旅と暮らし
癒しを求める人に贈る、ピアノの奥深さに触れるヒーリング映画
[美しき映画ソムリエ]
2018.05.31
私たちの生活と音楽は切り離せない。ピアノの音色を聞いたことがない人は、おそらくいない。ベートーヴェンにショパンなど、ピアニストの名前も挙げることができる。
私達の身近であるはずのピアノ。しかし、「いい羊がいい音を作る」ことを知っている人はどれほどいるのであろうか?
6月8日公開の映画『羊と鋼の森』は、全国の書店で働く書店員の投票により見事2016年度本屋大賞を受賞した、調律師の青年(山﨑賢人)の成長物語。
名前は聞いたことがあるのに、実際にはどのような仕事かよくわからない職業が世の中に存在している。
――調律師。この物語は、未知の扉を開くように観る者を調律の世界へと誘(いざな)い、まるで調律学校へ入学したかのような気分を体験させてくれる。
1ミリも実態を知らなかった職業について、いくつか知識を言及できるようになるなんて、それだけでも価値がある。さて、本題の「羊と鋼の森」について言及させていただきたい。
劇中で、三浦友和演じるカリスマ調律師が、調律の現場に偶然立ち会うことになった高校生の外村(山﨑)に語りかける。
「いい羊がいい音をつくる、昔は山も野原も良かったから。羊もいい草を食べていたんでしょうね 今じゃこんないいいハンマーは作れません」と。ピアノの音が生まれる時、「羊」の毛で作られたハンマーが「鋼」の弦をたたく。いい羊がいい音をつくるという表現はそういうことなのだ。ピアノの中には、羊がいたのだ。
羊は化学製品じゃないから、生まれ育った環境や水や牧草によって、羊毛の状態が左右される。
これを身近な話題に変換すると、カシミア製品に近い例えなのではないだろうか。
例えばいい環境で育ったカシミアの毛はふわふわと暖かく、栄養不足のカシミアは同じカシミアでも暖かさと柔らかさが前者とは断然違う。
とりわけ昨今のファストファッションは若者のおしゃれに欠かせないものであるが、薄利多売志向に傾きすぎている部分もあるのではないだろうか。
修理しながら長く使う上質なものと、ただその瞬間を満足させる消耗品。
どこかでこのバランスを調整し直すべきだと感じている人にも、この物語に出合ってほしい。
一生使えるいいものを選び、それを長くメンテナンスして暮らしていく生き方のよさに改めて気づく。
また、この物語は私たちの働く企業にも変換できる側面がある。
ピアノを演奏するのは、もちろんピアニスト。しかし、見えない部分もきちんとしているものではないと、決していい音がでない。
一般企業で言えば、一見、営業が花形と言われがちだけど、事務や経理といったバックアップしてくれる部署の重要性。会社として良いパフォーマンスをするには、全員が同じ目的を見つめることが必要なのである。
ちなみにエンディング・テーマを担当しているのは、盲目の世界的ピアニスト辻井伸行氏と歴史に残る映画音楽を作ってきた久石 譲氏。エンドロールに流れる映画に携わった人々の名をご覧いただきたい気持ちもあるが、あまりにもメロディアスな音楽。
目をつむって極上の音楽と共に余韻に浸っていただくのもいいのかもしれない。
『羊(ひつじ)と鋼(はがね)の森(もり)』
公開日/6月8日(金)より全国東宝系にて公開
原作/宮下奈都『羊と鋼の森』(文春文庫刊)
監督/橋本光二郎
脚本/金子ありさ
音楽/世武裕子
出演/山﨑賢人
鈴木亮平 上白石萌音 上白石萌歌
堀内敬子 仲里依紗 城田 優 森永悠希 佐野勇斗
光石 研 吉行和子 / 三浦友和
製作/「羊と鋼の森」製作委員会