旅と暮らし
ブックツリー 島地勝彦さん[JOURNAL]
2018.01.11
“自分”が形成されていくうえで、巡り合う“本”は重要だ。賢人たちはどのような“本”から影響を受けてきたのか、たどってみよう。
『月と六ペンス』は、ご存じサマセット・モームの代表作。憧れや崇高なものを「月」、取るに足らないものや現実を「六ペンス」になぞらえたこの小説は、失恋した17歳の私に大きな衝撃を与えました。ゴーギャンをモデルとする貧しい画家の人生が描かれていますが、長年連れ添った妻を捨て、恩人の妻を奪い、南の島で最期を遂げる……。本を読んで初めて圧倒された作品です。
その後、浪人中に夢中になったのが『世界ノンフィクション全集』。なかでも『タイタニック号の最期』において、スミス船長がとった振る舞いや言動が忘れられません。パニック状態の船の中、救命ボートに群がる人たちに「まずは婦女子から」と指示したというスミス船長。彼の振る舞いは史実にしかない重みと迫力があります。
ノンフィクションにはない迫力といえば、ツヴァイクが書いた『人類の星の時間』に収録された『南極探検の闘い』にも大いに感銘を受けました。人類で南極点初到着に成功したのはアムンゼンですが、ここで光が当たっているのは二番手で到着し、その帰路で亡くなったスコット大佐。敗北者でありながら英雄となったスコット大佐に惹かれ、私の書斎である通称「サロン・ド・シマジ本店」には、ポートレートを飾っているほどです。
ゴーギャン、スミス船長そしてスコット大佐。すべて実在の人物をモチーフにしています。そしてそこにもうひとつ共通する事柄があるとすれば「滅びの美学」ではないでしょうか。その滅びの美学に漂う切なさは、若き頃の私に衝撃を与えました。
実はここに挙げた3冊はすべて最近買い戻し、再読しています。まだ若いシマジ公認古本ハンターの神保が、どんな本でも見つけてきてくれるんです。改めて読み進めていくと実感するのは、人生で飽きないことは勉強であり、読書もまたその飽きない勉強なんだということ。この読書で培った雑学が、今 東光先生、柴田錬三郎先生、開高 健先生といった巨匠と、編集者として長くお付き合いできたことにつながっていたとも思います。
プロフィル
島地勝彦(しまじ・かつひこ)
エッセイスト、バーマン。週刊プレイボーイの編集長として、同誌を100万部雑誌にした伝説の編集者。現在はエッセイストとして多くの連載をもち、週末には伊勢丹新宿店メンズ館のバー『サロン・ド・シマジ』のカウンターに立つ。最新刊は『神々にえこひいきされた男たち』。
Photograph:Yousuke Ohno
Text:Toshie Tanaka