週末の過ごし方

北海道/界 ポロト
季節を通して訪れたい、湖畔に佇むとんがり屋根の不思議な温泉

2022.09.21

写真・図版 大石智子

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あのとんがり屋根は何なのか?

昨年末、ある旅館の写真に目を奪われた。2022年1月開業の「界 ポロト」である。全国に展開する温泉旅館ブランドの「界」といえば、改修された伝統建築、もしくは和モダンな低層建築といったイメージ。それが、北海道の「界 ポロト」はどちらでもない。

ポロト湖の湖畔に建てられた3棟のとんがり屋根の建物は、おとぎ話のムードを放つ。写真だけなら日本かも分からない。湖面にとんがり屋根が反射して、煙突からは蒸気が出ている。というのも、その屋根の下は温泉、それも美肌の湯だという。これは行きたい。雪解けの季節に新千歳空港行きのチケットをとった。

男湯が最高である

羽田空港を出て2時間半後、筆者は「界 ポロト」のエントランスに立っていた。拍子抜けするほど近い。新千歳空港から宿まではクルマで約40分、鉄道でも直通で約40分。新幹線より飛行機が楽な身としては、澄んだ空気の地にワープした感覚だ。週末でも渋滞知らずで行ける温泉として、想像以上に身近である。

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北海道ムードを高める白樺が並ぶエントランス。ところで「界 ポロト」って語呂がよくて声に出したくなる。

白樺のアプローチを抜けてロビーに入ると、いきなり心がほぐれる空間だった。中心には暖炉というより“焚き火”と呼びたくなるワイルドな火。ゆらめく火の向こうに溜池が広がり、真っ白なシラサギが水面をつついていた。溜池は凍った湖に繋がり、銀色の湖面が眩しく光る。

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おしゃれな寄合所といったムードのロビー。ここでアイヌのお守り“イケマ”を作るアクティビティもある。

ロビーはアイヌ文化の火を囲む習慣に由来して作った憩いの場だという。実は「界 ポロト」は、アイヌ民族の集落をイメージして建築家の中村拓志さんが設計した宿。ポロトとはアイヌ語で“大きな湖”を意味し、宿のある白老町はアイヌの集落があった場所でもある。

客室はアイヌの家を意味する“チセ”、写真で見たとんがり屋根の建物は、彼らの狩り小屋や伝統的な建築構造からヒントを得ていた。何も知識のない第一印象だったが、そんな背景があったから建物の佇まいに惹きつけられたのかもしれない。

まずは一番気になっていた、とんがり屋根の下の温泉を見せてもらうことにした。ただし、男湯の方が眺めがよいためそちらを営業時間外に取材。女湯はどうしても目隠しが必要なので景観が異なるのだ。

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栗の木を組んだ空間が、窓から見える大自然と完全にマッチ。

共用の湯上がりどころに入ると、さっそく抜け感が最高だ。「これこれ〜!」と言いたくなる旅先こその抜け感。三角窓が額縁となって湖と森の大自然を映し出し、風呂に入る前から絶景で期待が高まる。円錐状に組まれた巨木は太古の小屋のようであり、秘密基地気分も湧く。

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まずは内湯を堪能あれ。大きな花器に季節の草花が生けられているのも洒落ている。

風呂はまず内湯があり、三角屋根のてっぺんから太陽の光が神々しくもれていた。湯気が吸いこまれるように天にのぼっていく様子も異世界。洞窟を進むように内湯の奥にいくと、湖に面した露天風呂が現れる。

男湯はあくまで見学だったが、ポロト湖に浸っている気分になるのが容易に想像できた。しかもBGMは鳥の声で、湯の色は茶褐色ときたら、もう野性にかえった気分になれそう。全裸で眺める絶景は最強である。

眺めを比べると男湯が心底羨ましいと思ったが、“露天風呂付き客室”に泊まることで、ジェラシーは消え去ったのだった。

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男湯露天風呂からの絶景。浴槽が迫り出た造りなので自然との一体感は満点だ。

湯に浸かる動物になった気分

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テラスが最高のととのいスポット。中央のテーブルは囲炉裏をイメージして作られ、消灯すると幻想的に光る。

露天風呂付きだと「露天風呂付き洋室」(56㎡)か「特別室」(71㎡)のいずれかになるが、カップルでの旅なら是非奮発して後者を。大きな違いはテラスがあること。露天風呂の隣にゆったり寛げる椅子が2脚並び、温泉で熱った身体をそこでクールダウンすることができる。それはサウナでいう“ととのう”にも似ていて、筆者は湯とテラスの往復を何回も繰り返した。

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特別室の露天風呂が男湯に負けない眺め!

