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ロレックスの動向に時計業界が震撼⁉
高級時計宝飾店グループ「ブヘラ」を買収した“納得の理由”とは

2023.09.04

ロレックスの動向に時計業界が震撼⁉<br>高級時計宝飾店グループ「ブヘラ」を買収した“納得の理由”とは
ROLEX WORLD HEADQUATERS,GENEVA ⒸRolex/Cédric Widmer

8月25日、時計業界を大きく揺るがす「大事件」が起きた。世界No.1時計ブランドのロレックスが、ヨーロッパ、アメリカを中心に100店鋪以上を展開する世界最大の高級時計宝飾小売店グループ「ブヘラ」の買収を発表したのだ。このニュースは、世界の時計業界を驚愕・震撼させた。なぜこれが「大事件」なのか。それは時計業界の関係者たちがこの買収を「もしや流通・販売ルートの大転換、ロレックスの販売が直営ブティック化する布石では?」考えているからだ。

ハイエンドな時計ブランドではいま、ホールセール(小売店に商品を卸して販売すること)を縮小、あるいは中止して、自社の直営ブティックをオープン。時計ブランドが自らリテール(小売販売)に進出する動きが続いている。販売実績が少ない小売店との販売契約を解除して、販売実績の高い少数の小売店に販売を集約する。その一方で、自社で一般消費者に直接商品を販売する直営ブティックを整備する。新型コロナ禍で高級時計の人気が世界中で劇的に高まってから、この2つの動きが加速している。これは製品の生産数が限られている中で、中間マージンを減らすことで1本あたりの利益を大きくしたい、ブランドのイメージを自ら直接コントロールしたいこと、などが主な理由。だが小売店にとってこの2つの動きは存続に直結する大問題。だから「これは販売政策の大転換の布石、ブヘラのロレックス直営ブティック化のための買収では?」と、小売店の関係者が考えてしまうのも無理はない。

これまでロレックスは何十年も「小売販売に関与しない」方針を貫いてきた。だが今回のブヘラ買収は、間接的にせよロレックス自身が小売販売に関わることになる。小売店は顧客と深い信頼関係で結ばれているが、時計ブランドの直営ブティックは小売店にはない「ブティック限定モデル」など商品的な強みがある。また限定モデル以外の品揃えも充実している事が多い。そのため、直営ブティックは一般の小売店にとって大きな脅威になっている。そしてロレックスは世界的に「顧客の需要に商品の供給が追いつかない」品薄状況が何年も続いている。ブヘラが直営ブティックのような存在になれば、その結果、商品の供給がさらに削減されるのではないか、現行のロレックスの正規販売小売店の人びとは心配しているのだ。

だが今回のブヘラ買収が「ロレックスの販売政策の大転換、直営ブティック化の布石だ」という見方は、現時点では不安に基づく憶測だと筆者は考えている。

実は今回の買収劇で一般メディアがほとんど報じない、だがこの「大事件」の理解に絶対に欠かせない事実がひとつある。それはこの買収がブヘラとの長年にわたる緊密なパートナーシップを維持するため、ということだ。会長としてブヘラをこれまで率いてきたヨルグ・ブヘラ氏は、1905年のハンス・ウィルスドルフによるロレックス創立に先駆けること16年前の1888年に「ブヘラ」を創業したカール・F・ブヘラ氏から数えて3代目。つまりこれまで135年間ブヘラは、創業者一族が経営するファミリー企業として継続・発展してきた。現在はスイス、ドイツ、イギリスなどヨーロッパを中心に店鋪を展開。2018年にはアメリカで32店鋪を展開する「トゥルノー(Tourneau)」を買収。世界最大の高級時計宝飾専門店になっている。また1919年からは自ら時計製造も行っており、2001年には「カール・F・ブヘラ」という時計ブランドを立ち上げて世界中で展開し、こちらでも成功を収めている。だが、会長のヨルグ・ブヘラ氏は「スイス時計界で現在、ロレックスの創業者ハンス・ウィルスドルフと一緒に仕事をしたことのある最後のひとり」とされるご高齢で、一族に後継者はいない。つまり、まさかの事態が起きれば、ブヘラは「売りに出されて」外国企業の傘下になる可能性もある。もしそうなれば、ロレックスと二人三脚でスイス時計界の発展に貢献してきたブヘラの資産や人材、ノウハウがスイス国外に流出してしまう可能性がある。だから、会社をぜひともスイス国内の信頼できる会社に託したい。そこでブヘラ氏はロレックスによる買収を希望したのだという。つまり今回の買収は、創業者一族の希望に応えた、ロレックスによるブヘラという、もっとも関係の深いファミリー企業を、他資本による買収から守るための「防衛的買収」だ。そのことは、以下の英文プレスリリースの前文にはっきりと書かれている。

