週末の過ごし方
世界最古のシャンパーニュメゾンを訪ねて。【前編】
2026.01.09
300年近い歴史を持つシャンパーニュメゾンのルイナール。大地の恵みを美酒へと昇華してきた歩みには、長く営みを可能にした理由が隠されていた。自らは多くを語らない最古のシャンパーニュメゾンが、大切にしてきたものとは……。
クレイエルと共に歩むシャンパーニュメゾン
パリから特急列車TGVに乗り1時間弱、車窓からの景色に白い土壌が見えたら、それはシャンパーニュ地方への旅が始まる合図だ。
この地方にある世界遺産の街・ランスの「クレイエル通り4番」は、1729年にニコラ・ルイナールが世界で最初にシャンパーニュメゾンを創立した場所である。クレイエルとはフランス語で石灰質土壌を意味し、このあたりは白い石灰質層に覆われている。またクレイエル通り4番は世界で愛される美しい発泡性ワインにとって、単なる住所だけではない。最古のシャンパーニュメゾンが設立された場所という歴史的な意味合いも持っている。
そんなクレイエル通り4番に、新たな名所が生まれた。大阪・関西万博の会場デザインプロデューサーとしても知られる日本人建築家・藤本壮介氏が手がけたパビリオンである。
「まず頭に浮かんだのは、ルイナールの歴史を建築としてどう表現するかでした。ここは、メゾンを訪れる人たちすべてがまず足を踏み入れる場所にもなっています。伝統を重んじながらも、未来への新たな展望を切り開いているメゾンの二面性を、パビリオンにも反映させたいと考えました」
そう藤本氏は語るように、メゾンを訪れた人はみな、このパビリオンのエントランスから足を踏み入れることになる。白い通路の向こうに広がるガラスのファサード越しに、アートが点在するガーデンと歴史的建造物が現れるのだ。
「歴史ある建物とこの現代的建築は、対立ではなく対話を創り出したいと考え計画しました。ゆえに新しいパビリオンは、既存の風景に優しく溶け込む必要があったんです。建物は触れ合うことなく共存し、お互いを尊重するようにして立っています」
過去歩んだ歴史を象徴する建築と、未来に向けて建てられたパビリオン。藤本氏が語るそれらが築く共存と尊重の精神は、建物だけでなく、このメゾン全体、つまりルイナールの哲学でもあるかもしれない。
メゾン初期から変わらないアートとの親密な関わり
ルイナール家始祖である高僧ドン・ティエリー・ルイナールの肖像。
ルーブル美術館に収蔵の『牡蠣の昼食』はシャンパーニュが初めて描かれた絵画。テーブルの上にはルイナールが。
ルイナールが、その歴史の当初から大切にしているのが、アートとの関係である。ルーブル美術館にある絵画『牡蠣の昼食』は、ヴェルサイユ宮廷での食事のシーンが描かれており、これはシャンパーニュが登場する最初の絵として知られている。そしてテーブルの上にあるボトルは、ルイナールのものである。歴史的価値の高い絵画は、ルイナールの文化との親和性を伝える象徴であるとも言える。
またメゾンに飾られているアルフォンス・ミュシャによるシャンパーニュの初の広告ポスター『Ruinart Pére et Fils』(ルイナール代々の歩みの意味)も、アール・ヌーヴォーだけでなく、ラグジュアリーブランドとアートの親和性を語るうえでもアイコニックな作品だ。
そんな歩みを継承するかのように、ルイナールでは現在『カルト・ブランシュ』と名づけられたアートコラボレーションを行っている。庭園には、そのプロジェクトから生まれた作品がいくつも並び、まるで美術館のようだ。「メゾンにとってアートは中心的な存在です」と、現トップであるフレデリック・デュフォー社長は言う。
「私たちはアーティストをアート・レジデンシーに招き、この地方の歴史、人々、自然などを体験してもらいます。その後、自由に創作してもらいます。アーティストは誰も、物事を異なる視点で見ており、だからこそ、その創造性で私たちに考えもしなかった驚きを与えてくれます」
ジャウメ・プレンサが手がけたアートは、ドン・ティエリー・ルイナールをモチーフにした彫刻。
ルイナールを語るうえで欠かせないクレイエルの中に純白の卵が置かれたニルス=ウドの作品『ラ・ピエール(石)』。
パスカル・マルティーヌ・タヨウによる作品。パビリオンの白いファサードにカラフルなガラスが印象的だ。
ブドウ畑に出現した鳥の巣のようなニルス=ウド作品。
メゾンから作品に対して設置場所やテーマなどのリクエストは一切出さないという。ここでの体験から自由に創作してもらうのだそうだ。ゆえに「コラボレーション」だというメゾンの考え方は、言い換えれば相手への尊重の表れであり、共存をよしとする関係性の構築なのだろう。メゾンでは、至る所でそんな関係性から生まれたアートを楽しむことができる。
後編へ続く【1/16(金)公開予定】