バスタオルを身体に巻いてテラスに座ると、湖の向こうの原生林から清涼な風が吹いて肌を冷ます。完全に無になる瞬間。もうこれで最後だと思っても、テラスの気持ちよさを味わうために、また湯に入ってしまう。

モール温泉が茶色いのは、太古の昔に堆積した植物成分がお湯に溶け込んでいるから。植物由来の保湿成分を多く含む“天然の化粧水”に全身を包まれる。わずかにとろみもあり、肩まで浸かる深さだから湯の圧も心地よい。

目の前の大自然には電線1本もなくて、風呂と湖、森を目線で繋げば、温泉を見つけた動物になった気持ち。森に生える白樺がテラスの壁にも使われているので、視覚による一体感がさらに高まる。

夜更けまで楽しい宿

露天風呂でデトックスしたら夕食へ。前情報なしに席に着くと、ひと品目の擦り流しがクマさんに抱えられて登場!これには顔がほころぶ。クマさんを皮切りに北海道の食材をふんだんに使った和食のコースが始まり、なんとも幸先のよいスタートだ。

日本酒も北海道産を8種常備するので北の恵みをどっぷり堪能できる。全席個室で気兼ねなくゆったり夕食をとれるのも高ポイント。やはり旅先では喧騒と無縁で寛ぎたい。

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癒し系クマが差し出すのはカボチャの擦り流し。

続く八寸は宝船にのり、こちらもフォトジェニック。結婚式のようなめでたいムードになる皿で、船を両手にかかげて写真をとるもよし。

また、チェックイン時から食事まで基本マンツーマンでのサービスなので、食事の合間に地元民のみ知る白老町の情報も聞けたのだった。

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    ずわい蟹の寿司やフォアグラ干し柿がのった八寸。
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    「毛蟹と帆立貝の醍醐鍋」で〆は雑炊。チーズを入れてリゾット風に仕上げてくれる。

「界 ポロト」では、夕食後は部屋でおこもりするのが一般的。晩酌セットをお願いすることもできて、客室に風呂がついていたら一歩も出たくなくなる。つまり、夜の館内はしんと静まりかえる。23時頃にロビーの写真を撮ろうと歩いていると、不思議な体験があった。

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レセプションに続く白樺並木。

1Fエレベーターからレセプションの間は白樺が森に生えているような間隔で並んでいる。そこを歩いているとパチパチと薪が小さくはぜるような音が聞こえた。立ち止まって耳を澄ますと、不思議な音は白樺の表面から聞こえる。木の皮が割れる音のようだ。建物の一部になってもなお活動する木の存在は、滞在をいっそう非現実的な時間にしてくれた。

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朝は湯上がり処で毎朝7時より行われる「タンチョウヅルの羽ばたき体操」に参加。その後、水分補給をして湯に入る。
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手の込んだ一品料理が並ぶ朝食。特に美味しかったのは手前の鮭とジャガイモのすり流し鍋。まろやかな汁が朝の渇いた身体に染みる。

実はこの旅のあと、6月に北海道出張があり再びポロト湖に立ち寄った。時間の都合で「界 ポロト」に泊まることは出来なかったが、銀世界だった湖が森の緑に囲まれている景色を確認した。森の香りを伝えるような風も快適で、ここに生息する140種もの鳥をゆっくりバードウォッチングしたいと思った。

客室からの眺めは、緑の季節も紅葉シーズンも格別だろうと想像する。季節を変えて訪れたいと思うのは、ロケーションと建築がともに優れた宿こそ。再び絶景とともに美人の湯に包まれる日は、そう遠くないかもしれない。

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夏の特別室からの眺め。ビールが美味しくなりそうな眺めだ。

問/界 ポロト

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