(以下、プレスリリース前文)
ロレックスはブヘラを、両社の長年にわたるパートナーシップを維持し、その歴史を永続させるために買収することを決断した。ブヘラは社名を維持し、独立経営を継続する。ブヘラのロレックス・グループへの統合は、企業の競争を監視する当局(COMCO=スイス独占禁止監視委員会=日本でいえば公正取引委員会)が買収を承認した時点で有効となる。(筆者訳 プレスリリース前文終わり)

もしロレックスがブヘラを買収せず、ブヘラが「売りに出た」ら、高級時計市場がかつてない好景気にある今、壮絶な争奪戦となって、買収価格は間違いなく高騰するだろう。そして買収に成功した企業は、その投資に見合うリターンをもちろん求める。つまりブヘラはおそらく利益最優先の体制への大変革を迫られる。

だがロレックスにとってブヘラは、1924年と約100年前から唯一無二の協力関係にある絶対的なパートナー。もともと他の販売小売店とは別格の存在だ。2022121日に発表され、世界の時計関係者、中でもアンティーク時計のディーラーを驚かせたロレックスのCertified Pre-OwnedCPO=認定中古)ロレックス プログラムの立ち上げと導入も、中古時計ビジネスを行ってきたブヘラがパートナーだから実現できたこと。もしブヘラが他の企業に買収されたら、このプログラムの今後の展開やコントロールが難しくなる。

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Photo/Yasuhito Shibuya

さらに、ブヘラはロレックスの全世界の売上げの約10%を担っているとされる。しかもロレックスの販売や修理などのアフターセールスサービスに関して、ブヘラほど高い技術力と豊富な経験を持つ小売販売店は他にない。筆者は2000年代にスイス・ルツェルン本社の時計修理工房を取材したことがあるが、博物館に展示される古典時計の修復作業が行われていたし、旧東ドイツ出身の修理部門の責任者は「ここにはロレックス本社にもないパーツのストックがあり、本社では修理できないアンティークのロレックスの修理もできる」と胸を張った。

こうした状況を考えれば、ロレックスが「小売業には関与しない」という大方針の劇的な変更では?との疑念を持たれるリスクを犯しても、創業者一族のヨルグ・ブヘラ氏の希望に応えて買収を決断したのは至極当然のことだといえる。あまり知られていないことだが、実はロレックスは一般的な営利企業ではない。社会貢献を何よりも大切にするは公益性の高い「財団」であり“永く愛用できる良い時計作りを通じて、社会に貢献する”という創立者ハンス・ウィルスドルフの理念を実現するために多様な取り組みを行っている。スポーツや芸術、環境保護活動などに対するサポートを積極的に行うのも、この社会貢献の一環なのだ。常に最良の時計を目指して“微細な改良”を重ねる時計づくりに加えて、ロレックス自身が中古時計の精度と品質を2年間保証するCPOロレックス プログラムをスタートさせた理由は、新品時計に加えて中古時計でも、ロレックスの持つ「世代を超えた永遠の価値」を実現し、顧客と社会に貢献するためだろう。そしてこの目標実現のためには、世界中の良質な顧客とのつながりがあるブヘラを傘下に置くべきだ。同社のCEO ジャン- フレデリック・デュフォーをはじめロレックスの首脳陣はそう判断したのだろう。

ロレックスはブヘラの買収発表に先駆けて、「自分たちへの商品供給が減らされるのではないか」と懸念を抱く販売小売店に対して、この買収について説明。ブヘラを現行の経営陣の手で、引き続き独立した形で経営されること。ブヘラ以外の販売小売店との取引関係等は従来通りに行う。以上2点を約束したという。つまり今回のロレックスによるブヘラ買収は、ブヘラ創業者一族の希望に沿った「防衛的な買収」であり、販売政策の劇的転換と考えるのは、現時点では誤りだと考える。

ただ海外の時計業界のアナリストやジャーナリストも指摘するように、ロレックスは常に時計業界のNo.1として、資本でも時計作りでも独立独歩を貫く孤高の存在。今後、流通・販売に限らず、どんな劇的な改革・変更が行われてもおかしくはない。その可能性は常にある。このブヘラ買収に続く「ロレックスの次なる一手は何なのか?」注目せずにはいられない。

プロフィル
渋谷ヤスヒト(しぶや・やすひと)
1962年、埼玉県生まれ。時計&モノジャーナリスト。編集者。早稲田大学法学部を卒業後、出版社に入社。文芸編集者を経て時計ブームが始まった1990年代前半にモノ情報誌の編集者となり、1995年からスイス時計フェア&時計ブランドの現地取材を開始。以来30年近く時計業界の現場取材を続けている。時計以外にもさまざまなインタビュー取材、家電、IT機器、自動車、文房具などのメンズアイテム、さらにモータースポーツなどの記事の企画・取材・執筆も行う。時計は機械式を右手に、スマートウォッチを左手に着ける二刀流。

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