特別インタビュー
あらゆる世代に、スイス時計の魅力を伝える
―― ボーム&メルシエCEO マイケル・ゲヌン氏インタビュー
2026.06.09
超高額な腕時計だけに偏りすぎると、未来のユーザーとなる若い世代の腕時計離れを食い止めるのは難しいだろう。そういった意味で、「手が届く価格」で良い腕時計を提案するブランドの役割はとても大きい。ボーム&メルシエは、まさにそういった役割を担っているブランドである。「手が届く価格」で購入できるスイスの腕時計として、世界中のマーケットでその地位を確立してきた。
今年1月に、「カルティエ」を中心とするリシュモングループが、ボーム&メルシエをイタリアのジュエリーブランド「ダミアーニ」のグループに売却すると発表。夏までに移行を完了するとアナウンスされたが、毎年春に開催されるウォッチズ・アンド・ワンダーズ ジュネーブの直前だったこともあって、時計ジャーナリストの一部からは「腕時計業界の再編が始まるのか?」という推測の声もあがった。
そして、4月に開催されたウォッチズ・アンド・ワンダーズ。ボーム&メルシエはこれまでの価格帯で、メンズ、レディースともに力の入った新作を発表して、ブランドのDNAが健在であることを改めて印象づけた。ボーム&メルシエは、どこへ向かうのか。本国スイスでCEOを務めるマイケル・ゲヌン氏に、5月末の来日時にインタビューした。
200年の歴史で築いてきた、“オーセンティシティ”
「1830年にスイスで創業した私たちには、約200年の歴史があります。そのなかで最も大切にしてきたのは、信頼性です」
ゲヌン氏は、「オーセンティシティ」という言葉を何度も繰り返した。クリエイティビティ、クオリティ、価格のポジショニング。時計ブランドが語るべき要素はいくつもあるが、ボーム&メルシエは、それらすべてにおいて「オーセンティシティ(信頼性)」を根幹にしていると言う。
若い世代の時計離れが指摘される昨今、次世代への訴求をどう考えるか。その問いに対しても、答えはやはり同じ場所に帰着した。
「信頼性があること、本物であることが、とても大切です。クオリティへのこだわりが特に強い日本のマーケットで評価されるように真摯(しんし)に向き合いつづけることが、次の世代への訴求にもつながっていくと信じています」
今回のインタビューをした日本橋三越本店のブティックでは、祖父から父へ、父から息子へとボーム&メルシエを受け継ぐお客さまの話が報告されているという。ゲヌン氏は、それこそがブランドの強みであると語る。
「ボーム&メルシエのキャッチフレーズは、“セレブレイティング ミーニングフル モーメンツ”。人生の大切な節目を祝うことです。大きな節目でも小さな節目でも、自分へ、パートナーへ、家族へのギフトとして選んでいただける。そういったシーンを意識して腕時計をつくっています」
新作と新ブティックが体現するブランドの方向性
今年ジュネーブで発表された新作のなかで、若い世代へのアプローチを担うモデルとして特に注目したいのが「リビエラ 73」だ。1973年に発表された腕時計のケースの薄さを現代に再現したメンズのモデル。ビスのないケース設計によって、オリジナルのデザインをより純粋に表現している。価格を戦略的に抑えたクォーツモデルで、初めてのスイス時計を手にする若い世代にとって絶好の入り口となるはずだ。
「価格だけではなく、デザイン、シェイプ、ムーブメントといったあらゆる面で幅広い間口を持っていることがボーム&メルシエの強みです。丸型、角型、そしてリビエラの12角形と、豊富なデザインやシェイプがある。ムーブメントもクォーツからオートマティックまで、その選択肢の広さが世界中のマーケットで競争力になっています」
一方、レディースでは、新たにローンチした新コレクション「ジョイア ドゥ ボーム&メルシエ」が注目される。ブランドの歴史を振り返ると、ボーム&メルシエのかつての女性向けモデルには大胆なデザインが多く存在した。
「アーカイブからインスパイアされて生まれたジョイアは、時代を問わないエレガントさを持った腕時計。この新コレクションは、ブランドにとって大きなステップだと言えます」
ボーム&メルシエは、日本橋三越本店、伊勢丹新宿店に続き、阪急うめだ本店にも新たな直営店をオープンさせた。3店舗ともに、信頼性を感じさせるネイビーを基調にしながら、シャンパンゴールドの什器で華やぎを添えた空間設計だ。
「どんな世代でも、どんなお客さまでもウェルカムに感じられる雰囲気を大切にしています。腕時計だけではなく、それを身に着けた男性と女性の関係や街の中での暮らし方。そういったライフスタイルを、映像でも伝えています」
これ見よがしなラグジュアリーではなく、生活に寄り添う上質さ。空間や映像から伝わるコンセプトは、ボーム&メルシエというブランドの立ち位置そのものを体現している。
そして、ボーム&メルシエはどこへ向かうのか
インタビューの最後に、年初に発表されたダミアーニグループへの参画についても、改めて問うてみた。ブランドは、どのように変わっていくのだろうか。「変わりません」。ゲヌン氏の回答は明快であった。
「200年近くある歴史のなかで育まれた腕時計コレクションの柱、クリエイティビティ、信頼性、そして大胆さ。これらは、ボーム&メルシエの魅力として、これからも変わらず受け継がれていきます」
長い歴史を持つブランドが強いのは、そのアイデンティティが揺るがないからである。新たな体制のもとでも、ボーム&メルシエが歴史と共に築いてきたDNAを失わない限り、その“信頼性”は揺らぐことはないだろう。
ボーム&メルシエ CEO マイケル・ゲヌン
リシュモングループに約20年間在籍し、様々な地域のマネージメントや本国の要職を歴任。2024年6月にボーム&メルシエCEOに就任し、これまでに培った戦略的なビジョンを発揮している。1830年に生まれたボーム&メルシエの歴史と伝統を大切にしながら、ブランドのポジションを確固たるものにするために、さらなる進化を目指す。
取材・文/山本晃弘(アエラスタイルマガジンWEB編集長)
Photograph:Hodaka Fujimori