特別インタビュー

唐津 桃山へのタイムマシン。
白洲信哉

2022.01.07

写真・図版

旅好きにとりコロナ禍は、一種の修行に似たもので、若い時分比叡山の庵(いおり)で在家得度した修行の真似(まね)事ごともこれほどではなかった。だけど、あの二十代の頃のような、あらゆるものが新鮮で、自分の思うままそれこそ朝から晩まで貪欲な旅は、五十代になるともう出来ない。多分旅には年相応のスタイルといったものがあって、「海外は暫(しばら)く」という天の声だと解釈することにしている。

先般、昨年より延び延びになっていたある高級ホテルイベントの取材で長崎に小旅行。取材旅行といっても、県の方々同行の予定がびしっと決まっていて、あれなんだ的な道草は難しかった。先に旅の適齢期について述べたけれど、高齢の方たちの時折目にする団体旅行はこれから十年、二十年経っても僕には不向きだと改めて思った。旅は偶然に満ちたもので、道草の先にある思いもよらぬ発見、その積み重ねに尽きる。現地での交流から、唐比(からこ)れんこんなど新たな食材も見付けたが、同行したY料理長が、長崎県のフェアなのだから、ご当地の工芸品を生かしてみたいと最後に立ち寄った三川内焼(みかわちや)きの美術館と窯元は、望外の収穫だった。僕の旅三種の神器は、古物(美術館、古美術店)、古址(こし)(寺社、墓など)、そして食(市場)なのだ。

三川内焼は、かの秀吉朝鮮出兵により連れ帰った陶工の一人が、唐津の中里茂右衛門と結婚し、1622年この地に窯を開いたのが始まりと言われている。その後、平戸藩領内で良質の陶石が発見され、1643年に藩御用達の御用窯が築かれ、幕末まで将軍家や朝廷への献上品を作り続けた。

僕は陶祖と同姓の中里組合長から説明を受けつつ発掘された陶片を眺めていると、肥前磁器の生まれは古唐津だと改めて実感する。帰路、無人の三河内駅から乗車すると、次が馴染(なじ)みある有田だったが、陶磁器の生産は、まず唐津北波多(きたはた)の岸岳城(きしたけじょう)周辺で始まり、その城主である波多氏が秀吉の怒りに触れた為ため、陶工らはここ三川内や有田(伊万里)、波佐見、嬉野などに離散。その後各地で良質の陶石が発見され、日本で初めての磁器が、この肥前地域一帯で花開いたのである。

僕は磁器より六古窯(ろっこよう)に代表される土物派で、食器以外磁器を使うことは少ない。中でも先に記した古唐津は、晩酌が習慣になってから「人生の友」であり、旬の肴(さかな)とともに欠かせないのがその盃(さかずき)だ。季節によってガラスや朝鮮の陶磁など浮気しても、数ある焼きもの産地の中で、古唐津ほど左党に響く盃はないと、歳を重ねた実感である。

佐賀県唐津。その湊(みなと)から焼きものを積んだ船が上方へ出航したことから、そのまま焼き物の名になった。カラは、中国の唐や、韓国の加羅国など異国の薫り満載であり、魏志倭人伝に登場する末盧国(まつろこく)の中心、古くから文化伝播の玄関口であった。僕は福岡空港から地下鉄に乗車、しばしば虹の松原で名高い景勝地唐津に通った。鏡山の展望台から眼下の松林の先に、唐津湾に浮かぶ高島の絶景に浸っていると、かつてこの地を支配した松浦(まつら)水軍が、ここを本拠にしたことも頷(うなず)ける。唐津湾は天然の要塞、絶好の避難港なのだ。

次ページ戦国大名を満足させる唯一無二の器

1 2 Next

あなたへのおすすめ

トレンド記事

  1. 写真・図版

    ファッショントレンドスナップ142
    ユニクロ×マルニが初コラボ。
    夏コーデに欠かせない推しアイテムが、アンビリーバボーな価格で購入可能!

    カジュアルウェア

    2022.05.19

  2. 写真・図版

    PORTER
    心と体がポジティブになるポーターが打ち出す新機軸。
    【機能派バッグの最適解。】

    バッグ

    2022.05.18

  3. 写真・図版

    軽量になり、履き心地も改良!
    カジュアルとクラシックが同居した、
    スペルガの新ミリタリーモデルが発売!

    2022.05.24

  4. 写真・図版

    俳優・桜田 通さんから読者のみなさまにメッセージ

    特別インタビュー

    2022.05.17

  5. 写真・図版

    娘の祝い。
    [岸谷五朗が綴(つづ)る、男と酒の物語。]

    週末の過ごし方

    2022.05.13

紳士の雑学