腕時計

腕時計で価値観をシェアする時代。

2025.06.03

男と女、そして時計7_コラム 1600_1

腕時計は、その時代その時代の価値観を映し出す。

私がスイスで開催される腕時計の展示会を取材しはじめた2000年代の初頭は、トゥールビヨンやクロノグラフに注目が集まっていた。「IT革命」を旗印にしてデジタルが一気に普及する時代の、機能を重視する価値観に呼応していたのだ。

その後、腕時計のサイズを競う時代が長く続いた。「デカ厚」と呼ばれる大きくて分厚い腕時計に人気が集まり、なかには、文字盤の直径が50㎜を超えるものもあった。ちょうど投資がブームになるなかで、大きな取引を可能にする「レバレッジ」という言葉をよく耳にした時代の価値観が、腕時計のトレンドにも影響を与えていたように思う。

大きい腕時計をありがたがる傾向への反動もあって、ここ数年は、各ブランドから小ぶりな腕時計が新作として発表されている。スーツの袖にきれいに収まるケース径40前後のものが多いが、最近では36、さらにはもっと小さいサイズのものも登場しはじめた。肩をいからせて自分を大きく見せるために奔走した時代は去り、ゆったりとしたペースで自分らしさを取り戻したいという価値観が共感を呼ぶ時代がやって来た。それを反映して、手元で時刻を確認するのに必要十分なサイズの腕時計に回帰しているのであろう。

機能をそぎ落とした、時分秒だけがわかる3針の腕時計が増えて、ブルーやピンクといった美しい色やベージュなどのニュアンスカラーの文字盤も増えた。

その背景には、どういう価値観があるのだろうか。小ぶりなサイズ、カラフルな文字盤を見ると、腕時計を長く取材してきた者の思い込みから「女性マーケットを狙ったもの」と決めつけてしまいがちだ。それが実際には、違う売れ方をしているらしい。「男性は大きいサイズの黒文字盤、女性は小さくてカラフル文字盤といった選び方とは限らない」というのだ。時代が求める価値観の多様性は、想像している以上に進んでいる。

であれば、パートナーとのシェア使いを腕時計選びの新基準としてはどうだろうか。男性が小ぶりな腕時計を、女性が大きな時計を着けるのを躊躇(ちゅうちょ)することはない。腕時計をシェアすることで、価値観もシェアできるとしたら、時計選びはもっと楽しくもっと自由になるはずだ。

文・山本晃弘(服飾ジャーナリスト)

「アエラスタイルマガジンVOL.58 SPRING / SUMMER 2025」より転載
ここには載せきれなかった写真は、アエラススタイルマガジン VOL.58にてお楽しみください!

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