週末の過ごし方

上白石萌歌さんがいざなう、東京“名建築/名作デザイン”散歩
第3回 Objet d’art

2023.03.31

写真・図版

身近にあるからこそ見落としがちですが、伝統的な文化や芸術など、日本にはまだまだ世界に誇れるものが数多く存在します。本連載では、“和のデザイン(意匠)”をキーワードに、俳優の上白石萌歌さんと一緒に都内のスポットを巡ります。主語が大きな「日本はすごい」ではなく、個々の職人さんや作家さんの卓越した技術とみずみずしい感性、そしてそこに流れる和の心を読み取れば、新たな発見と気付きが見つかるはずです。

連載第3回は、東京都江戸川区小松川にあるビンテージ家具のショールーム/ギャラリー「Objet d’art(オブジェ デ アート)」にお邪魔します。名工とうたわれる作家たちが遺した傑作の数々は、上白石さんの心にどのように響いたのでしょうか。

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「建築に関してそれほど詳しいわけではないのですが、丹下健三さんの作品はすごく好きで、(丹下氏が設計を手掛けた)香川県庁舎にも旅行で訪れたことがあるんです」

大学では芸術を学んでいた上白石さん。20世紀の西洋美術が特にお気に入りのようですが、ほかにも建築家の渡辺 仁氏が設計した原美術館(2021年閉館)をフェイバリットに挙げ、プライベートではアメリカの現代写真をリードするアレック・ソスの個展に足を運ぶなど、その興味の対象はアート全般に及びます。

今回、訪れた「オブジェ デ アート」では、本連載のキーワードでもある“和のデザイン(意匠)”を基に、日本人作家の家具を中心に鑑賞。ガイド役をお願いした同店のマネージャー・笹ヶ瀬さんと伊藤さんに、作家のプロフィールや作品が生まれた背景について説明していただきます。なかでも、上白石さんがとりわけ興味を抱いたのが1930年代に三越家具設計室に在籍していた城所右文次氏のバンブーチェアでした。

「こちらはアルヴァ・アアルトのアームチェア「Model 31」のデザインに影響を受けてデザインされた戦前の作品で、4つ足ではないカンチレバー型(片持ち構造)となっています。バウハウス系のデザイン哲学の流れをくんで生まれたものですが、最も日本的ともいえる竹という素材で作ったというのが面白いですね」(笹ヶ瀬さん)

保存状態は極めて良いものの、85年以上前の作品であること、さらに弾性のある竹素材ということもあって耐久性などの問題から、実際に座ることはできません。それでも観賞用として現在でも十分な価値があるのだとか。

上白石さんもアーム部分の手触りを確認したり、いろんな方向から構造をのぞき込んだりと、その有機的なフォルムが随分気に入ったよう。
「曲線美にうっとりしたのと、宙に浮いているようなデザインは唯一無二ですね。ただ、もしお家にあっても、怖くて座れないと思います(笑)」

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かつて、ガスコンロ工場があった築70年超ともいわれる建物の2階には、畳敷きの和室スペースを備え、城所右文次氏をはじめとする日本人作家の作品を中心に展観。どこか“わびさび”の世界観にも通ずる抑制の利いたスタイリングが、プロダクトに宿る“用の美”をぐっと際立たせます。

「こうして自然光で見ると作品の美しさがよくわかりますね」と、小窓から差し込む光に照らされた名作に、上白石さんも感慨深げな様子。それでも、あまりにも落ち着きのあるしっとりとした雰囲気を察して
「さも自分のお家みたいな顔をしてくつろいじゃいました(笑)」と、おどけて笑う姿にその飾らない人柄が垣間見えました。

続いて、笹ヶ瀬さんが紹介してくれたのは、1950年代に剣持 勇氏が提唱した「ジャパニーズ・モダン」と呼ばれる日本発のオリジナルデザインを牽引した先達の作品群。以前、上白石さんが実際に訪れた香川県庁でもインテリアデザインを手掛けた剣持氏のラタンチェアをはじめ、三平興業研究所のリバーシブルテーブル、さらに“光の彫刻”とも称されるイサム・ノグチ氏の“AKARI”で構成されたスペースは、静謐(せいひつ)なたたずまいに加えて、見た目の派手さに終始しない日本の美意識が息づいています。

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その後も、店内に置かれた作品に時折手を触れて感触を確かめながら、注意深く鑑賞していく上白石さん。
「あ、これはもしかしてル・コルビュジエですか?」
偶然、見つけた写真集を手に取ると、おもむろにページに視線を落とします。

「大学のテストで、エスプリ・ヌーヴォー館(1925年にパリで開催された国際装飾美術展にて展示された、ル・コルビュジエ設計のパビリオン)を手掛けた建築家として、コルビュジエの問題が出たことをよく覚えていたんです」

