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十万円超えのオーダーシャツにファンが殺到! 世界のシャツマニアを魅了する職人技の真価とは?

2017.09.01

写真・図版 大西陽一

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伊勢丹新宿店で昨年スタートしたナポリのシャツ工房「アンナ マトッツォ」のオーダー会。
生地はイタリアでもあまり目にしないレアな高級品ばかりで、肌ざわり最高! と思うものを選ぶと軽く10万円は超えていく。
最近の百貨店の売り上げの伸び悩みが取り上げられているなか、こんなに高価なシャツのオーダー会を開いて本当にお客さまは来るのかな? と私的にはかなり懐疑的でした。

それが、なんと今年の9月に再びオーダー会を開くと伊勢丹のウェブサイトにアップされているではありませんか。

これは、10万円もの大枚をシャツ一枚にかける人がかなりの数いたという裏付け。

これを機に私のアンナ マトッツォへの片思いに火がつくことに。
10万円超えのシャツ、ナポリの頂点を極める職人技とは、いったいどんなもかをこの目で確かめたいという思いが、ふつふつと湧いてきたのです。

タイミングのいいことに、6月のピッティの期間中にフィレンツェにアンナ・マトッツォさんが来ているとわかったので、急ぎインタビューをお願いしました。

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まずは、ズバリこんなに高いシャツをオーダーする人ってどんな人なのかを尋ねると。

「世界のセレブリティーのお客さまがオーダーしていただいてます。スーツもイタリアの名だたるサルトでオーダーしているような方が多いですね」

なるほど、日本でイタリアの有名なサルトのスーツのオーダーは60万円以上することを考えれば、シャツに10万円は自然な発想と言える。
10万円のスーツに1万7000円のシャツを合わせると考えるのと同じ感覚なのでしょう。

ナポリには自家用ジェットやヨットで乗り付けて、スーツなどの身の回りのものをオーダーして帰る富豪も多いと聞くから、その価格にビビる人は逆に少ないのでしょうか……。

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「私は9歳くらいのころから叔母のシャツ工房を手伝いはじめました。何より私は、縫うのが好きだったので、学校を卒業したら自然とその道に進みました。
転機だったのは17歳のとき。叔母が工房をやめたことですね。彼女も高齢でしたから。そのとき、ナポリNo.1と言われたロンドンハウスがシャツ職人を募集していたので、行ってみたら即採用になったの」

この転機が、アンナ・マトッツォさんを街のシャツ職人からナポリ仕立てを継承するキーパーソンへと変えていく。

「オーダー服とセレクト商品を扱っていたロンドンハウス(現ルビナッチ)は、すでにヨーロッパのセレブリティーの間でも一目置かれる存在になっていていました。特にサヴィルロウとは真逆のスーツが有名で、ソフトな仕上がりとほかにない手縫いの縫製、色の使い方でナポリスタイルを確立していました。

当時スーツなどの重衣料の製作を任されていたのが、アントニオ・パニコ。

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彼の作るスーツは、先代の職人のスタイルを継承しながら、着心地はよりソフトでラペルは幅広で肩山にはギャザーが入っていました。そして全体が丸みを帯びたシルエットでありながら、男性的な薫りが強烈にするというスタイルを確立。ロンドンの直線的カットで、重厚な硬い仕上がりのスーツとは真逆でした」

そのため、シャツも最高級の生地を使いソフトな仕上がりで、ジャケットのラペル幅にマッチするシャツの襟の大きさや台襟の高さが自然と求められたと思われます。

「手で縫うことで、袖山、首周りなどに立体感を作ることができます。そのほかも手で仕上げることで柔らかな着心地が得られます。特に繊細な生地には手縫いの加減が必要不可欠。何よりもナポリらしいハンドステッチが入ることで、クラシックなシャツに私らしい個性をプラスすることができるでしょ」

現在、伊勢丹新宿店で取り扱われているアンナ マトッツォのシャツは、ハンドの部分が13カ所もある。これは、ほかのナポリのシャツメーカーと比べてもでもダントツに多い。

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ここで、勘違いしないでいただきたいのは、ハンドで作ったものがミシンで作ったものより優れていると彼女が言っているのではないということ。彼女が目指すシャツを作るには、手作業が不可欠だっただけなのです。
そして、刺繍(ししゅう)などの細かな手縫いを得意とする女性の職人たちがナポリとその近郊の街にいたことも深く関係しています。

