旅と暮らし

進化を続けるシンガー・ソングライターが約2年ぶりに来日
傑作デビュー盤『バイブル・ベルト』の曲を中心に歌う夜

2018.06.01

写真・図版 内本順一

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もう9年も前のことになるが、ダイアン・バーチのデビューはけっこう衝撃的だった。1stアルバム『バイブル・ベルト』の日本盤の帯に「奇跡のシンガー・ソングライター誕生。」というコピーが書かれていて、新人歌手を売る際の常套句のようなそれも、しかし決して大げさじゃなく思えたものだ。キャロル・キングやローラ・ニーロの全盛期を彷彿させる普遍的かつタイムレスな輝きを有した音楽性と歌声。モデルのようにスラッとした長身と都会的センスあふれる服の着こなし。アルバムのジャケットは大きな瞳の印象的な美顔がアップで写されたモノクロ写真で、アナログ盤ならそのまま部屋に飾っておきたくなるようなもの。才色兼備とはまさにこのこと、この人は間違いなくスターとしての道を歩むのだろうと、そう思ったことを覚えている。

『バイブル・ベルト』(2009年発表)は間違いなく傑作だった。捨て曲などひとつもなく、サウンドもハイクオリティー。ピアノを弾いて歌うニューヨーク的なシンガー・ソングライターという意味でも作風としても先に記した通りキャロル・キングやローラ・ニーロを想起させたが、ゴスペル色がいいあんばいに表れ、甘いだけじゃなくなかなかハスキーな声を使ってソウルフルに歌ったりするあたりはアレサ・フランクリンに通じるものを感じさせもした。よってアメリカのRolling Stone誌は「力強く魅惑的な歌声。キャロル・キングやアレサ・フランクリンが頭に浮かんだ」と讃えた。またPaper Magazine誌は「エイミー・ワインハウス、リリー・アレン、アデルなどによるUK流ニュー・ソウルに対するアメリカからの回答」と紹介し、それもなるほどと思えたものだった。

そんなダイアン・バーチはミシガン州の生まれだが、幼少期から宣教師の父に連れられて南アフリカやオーストラリアなど世界のあちこちを転々とし、10代の初めにポートランドに移住。7歳から習いはじめたピアノを弾いて歌うようになり、L.A.のホテルやバーでピアニストとしてのバイトをしていた下積み時代には、たまたまそれを見たプリンスから自宅でのセッションに誘われたことがあったそうだ。なるほど、才色兼備のダイアンはいかにもプリンスがサポートを申し出たくなるタイプ。ちなみに以前この連載で公演紹介したコリーヌ・ベイリー・レイもジョーン・オズボーンもかつてプリンスに気に入られた女性だったわけで、つくづくプリンスは才能ある女性を一瞬で見抜く審美眼のある人だったんだなと唸らされる。その後、ダイアンはMySpaceに楽曲をアップしたことがきっかけとなり、ロンドン移住を経てニューヨークを拠点にしていたときにデビューした。

『バイブル・ベルト』をプロデュースしたのは、スティーブ・グリーンバーグとマイケル・マンジーニとベティ・ライト。大御所の3人だが、この3人が共同でプロデュースした作品として有名なのが、そう、ジョス・ストーンのデビュー作『The Soul Sessions』と初オリジナル曲集『Mind Body&Soul』だ。それはジョスという若くて歌唱表現力に秀でた女性に往年(特に70年代)のソウル感覚あふれるサウンドを用いた楽曲を歌わせるという“レトロとモダンの掛け合わせ”作戦を大御所3人が試みた作品だったわけだが、それが大当たりしたことでジョスはブレイク。よって再度、その“レトロとモダンの掛け合わせ”作戦を用いて制作されたのが、ダイアン・バーチの『バイブル・ベルト』だったと考えていいだろう。そしてその作戦は再び奏功し、ダイアンのデビューは音楽好きたちの間で大きく注目されることになった。