懐かしそうに思い出しながら、真剣なまなざしで写真集を眺める様子を見ていると、彼女にとって学生生活がいかに充実したものであったかが理解できます。

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この日、最後に鑑賞したのはフランスの建築家/デザイナー、シャルロット・ペリアンの作品。ペリアンがフランスのスキーリゾート施設「レ・ザルク」のために作った多角形のテーブルも、実は“和のデザイン(意匠)”に所縁があるもの。

「ペリアンは1941年に初来日したのですが、日本の文化、建物、民芸に感銘を受けて日本全国を旅しています。特に日本特有の住環境に着目して1960年代後半からデザインされたのが『レ・ザルク』の家具です。最初の来日時に親交を深めた柳宗理のスツールも同地の調度品として、ペリアンに選ばれています」(笹ヶ瀬さん)

上白石さんが学校で学んだコルビュジエとペリアンは師弟関係の間柄。コルビュジエが手掛けたとされる名作のなかには、後年になって実はペリアン主導でデザインしたものが多いことも調べが付いているのだとか。女性の社会進出が困難だった時代から先駆的な存在であったペリアンは、現在改めてその才能が高く評価されています。

上白石さんも、NHKの大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』では日本初のオリンピック女子金メダリストに輝いた前畑秀子さんを演じたことも。時代を切り開いていく強い女性像は、彼女の内側に潜む芯の強さに共鳴するものがあるのかもしれません。

撮影終了後、お店からコルビジュエの作品集が上白石さんにプレゼントされました。
「えぇ! 本当にいいんですか? 大切に読ませてもらいます」と受け取ると、
ロケバスでの道中でも真剣な表情で熟読する姿が。
「今日は大学で学んだ美術のことが生きた気がしたので、個人的にもうれしかったです。今後ももっともっと美術を学びたいなという気持ちです」
その飽くなき探究心と弛まぬ向上心は、どうやらまだまだ尽きることがなさそうです。

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〈上白石萌歌(かみしらいし・もか)〉
2000年2月28日生まれ。鹿児島県出身。2011年、第7回「東宝シンデレラ」オーディション、グランプリ受賞をきっかけに芸能界入り。2018年、『羊と鋼の森』で第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。近年の主な出演作に映画『子供はわかってあげない』(21/主演)、『アキラとあきら』(22)、ドラマ『金田一少年の事件簿』(22)、連続テレビ小説『ちむどんどん』(22)、ドラマ『警視庁アウトサイダー』(23)などがある。また、アーティスト名義adieu(アデュー)として音楽活動も行う。4月スタートの金曜ドラマ「ペンディングトレイン―8時23分、明日 君と」(TBS系)に出演予定。

〈訪れた場所〉
Objet d’art
ジャン・プルーヴェやピエール・ジャンヌレをはじめとする希少なビンテージ家具やコンテンポラリー作品など、確かな審美眼に裏打ちされた名作プロダクトがそろうショールーム兼アートギャラリー。江戸川区小松川の住宅街にある古い工場跡をリノベーションした趣のある空間に、オークションでプレミアが付くようなマスターピースから名もなき作家のアノニマスな名品までが並ぶ様子は壮観。現在、ベルギー人作家、トーマス・セルイスの家具作品の展示販売/受注会と、アントワープを拠点に活動するセラミックアーティスト、シグリッド・ヴォルダーズの新作展示販売会が開催されている(4月8日まで)

東京都江戸川区小松川4-6-4
Mail:objetdart@initialjapan-inc.com
営業時間:11:00〜19:00
※ショールームは予約制となっていますので、来店希望の方は事前にご連絡ください。
https://initialjapan-inc.com/objetdart/

ジャケット ¥79,200、シャツ ¥66,000、パンツ ¥102,850/すべてマメ クロゴウチ(マメ クロゴウチ オンラインストア)、シューズ ¥48,400/セレナテラ(HALL by Sellenatera 03-6419-7732)、イヤカフ ¥4,180、リング ¥3,960/ともにルイエン(ルイエン

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【お詫び】2023年3月24日(金)に発売されたアエラスタイルマガジン誌(vol.54)P.126のメインカットに、画像が歪んで印刷される不備がございました。読者の皆様、及び関係者にご迷惑をおかけしましたことを深くお詫び申し上げます。適正な画像は以下のページのTOPでご覧くださいませ。
https://asm.asahi.com/article/14861969

Photograph:Satoru Tada(Rooster)
Styling:Ami Michihata
Hair & Make-up:Maiko Inomata(TRON)
Text:Tetsuya Sato

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