特別インタビュー

地図を持たない旅が、読者と社会に与えるもの。

2024.11.28

地図を持たない旅が、読者と社会に与えるもの。

上り坂、山あり谷あり、頂など、山は、人生を例える際によく用いられてきました。探検家で作家の角幡唯介さんの最新刊『地図なき山』は、タイトルどおり、地図を持たずに北海道の日高山脈に分け入った山行がつづられており、よりよく生きるために私は地図を捨てたという言葉から始まっています。全く知らない山々に、命綱となる地図も持たずに挑む……そこには、数年前から意識していた脱システムという考えがまずあったと言います。

「この旅を始める2017年は、システムの外側に出るということをよく考えていました。社会に対してのつまらなさ、どんどん閉塞的になって自由が失われているような感覚になる場所から飛び出して、自分の知恵と能力と感覚だけが頼りの世界に没頭したいと、地図を持たない旅に出ました」

本書では54回にわたり、地図を持たずに日高山脈に挑んでいます。ユニークなのは、初回である2017年の章は、非常に読むのがつらく時間がかかるのに対し、2回目以降の2020年からはリズム良く進められるところ。それは作者のしんどさと読書体験の比例でもあります。つまり、地図という外から与えられるパブリックな情報が存在しない世界を体験した作者の感情を、読者がモロに食らうのです。また、登山中に出合う平原や山をその時の気分や目に映る姿を手がかりに名前を付けていくところは、地図上では標高や面積などといった情報を基盤としている重要地点ではなく、個人の思い入れが発端です。そんな数字では表れない個人的感情が、感動を連れて来るのです。

「だとしたら、この本でやったことは成功していると言えるでしょうね。最初の日高は、自分の経験の中でもつらい旅の筆頭でした。できれば登りやすい沢をつなぎながら、それを手がかりに地図を作るというのが当初の計画だったんですが、たまたま最初の旅で一番たいへんな沢に当たってしまった。

そして地名は今では記号になってしまっているけれど、そもそもはひとつの物語なんですよね。事実昔は物語が地名になっていました。今回の旅でたどっていたルートは一瞬一瞬、一歩一歩分け入っていく景色の展開が強烈な印象となって残っているんです。その印象で名前を付ける。出合った状況や展開、自分だけの行動が道筋となり、物語となっていく。既成の地図を持たないというのは、そういう地図づくりをしているということです。だからルートが物語になり、土地の中に自分自身が表現されている。今回の旅でやりたかったことは、まさにそういうことでした」

また情報にがんじがらめになり消費することに始終することに異を唱え、地図を持たずに山へ向かったということで、社会が抱く問題へ刺激的な一石を投じる作品ともなっています。

「僕はいつも、いまの社会では失われた感覚を経験するために探検や冒険という方法を選んでいます。地図なし登山でしたら、GPSやアプリ頼みで移動していることで失われたものがあります。移動という行為は、人にとってとても重要なもので、まずは自分の位置を確認することから始まります。登山だったら周囲にある尾根や谷の配置や向きから、いま自分はここにいるんだなとか思う。街にいてもその確認作業はすごく重要で、そこで初めて自分と外の環境と一致させる行為となる。この外の世界との根源な関係性の第一歩が、今は機械頼みになってしまい、リアルな環境に自分を位置づけることができないと考えています。外の世界、言うなれば自然と人が切断される分岐点になっているのかもしれない。なのに誰もあまり気にしていないように見える。だから僕はもう一回逆張りでそもそも地図がない所に行って、移動することによって自分の世界に作り上げていきました。それが結果社会批評になったのではないかと思います。最初から狙ってはいませんでしたが、いまの社会では失われた世界を求めての行動なので結果的に社会へなにか投げかける形になったと思います」

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『地図なき山』角幡唯介
北海道の日高山脈を、地図という最も頼りになるツールを持たずに49日間。魚を釣り、きのこを採取して漂泊したいまだかつてないノンフィクション。2100円(+税)、新潮社

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角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年生まれ。探検家・作家。デビュー作『空白の五マイル チベット、世界最大のヤル・ツアンポー峡谷に挑む』で開高健ノンフィクション賞・大宅壮一ノンフィクション賞など、『極夜行』で大佛次郎賞など受賞多数。

Photograph: Hiroyuki Matsuzaki(INTO THE LIGHT)

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