シャツの名店、ロンドンのターンブル&アッサーやパリのシャルべは基本はミシンで仕上げる。
ミシンで仕上げたドレスシャツには、ハンドにはないシャープでモダンなイメージが漂うのがポイント。ディテールを見ても、巻き縫いを2mm幅で仕上げたり、細い直線のミシンステッチが入っているのを見ると、ミシンを操る職人の技も神業としか言いようがありません。

アンナ マトッツォのシャツは、その真逆。
ギャザーやハンドステッチが多用され、その雰囲気は女性のブラウス風。中世の男性貴族が着ていた背中や肩山にギャザーをたっぷりとったシャツにルーツがあるのでは? とも見えます。

ターンブル&アッサーは規律正しい男性目線の作りに対して、アンナ マトッツォのシャツはナポリの陽気な気質に女性目線がプラスされてできたメンズシャツなのです。

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「手縫いのことを日本のお客さまは、高く評価してくださっているようですが、私はもうひとつ大切にしている部分があります。それは、襟のデザインと柔らかい芯地。なかでもカプリという襟型は、ほかのカミチェリアではほとんど見られないものですね。ネクタイを結ぶこともできますし、はずして着たときはふわっとなめらかなカーブを描いて開き、リラックスした雰囲気が出せます。そしてほとんどの襟は、芯地と表生地を接着しないで仕上げています」

普通のシャツ襟は、台襟部分(バンドカラーの立っているあの部分)と襟が分かれていて、そこを縫い合わせられていますが、このカプリはそこがひとつのパーツで仕立てられています。

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そして芯地と表生地を接着しないで仕上げる方法は、日本ではフラシ芯と呼ばれていて、昔ながらの高級シャツにあった仕様。

しかし、いま日本の有名セレクトショップの既製品は、ほとんどが接着芯になっている。そのほうが襟が軽くモダンに仕上がり、何よりもクリーニングに出したあとの仕上がりがダントツに奇麗なのである。
イタリアのフライなどの高級シャツブランドも接着芯を使っています。

というように、フラシ芯がいちばんというわけではないのであるが、ナポリの仕立ての手縫いスーツに見合うシャツの襟はこの作り方がベストなのでしょう。
そして、アンナ・マトッツォさんの美意識としては、譲れない部分のひとつなのです。

「襟の硬さは、お客さまの要望に合わせますが、基本は柔らかく仕上げます。芯地は、工房で何度か洗いをかけて独特の柔らかさが出るように工夫しています」

なるほど、なるほど。アンナ マトッツォの柔らかいフラシ芯はこうした見えないひと手間があったからこそできていたのです。
日本でもフラシ芯は高級シャツの基本であったが、襟が硬く仕上がることがほとんど。
それは イギリス流の硬い芯地が王道とされた日本のテーラードシャツの習慣に沿ったものだったゆえに、そうなってしまっていたようです。

そのうえ、柔らかい芯で襟先のカーブと生地をピタッと合わせる技術はとても大変で、それまで硬い芯しかやったことのない日本の職人さんにとっては、やりたくない高度な技なのです。

こうした、ナポリに伝わるの手縫いのシャツ縫製の継承者としてのアンナ・マトッツォの存在は、そのうちにイタリアのみならず世界に広まっていきました。

「10年以上前にはナポリには小さなシャツ工房がいくつかありましたが、いまでは代が替わり、新しい世代は大きな利益を求めて工場を建て、ミシンを大量に導入しシャツメーカーに変貌(へんぼう)してしまいました。なかには総合アパレルメーカーになろうとするところも出てきています」

気がつけば、アンナ マトッツォは、世界のシャツ業界の絶滅危惧種と言われるような存在になっていたのです。

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ナポリのそうした知り合いから聞いたナポリのシャツ業界の現状を思い起こしながら、アンナ・マトッツォさんの話を聞いていると、10万円は高くない?! と思ってしまうのは私だけでしょうか……

今回はここまでに。次回はアンナ マトッツォが扱う生地の話とナポリの工房に突撃取材をした模様をお伝えする予定です。

※参考文献『ナポリ仕立て 奇跡のスーツ』(発行 集英社)

プロフィル
大西陽一(おおにし・よういち)
数々の雑誌や広告で活躍するスタイリスト。ピッティやミラノコレクションに通い、日本人でもマネできるリアリティーや、さりげなくセンスが光る着こなしを求めたトレンドウォッチを続ける。

Photograph & Text:Yoichi Onishi

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