特別インタビュー

渋谷「AMECAJI」物語。
第4回 関 眞氏(トラベルズ)

2018.05.08

いであつし いであつし

渋谷「AMECAJI」物語。<br>第4回 関 眞氏(トラベルズ)

いまやすっかり外国人の観光客でにぎわう通りになってしまった渋谷のキャットストリート。ディストリクト ユナイテッドアローズの脇の狭い階段を上った先の奥にあるデザイナーズ住宅の2階に、「トラベルズ」はある。知らなかったら日本人でも見過ごしてしまいそうな場所にもかかわらず、この小さくて狭いインポートショップには、いま世界中からAMECAJI好きが来店している。

「最近は本当に海外からいろんなお客さんが来店します。アメリカだったらLAやNYはもとより、ミネソタ州とかオハイオ州から来たとか、イギリスのブライトンから来たとか、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、スイス、フィンランド、オーストラリア、アジアだと北京、上海、ソウル、タイ、このあいだは香港から2人連れの若い男の子が来店しました。アークテリクスのアロー22を背負って、カモフラのショーツにバンズを履いて、日本の若者とほとんど変わらないですよね」

そう語るのはオーナーの関 眞氏だ。キャットストリートにトラベルズをオープンして、今年で14年目。彼もまた、インポーターとして80年代からずっと渋谷のアメカジの変遷を見てきたひとりである。ちなみに店名の由来は、帰国子女で幼少期を70年代のアメリカで過ごした洋楽好きの関氏らしく、パット・メセニーの80年代のアルバムタイトルから取っている。

関氏の前職は、原宿のプロペラと並んで必ず名前が上がる伝説のアメカジショップ、渋谷の「ラブラドールリトリーバー渋谷本店」のディレクター。あえて渋谷本店と付けたのは関氏である。

渋谷のラブラドールリトリーバーといえば、まず中曽根信一氏の名を最初に拳げなくてはいけないだろう。これまでに渋谷AMECAJI物語に登場した方々も、必ず「憧れの人」と口をそろえて言っていた、日本にアメカジを定着させたレジェンドである。

筆者も、まだ中曽根氏が原宿の交差点の裏にわずか数坪のラブラドールリトリーバーをオープンしたばかりのときに取材させてもらったことがある。ちょうど当時は渋カジがはやりはじめたころで、なぜラブラドールで売っているラルフローレンのBDシャツがそんなに人気があるのか、不思議に思って聞いてみると、アイクベーハーが作っていたメイドインUSAだからだと教えてもらった記憶がある。

そう、アメリカ中を回ってデットストック製品やアウトレット商品を探し当てて、それを並行輸入して販売するという、アメカジ好きな日本人ならではの独自のバイイング方法で当時のインポートショップのビジネスモデルを作ったのは、ほかでもない中曽根氏なのである。だからこそ中曽根氏が作ったアメカジショップ、ラブラドールリトリーバーはいまも伝説の店と呼ばれているのだ。

当時、そんな中曽根氏が渋谷のラブラドールリトリーバーをどんなことがあって辞めてしまったのかは詳しくは知らない。ただこれはあくまでも筆者の考えであるが、ひとつ言えることは、あまりにもブームになりすぎた渋カジの悪影響だったのではないかと思う。筆者はむしろそれより、中曽根氏がいなくなってしまった渋谷のラブラドールリトリーバーはいったいどうなってしまうのか、アメカジファンとして残念でならなかった。機会があれば、またぜひとも中曽根氏にお会いして当時のアメカジ話をうかがってみたい。

中曽根信一というカリスマがいなくなってしまった渋谷のラブラドールリトリーバーを、インポートアメカジショップとして新たに立て直したのが関氏である。さぞやプレッシャーもあったことだろう。ラブラドールリトリーバー犬の商標でキャラクターブランドを販売する2号店と違って、こちらはあくまでもインポートを扱うショップだと、関氏はあえて「ラブラドールリトリーバー渋谷本店」と呼ぶことにした。余談だが、ラブラドールリトリーバーのオーナーに「インポートのバイヤーをやってくれないか」とスカウトされた場所は、渋谷周辺の業界人が通う70~80年代のレコードをかけるバー「グランドファザーズ」だという。これも洋楽好きな関氏らしいエピソードである。

