特別インタビュー

唐津 桃山へのタイムマシン。
白洲信哉

2022.01.07

戦国大名を満足させる唯一無二の器

鏡山からの夕日を肴に早めの泡で乾杯、里に下り主役の寿司屋に向かう。この地の楽しみは、「人生の友」が生まれた地で、現代の唐津焼の器に盛られた地産の美味を味わうことである。僕は必ず特注の木箱を持参する。言うまでもないが中身は、無地の古唐津盃と絵唐津の筒茶碗を入れ子にした旅の供である。

我が国は縄文の太古より、今に続く世界屈指の焼き物大国で、各地窯元それぞれに魅力あり、好き好きでまったく構わないとは思う。だが、桃山下剋上文化とは、庶民的なものを土台に、日本国中で一斉に煙を上げた時代、肥前唐津はその最先端地域だった。唐津を海岸線に沿って進むと文禄・慶長の役の本陣名護屋城跡がある。雄大な城跡を歩いていると、呼子(よぶこ)の烏賊(いか)刺しの様に透き通って、四百年前にタイムスリップ出来る。諸国戦国大名の猛者がこの城内に集結したが、壱岐(いき)へ渡るだけの前線基地にあらず、各陣には能舞台が設けられ政治芸能文化一体の、ここはひととき我が国の首都機能を果たしたのだ。

彼らの豪放磊落(らいらく)な姿を間近にみた陶工たちは、桃山文化を強烈旺盛に吸収、轆轤(ろくろ)をひいた。半島からは、雑器なら眼をつぶってもひける大らかで優秀な多くの仲間が来日、あらゆる創作が一気にわき上がり、斑(まだら)、皮鯨(かわくじら)、朝鮮唐津(ちょうせんがらつ)など数多くの作風が誕生する。新鮮な文明感覚を身につけた名もなき陶工は、半島輸入の新技術、割竹式登り窯を建造し、型にはまらず高揚した中で作陶に励んだ。情熱の源泉は、個性豊かな戦国大名を満足させる、ただ一つの茶碗や盃を産み出すことだった。

僕が古唐津に惚(ほ)れる肝はここにある。世界で一つ戦国大名からのオーダーメイドだからだ。確かにおびただしい雑器から、素性のはっきりしたオンリーワンを拾うのは容易なことではない。探求は今尚(いまなお)現在進行中だ。僕が惚れるポイントは、大きさや土味、高台や見込みの削りとともに、眼で見ただけではわからない、触覚が満たされてくるか否かである。日々の無言なる対話から、酒が入ったときの手取りを感じ、見込みの景色を味わい、やがて味覚のみならず、唇との相性が重なってきて、僕と一体化、世界でただ一つの自分だけの盃と化してくる。唐津焼は、「作り手八分、使い手二分」と言われるように、使われることで景色がよくなり器が育っていく。「砂岩」と言われる粗くざっくりとした石質から生まれる素朴で温かく力強い土味は、使うほどに土色が変化し、貫入(かんにゅう)が入ることで味わいが増していく。長い時を共に過ごすことでしか生まれない美なのである。

美を携え美を味わう旅

このような「美」と出合った衝動は、これを所有し「人生の友」とすることから始まる。旅もまた美の延長にあり、捉え難い一瞬の美しい風景を所有する行為として画家は画を描き、写真家は撮るのだと思う。僕の場合書く行為ではあるが、所有した桃山唐津の特権は、四百年後の現地に持ち込めることだ。あるとき古唐津の窯跡を案内してくれるというので、市ノ瀬高麗神(いちのせこうらいじん)の窯名を持つ自慢の無地片口を携えたこともあった。

国指定の史跡にもなっている大川内鍋島窯跡(おおかわちなべしまかまあと)の程近く、何の変哲もない小さな集落から山道を進むと、右手斜面下に広がった雑木林のあちこちに陶片が散らばっていた。僕は時間が許せば窯跡を巡ることにしている。どこも何げない雑木の斜面だが、在りし日の姿を夢想し、戦国の世から現代に引き継がれた美と巡っていると、タイムマシンにでも乗ったかのような不思議な感覚になる。やはり古址巡りは欠かせない。地面がキラリと光っている。近づくと僕の片口に似たよく焼けた陶片が地面に刺さっていた。今残っている姿あるモノたちは、桃山の膨大なエネルギーから生まれた一握りの奇跡なのである。一つの窯が潰れ、またその燃料が尽きれば奥地へと、古唐津の窯跡は佐賀県から長崎県の山中二百余にも及んでいる。

最後に握ってもらう。旅の友も少しピンク色になってきた。色もまた美の延長であり、ときめきは一夜で消えてしまうが、その一瞬のチャーミングポイントに意気投合、全身が揺さぶられるような発見にまた酔うのである。僕は幾度となくカラになった無地盃をひっくり返し高台を眺める。筒には玄界灘の先、壱岐産の焼酎をロックに。僕ら人間は、たかだか百年しかこの地球に存在しないけど、お前らは偉いよな、もう四百年そしてこれから先も人の手から手へ渡り生きていくんだな。と僕は彼らに話しかける。限られた時を限りなく生きるため、古今を尋ねる旅は、美を自分のものにしてくれるかけがえのないパートナーなのである。

白洲信哉(しらす・しんや)
文筆家。細川護煕首相の公設秘書を経て、執筆活動に。父方の祖父母は白洲次郎・正子。母方の祖父は小林秀雄。『白洲家としきたり』『旅する舌ごころ』『美を見極める力』ほか著書多数。

「アエラスタイルマガジンVOL.51 AUTUMN / WINTER 2021」より転載

Illustration: Ayaka Otsuka
Edit: Toshie Tanaka(KIMITERASU)

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