週末の過ごし方
イタリア散歩で絶対にスリに遭わない? 部屋にフォカッチャ?
それはプーリア州にある村のようなホテルでの出来事でした
2026.09.18
今回ご紹介するのは、イタリア・プーリア州に位置する「Borgo Egnazia(ボルゴ・エニャーツィア)」。そこは、プーリアに古くから続く農村文化を慈しみ造った、大人のためのファンタジーのようなホテルだ。
ただものではなさそうなホテル
筆者はいつも、“名前も知らない街にある話題のホテル”に泊まりたいと思っている。それはつまり、観光都市でもない場所のホテルが人を呼ぶことへの興味だ。そして泊まってみれば、その手のホテルがいつも素晴らしい。オーナーはみな、明確かつユニークな理由を持って、そこにホテルを開業していた。チェックアウトの頃には、謎だった地域まで好きになっている。
イタリア・プーリア州ファザーノ市サヴェッレトリにもそんなホテルがあった。2010年開業の「Borgo Egnazia」だ。「世界のベストホテル50」では2023年に21位につき、2ミシュランキーも保持。ホテルのInstagramのフォロワーは30万人以上にものぼる。静かそうな海辺の村で、なぜ? これはもう現地で納得したい。私的にヒット率の高い「The Leading Hotels of the World」に加盟していることにもそそられた。
イタリアのかかと、プーリア州へ
「Borgo Egnazia」の最寄り空港はブリンディジ空港またはバーリ空港。クルマで前者からは30分、後者からは45分の距離だ。どちらも国際空港で、各国の大都市から多く飛んでいるので、欧州旅に組み込みやすい。筆者はダブリンからバーリに飛び、バーリを散歩してから鉄道で最寄り駅のファザーノへ行って、タクシーでも拾おうと思っていた。
しかし、いざファザーノ駅に到着すると、タクシーの気配がまるでない。そもそも人の気配が少ない。「本当にこの街にすごいホテルが?」と頭をよぎり、興奮した。無事Uberに乗り込むと(Uberがすぐ来ない日もあり)、クルマはオリーブ畑が続く田舎道を走り抜け、7分後にホテルの門にたどり着いた。ホテルというより、王の城を思わせる石造りの門だ。その先にはスケールの大きな世界が広がっていると予感させた。
ホテルの源流は農園にあり
いまでも、扉を開けてホテルの中に入った瞬間を忘れられない。プーリアの強い日差しに慣れた目に映ったのは、一転してやわらかなキャンドルの灯り。直射日光のほぼ入らないロビーにアーチ型の天井が連なり、オレンジの火が揺れ、おとぎの世界に紛れ込んだようだった。スタッフが、「館内に入ったとき、穏やかな気持ちになるように設計されています」と話していたが、まさにその通りだ。
らせん階段をのぼり、迷路のような廊下を通って自室にチェックイン。「LA CORTE BELLA」(33~37㎡)というエントリーレベルの部屋でこぢんまりしているが、初訪問と思えないほど落ち着く。潔いほど差し色がなく、白とベージュのグラデーションがバルコニーの外に広がる石造りの村、もといホテルの景色とつながる。バルコニーに出れば、「なんだこのホテルの敷地は!?」と、脳が踊った。まるで100年前のイタリアでひとり暮らしする気分だ。少し先にはアドリア海の青が見える。
すぐに敷地内を散歩せねばと思ったところ、棚にピザの箱のようなものが。開けると、なんとウェルカムフォカッチャだ! プーリアはイタリアのオリーブオイルの40%を生産する州として知られ、良質なオイルをたっぷり使ったフォカッチャが名物。それをアメニティの一例としている。バルコニーで食べてみると、フォカッチャはエキストラヴァージンオリーブオイル(以後EVオリーブオイル)を味わうパンだと深く実感する。それも、「うちのは美味しいEVオリーブオイルを使っているぞ」との信念を感じる生地なのだ。合間にトマトとオリーブも効いて、するすると食べ進めてしまう。
全室に何かしらのギフトがあり、自社のEVオリーブオイルの缶が置いてある場合も少なくない。その缶やフォカッチャを提供するのは、オリーブこそ「Borgo Egnazia」の源流だから。
