさまざまな仮説を立てて次の成長に繋げていきます」

急成長してきただけに過去の自社との勝負とも言えた。成功体験に頼り過ぎていないか? 商品がマンネリ化していないか? 模索しつつユーザーに人気の高いファッションアイテムを強化するなど原点回帰を謳(うた)った。1年後の20年3月期は1634億円と過去最高の売上高を更新した。

プロフィル
新森健之(しんもり・けんじ) 
1959年、愛知県出身。82年慶応義塾大学法学部卒業後、住友商事入社。入社後13年間は建設機械の担当になり、中東やアジアなどに赴任。イラク駐在中はクウェート侵攻の影響から4カ月間の人質生活を余儀なくされる。2006年4月人事部長、11年4月ライフスタイルリテイル事業本部長、14年4月広報部長、18年4月執行役員就任、19年4月ジュピターショップチャンネル代表取締役社長。洋服好きでウンチクを語りだすと止まらない。イタリアの人気セレクトショップ『アル・バザール』の店主ともファッション談議で盛り上がった。撮影時のスーツはイタリアブランドの『ISAIA』、タイはイギリスブランド『DRAKES’』を着用。映画にも詳しく『明日に向かって撃て!』『ミシシッピー・バーニング』『ユージュアル・サスペクツ』『イングロリアス・バスターズ』『マイル22』などがお気に入り。

後編はこちら>>

「アエラスタイルマガジンVOL.50 SPRING / SUMMER 2021」より転載

Photograph: Kentaro Kase
Text: Mariko Terashima

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