特別インタビュー
moomoo証券株式会社 代表取締役社長
伊澤フランシスコ インタビュー[後編]
[ニッポンの社長、イマを斬る。]
2025.04.02
![moomoo証券株式会社 代表取締役社長<br>伊澤フランシスコ インタビュー[後編]<br>[ニッポンの社長、イマを斬る。]](http://p.potaufeu.asahi.com/e882-p/picture/29340674/5c4d692ff59af6d86f8c140a0a0ca031.jpg)
長く金融業界を渡り歩いてきた伊澤フランシスコ氏がシリコンバレー発のmoomoo証券を立ち上げた。全世界2400万人が愛用する投資アプリ「moomoo」は日本人にも好評で、既に150万DL超えを達成。投資熱が高まる日本市場の中、意気込みを聞いた。
日本に根付くアプリとしてのこだわり
「日本でmoomoo証券を展開してくれないか」―ナスダック上場のテック企業からそんな話があったのは22年の前半の頃だ。シリコンバレーで誕生してまだ4年ほどだったが「『moomooアプリ』の完成度は見てわかりました。私自身、ユーザーインターフェイスをいかに上げるかは常に考えてきたんですね。『ボタンの位置を変えたほうが使いやすい』とか『こういう機能があれば投資家が喜ぶ』とか」
同社のコンセプトは「投資情報の格差をなくす」ことだった。プロの投資家が使っているような分析ツールや財務データを個人に解放する。アプリを見れば、ウォーレン・バフェットの売買動向がひと目でわかり、本来なら分析に何十時間もかかるような企業データも30秒足らずで手に入る。親会社が金融ではなくテック系企業であることも影響してか、発信や見せ方が卓越していた。
「とはいえど、証券会社を立ち上げるには体力が必要。資金力はもとより時間もかかる。日本のオンライン証券は二十数年間というもの5大証券が占有していますから1、2年で成果を出すのは難しい。(引き受ける)決め手となったのは先方の意向が5年、10年かけての黒字化であったことですね」
立ち上げのとき、社名について少しだけ議論はあったが現行のママで行くことに決めた。
「最初は『ふざけた名前だな』と思うかもしれない。だけど、そこを越えたら逆に強みになる。だって、moomoo証券って一度聞いたら忘れられないじゃないですか」

証券会社は日本の金融庁直轄だ。老舗のひびき証券を買収する形での日本参入ではあったが、許可の受諾に何百ページもの申請書を書くなど作業量は膨大だった。一方で国によっての法令の違いゆえ親会社とのコミュニケーションもひと筋縄ではない。アプリの表示ひとつ変えるにも「他の国ではできるのに、なぜ日本ではできないのか?」と侃々諤々(かんかんがくがく)となる。
「法律で決められているから、としか返しようがないわけです。たとえば、信用取引ひとつ取っても国によって違う。日本では日本株で3.3倍、米株で2倍までと決められています。アメリカは違うよね、でも、日本ではそう表示しないと業務停止になってしまうからと根本的な説明を繰り返しました。こうしたやり取りが1000個くらいあったんですよ(笑)」
当初はアプリの翻訳もほぼ伊澤ひとりでこなした。通常なら翻訳会社を通すところだが金融用語の誤訳を危惧した。「『本当に日本の企業?』『海外の怪しいアプリかも』と思われたらそこで終わり。わかっている自分がやるべきだと判断しました」
立ち上げメンバーは5人だったが、1カ月ほどで社員は20人、30人と増えていった。それでも忙しさは変わらず、ローンチまで土日のない生活を送った。当時52歳、鍛えているとはいえ30代、40代と比べ疲労もたまりやすい年代のはず。バイタリティはどこからと尋ねると「私が聞きたいです(笑)。でもね、それが出たんです。結局、何歳に
なろうと崖から落ちそうな場面になれば力は出るものなんだなと」
いかに生き延びるか

『moomoo』アプリは22年に国内でローンチした。投資系のインフルエンサーが絶賛し、今冬までに150万ダウンロードを達成。証券口座を開設せずとも利用できることも好調要因となった。従来の証券会社―口座開設をしないと詳細な投資データを見られない―とは真逆のアプローチだった。
「短期ではなく長期スパンでの黒字化を目指したからこそできること。そもそも知らない証券会社での口座開設ってハードルが高いです。使いやすいアプリだから毎日チェックする。なじんでくるうち口座も開いてみようか、となる。そのままブランディングにもなっていますね」
目下の目標は「米国株ならmoomoo証券」というポジションを取っていくことだ。海外投資家の書き込みも決算発表もリアルタイムで翻訳する。現段階では玄人ユーザーが多いが、26年を目途に初心者向けのサポートも拡充していきたいという。「目指すは1000万ダウンロードですね」と伊澤は言う。
20代、熱意のプログラミングでトレーダーとなり業界で次々躍進し、40代はバケーションのつもりの飲食店を拡大し、50代で新しい証券会社をスタートした。自身の行動原理を尋ねるとこんな答えが返ってくる。「いかに生き延びるか……ということを考えてきた半生ですね。はい上がって、アイデアを出して、結果を出すことに満足感を覚えるタイプなんだと思います」
一方で、ワークライフバランスも重んじる。ワークに偏り、20代のころ身体を壊したことがありまして、と苦笑する。昼休みには会社近くのジムに通う。「複数の企業を転々としてきましたが、外資には昼の30分でも泳ぎに行く上司が多かったんですよ。日本の企業では珍しいですが、これ、いい習慣だなと思っていて。短時間でも運動すると頭のスイッチが切り替わって逆に疲れにくくなるんです。いかにバランスを意識するか。成功をつかむコツのような気もしています」

プロフィル
伊澤フランシスコ(いざわ・ふらんしすこ)
慶応義塾大学法学部出身。10代前半をフランスで過ごす。大学卒業後は、商社を経て仏銀行系のソシエテ・ジェネラル証券に入社、金融のキャリアをスタートする。以降、リーマン・ブラザーズ証券などの大手外資系証券会社のトレーディング部門で株式およびデリバティブ取引の経験を積んだ後、米リクイドネット証券の日本法人社長等を歴任した。SBI証券のマーケティング部門責任者、サクソバンク証券社長を経て、22年よりmoomoo証券代表取締役社長。
Photograph: Kentaro Kase
Text: Mariko Terashima