ホテルの創業者、アルド・メルピニャーノさんはローマ生まれだが、両親はともにプーリア出身。彼らが1996年から、別荘だった「Masseria San Domenico(マッセリア・サン・ドメニコ)」を外部ゲストにも開放したことが全ての始まりだ。マッセリアとは、豪農の館のこと。メルピニャーノ家は昔から野菜やオリーブを栽培し、敷地内の搾油所でEVオリーブオイルを作ってきた。だから、EVオリーブオイルで客をもてなすのは、マッセリアから生まれたホテルとしては自然なこと。もちろん、館内の全レストランや朝食でも、自社のEVオリーブオイルが用意されている。
なお、いまプーリアでは“マッセリア=農園ホテル”として定着しているが、「Masseria San Domenico」はその先駆けだ。現在も営業しているので、親子のホテルをはしごするのも楽しいだろう。
「Borgo Egnazia」という名の、ひとつの村
「Borgo Egnazia」のBorgoはイタリア語で村を意味し、Egnaziaはホテル近くに遺跡が残る古代都市の名前。創業者夫妻は、ホテルをプーリアに昔から存在するひとつの村のようにしたいと考えた。どんな家々(客室)が並ぶかといえば、やはり着想はマッセリアだ。建物は厚い石壁やアーチが特徴。全て2010年に完成しているが、歩いてみると100年以上前からある村のように感じる。理由は、外壁となる岩石が雨風にさらされることで自然に風化する材質だから。
客室はアパートのような集合棟から庭&プール付きの一軒家まで、3つのエリアに分かれ計180室。それらの建物がいくつもの路地を造り、たまに野良猫が横切る。バッグを持って出勤する従業員も多いから、本当に村を歩いているようだ。欧州の街なのにスリに絶対に遭わないという安心感が、とても不思議である。
昔のマッセリアは海から来る海賊の襲撃に備え高い壁を設けていたので、小さな要塞のような建物も点在する。「夜に襲ってくる敵を撃退する際には、塔から熱した油をかけていたそうです。EVオリーブオイルではありませんよ(笑)」なんて話も聞いた。
村で子供が育つように、キッズスペースも充実。年少・年長・ティーンエイジャー向けに分かれ、まるで地域のコミュニティだ。お祭りが行われる広場もあり、ジェラート店やレストランが点在し、プールは4つ。カフェからは笑い声、テニスコートからは雄たけびが響いたりする。
一点、あまりに広いため道に迷う。地図はあり、Googleマップがかろうじて写す道もあるが、一度は迷うはずだ。連泊すると、ようやく覚えた頃にチェックアウト。道を覚えてきたときに味わう地元民気分はなかなかよいので、慣れるまでたくさん歩いてみてほしい。
野菜のおいしさが永遠の記憶となる
「ここでならベジタリアンになれる」と思うほど、滋味深い野菜がそろうホテルだ。敷地内に農園があり、プーリアの古来種や在来種を有機農法で栽培。それらを計11軒あるレストランやバーで使用する。ミシュラン一つ星リストランテからピッツェリア、プールサイドバーまで、選択肢は広い。その中でも、トラットリア「La Frasca」では野菜の素朴な味わいをストレートに体感できる。
必食は「農園主の前菜」で、その日の朝に収穫した野菜で作るプーリア版おばんざいのような5品が一度に登場する。油で炒めただけの葉野菜やアーティチョークのフリットが、なぜこんなにもおいしいのか? それらがプーリアの土着品種ヴェルデカ(白ワイン)の最高のアテになる。EVオリーブオイルをかけたフレッシュなリコッタチーズもたまらない。贅沢は言わないので、この日の野菜飲みだけでも、もう一度体験したい。筆者の実家は農家だが、だからこそ、再現不能と実感する。プーリアの土と水でしか育たないご馳走なのだ。
「これはOlio Nuovo、つまり新しい油で風味が強く、トマトソースなどには向きません。フレッシュなチーズにかけたら気に入ると思いますよ」と、EVオリーブオイルごとに解説してくれたスタッフ・カティアさんのおかげで、ホテルのトラットリアが好きになったとも言える。ひとりのスタッフがホテルの印象を左右する好例が、初日のディナーにあってよかった。勧められたピスタチオのジェラートのオリーブオイルがけも絶品であった。BGMでは“チャオチャオアモーレ〜♪”なんて歌が流れ、陽気さと本質が同居していた。