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関氏がディレクターだったころの ラブラドールリトリーバー渋谷本店の様子。

実は筆者は10年以上前に雑誌『ビギン』の取材で、ラブラドールリトリーバー渋谷本店に一日店員として立たせてもらったことがある(関氏はすでに退職していたが……)。やはりアメカジは売る側よりも買って着る側のほうが楽しい。つくづくそう思ってしまった。

「当時のビギンの編集長だった児島さんにはお世話になりました。僕が企画した別注アイテムが売れに売れていたころです。いちばん最初にやった別注は97年に、インバーアランでオルテガを作ったら面白いんじゃないかと、ボタンもニューメキシコからコンチョボタンを取り寄せてチマヨ柄でカーディガンを作ったんです。店頭に並べたら、これが児島さんの目に留まって開口一番『これおかしいよね~』と面白がってビギンで紹介してくれたんです。すると大反響で問い合わせが殺到して、瞬く間に完売してしまいました。まぁ、あまりに邪道インバーアランだったので、その後は二度とやりませんでしたけど(苦笑)」

ちょうどこのころのラブラドールリトリーバー渋谷本店は、空前の渋カジブームも終わり、ようやく本来のインポートアメカジが息を吹き返してきたころだ。関氏はディレクターとして、ネペンテスほどマニアックではなく、プロペラほどハードではないセレクトを心掛けて、アメリカの西海岸と東海岸のブランドやスタイルをミックスした独自のアメカジを提案していた。オルテガ風の邪道インバーアランのほかにも、ダナー、バーバリアンの別注ラグジャや、アークテリクス、パタゴニアやいまはなきムーンストーンのアドバンテージパーカ、ユッタニューマンやチャコのスポーツサンダルなどなど、次々とスマッシュヒットを飛ばす。

「当時バーバリアンのラグジャをいちばん売って、流行させたのは間違いなくラブラドール渋谷本店でしょうね。いろんな柄を別注して店頭に並べるたびにすぐに売れてなくなりました。最初は『ラグビージャージなんていま売れますかね?』と代理店の方も半信半疑でしたね。でもパタゴニアやアークやムーンストーンのマウンテンパーカーの下に合わせるアイテムで何かないかと探していたら、70年代のパタゴニアのカタログや当時の雑誌を見るとマウンテンパーカーにラグジャを着てるじゃないですか。これだと思いました。それをウチなりにコーディネートしてみようと。あとはやはり好きな音楽が決め手でしたね。ラリー・カールトンのアルバムジャケットで彼がラグジャを格好よく着ているんです(笑)」

そんな関氏も、トラブル続きの経営陣との折り合いが悪くなり、ラブラドールリトリーバー渋谷本店を辞めることに。その直後、いわゆる「LAセレブジーンズ」ブームが到来。ラブラドール渋谷本店にも、ベッカムやハリウッドスターに人気だという高価で装飾過多なLA発の新進ブランドの妙ちくりんなジーンズが並ぶようになった。関氏は「これはもう違うな」と思ったという。

いま、ラブラドールリトリーバーもプロペラもない渋谷原宿周辺を歩いているのは、海外からやって来る外国人観光客ばかりである。そのなかには、わざわざグーグルで場所を探してまでトラベルズに来店して、インバーアランのシェットランドセーターを買っていく英国人もいる。関氏は「いまの40代以下はインターネット利用者が多く、お店に来て買い物をしないですよね」と言う。いやはやどうにも耳の痛い話ではありませんか。

プロフィル
関 眞(せき・まこと)
1963年横浜生まれ。ITC、ラブラドールリトリーバーを経て、ベーシック&アメリカン・インポート・セレクトショップ「TRAVELS(トラベルズ)」のオーナー兼バイヤーに。ショップのコンセプトは、「旅」やそこでの豊かなライフスタイル。古きよき、そして深化するAMECAJIがここにはある。
https://www.rakuten.ne.jp/gold/travels/

いであつし(いで・あつし)
数々の雑誌や広告で活躍するコラムニスト。綿谷画伯とのコンビによる共著『“ナウ”のトリセツ いであつし&綿谷画伯の勝手な流行事典 長い?短い?“イマどき”の賞味期限』(世界文化社)などで、業界関係者にファンが多い。

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Photograph:Hiroyuki Matsuzaki(INTO THE LIGHT)
Text:Atsushi Ide

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