アルベロベッロに行くもよし、畑を自転車で走るもよし
「Borgo Egnazia」からクルマで30分も走れば、プーリアを代表する観光地にたどり着く。みんな大好き、アルベロベッロだ。とんがり屋根の家が連なる街の写真を見たことがある人も多いだろう。あの家々はトゥルッリと呼ばれ、地元で採れる石灰岩を接着剤なしに積み上げた伝統建築だ。トゥルッリが立ち並ぶ一帯は、1996年にユネスコ世界文化遺産に登録された。
ホテルでは老舗マッセリアの見学も含むサイクリングツアーも用意する。EVオリーブオイルの行政公認テイスターであるガイドとともに、自転車でオリーブ畑の間を走り、16世紀から続く「Masseria Maccarone」へ向かう。途中で驚いたのが、収穫後の畑からよい匂いが漂ってきたこと。おそらくキャベツ畑で、不要な葉や芯が枯れる途中なのか、ほんのり甘く芳醇な匂いを感じた。野菜と土が一体となるような香りだ。自転車をこぎながら出くわしたその一瞬の記憶が、プーリアの印象に大きく関わっていった。
老舗「Masseria Maccarone」では、「本物のEVオリーブオイルとは何か」といったことを、1時間ほどの解説とブラインドテイスティングから知る。情熱的なトークに圧倒されるが、その熱が当然なほど味わいにも説得力がある。本物のEVオリーブオイルはカップでそのまま飲むことに何のストレスもなく、むしろ嗜好品のよう。そう感動したが、「Borgo Egnazia」のEVオリーブオイルも同じくらい素晴らしく、どちらも日本では販売していないのが悩ましい。
夜の村に溶け込むような時間を
ディナー前には、ただホテル内を散歩する時間も設けてほしい。薄暮の頃、マッセリアを表す建物や路地は、ロマンスを呼び戻すくらいのムードに溢れている。近年、旅はリトリートの需要が高いが、「Borgo Egnazia」はその要素に加え、堂々と甘いデートができる場所でもある。ここは南イタリア。そこかしこにキャンドルも灯る。ふたりでリゾートの装いで夜散歩をすれば、ロマンチックにならないわけがない。どんなに浮かれても安全だから、心おきなくどうぞ。ちなみに、友人同士やひとり旅でも楽しい場所だ。筆者がそうだったが、「なんでひとりなんだ!く〜!」と、地団駄を踏んで盛り上がれる。
スパの温浴エリアまでキャンドルに囲まれている。こんなにキャンドルが並ぶホテルを見たことがない。どれだけケアが大変だろう。それでも、「プーリアの昔のマッセリアをイメージしているので、光もできる限り自然なものにしたいのです」との理由がある。
今回は2泊だったが、余裕がある人は3泊以上がベターに思う。1日はおこもりして、アルベロベッロをゆっくり巡り、ホテルから自転車で10分のビーチ&ビーチクラブでまどろむ。このホテルには広場の時計台以外に時計はないから、時間を忘れ、太陽の動きに沿って過ごすのが理想的だ。
そして、去って一番思うのが、ホテルを通して、プーリアに目覚めた嬉しさ。自分はプーリアの土が好きだと確信することができた。豊かな土壌が基盤となる農業や文化に魅せられ、ホテル内で食事を続けるだけでも、自分がプーリアの農業の循環の一部になっていると感じられた。さすがはマッセリアが源流だ。
ホテルのSNSを見ると、クリスマスなども素敵に見える。たくさんのキャンドルに加えて聖夜のデコレーションに彩られた村は、それこそ大人のファンタジー。いつの日か、そんなシーズンに再訪してみたいものだ。
「Borgo Egnazia」
1泊€500〜(参考価格)
https://jp.lhw.com/hotel/borgo-egnazia-savelletri-di-fasano-italy
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