だがしかし、人々の圧倒的な高評価とは裏腹に、彼女のなかでは業界の大ベテラン3人のプロデュースによって“作られた”『バイブル・ベルト』がそのまま自分のすべてではないという複雑な思いが残りもしたようだ。2016年にEP『NOUS』を発表して来日公演を行う少し前、ダイアンはBillboard JAPANのインタビューに答えてこう話している。「デビュー・アルバム『バイブル・ベルト』に取り掛かったとき、とにかくたくさんの曲があった。そのなかから収録された11曲は似たようなスタイルで、キャロル・キングを彷彿させるというイメージをつけやすい作品集だった。すごい褒め言葉ではあるんだけど、私にはもっといろいろな面があって、それを知ってもらいたかった。それが大きなフラストレーションとなっていた。レコード会社に所属することで、自分の作品なのに他人のクリエイティブなビジョンに束縛されなければならなかった」

これを読んで自分が思い出したのは、先のジョス・ストーン。ジョスもまたあとあと、大御所3人のプロデュースで作られたデビュー作『The Soul Sessions』と初オリジナル曲集『Mind Body&Soul』を振り返って、こう話していたものだった。「“The Soul Sessions”をひと言で言うなら〈ビジョン〉。といっても、私のではなく、制作の大人たちのビジョンだけどね。私の作品というよりは、私の関わった作品。関わることができて光栄ではあったけど」「“Mind Body&Soul”は〈初の試み〉。自作曲を初めて収録することができたからね。でも全曲を好きにはなれなかった。1枚目よりはいいけど、それでも自分のアルバムという感じがしなかったわ」

メジャーと契約して間もないときに業界の大ベテランたちと作品を作り、それは確かに高評価を得てヒットもしたけれど、必ずしもそれが自分の全てではないし、自分はもっと別の音楽性でいいものを作れるはず。そういう思いが強くあり、だからダイアンもジョスもその後はもっと自分の意見を聞き入れてくれるプロデューサーと組んだり、セルフ・プロデュースの形をとったりして、アルバムを作るようになっていった。「とにかくデビュー作とは違うものを作りたい」。その思い、即ちデビュー作に対する反動から、ダイアンはゴス少女だった時代に切実な思いで聴いていたキュアーやジョイ・ディヴィジョン、エコー&ザ・バニーメンらの楽曲をカバーした『The Velveteen Age』というダークなトーンの作品を2011年にデジタル・リリース。改めて聴き返せばそこまで暗いわけでもなく、ポップと言えばポップでもあるのだが、当時は『バイブル・ベルト』の世界観に耳がなじんでいたし、写真も黒い口紅を塗ったまさしくゴス少女のそれだったこともあって、正直に言うと自分は戸惑いのほうが強かった。さらに2014年になるとフィジカルでの2ndアルバム『Speak A Little Louder』を発表。これもゴシックかつ内向的な雰囲気が強く反映された作りで、そのうえ80sエレポップ的な音も加味され、『バイブル・ベルト』とは別人の作品という印象だった。『バイブル・ベルト』の先入観なしに聴いたらもっと楽曲の強度をしっかり受け取れたはずなのだが、自分を含む多くの『バイブル・ベルト』愛聴者たちは、ずいぶん遠くに来てしまったな、もうダイアンは『バイブル・ベルト』の音楽性に未練などないのだなと感じたんじゃないだろうか。

ダイアンはその後、メジャー・レーベルを離脱してベルリンに移住。2016年にセルフ・プロデュースで発表したEP『NOUS』は、これまたベルリンらしいダークなアートワークで、サウンドはインディーR&B的とも言えるもの。幽玄な世界がそこに広がっていたが、スチュワート・マシューマンがサックスで参加しているからというだけでなく、どこかシャーデーに通じるボーカル・スタイルも獲得していた。さらに2017年にはもの悲しくも美しいバラード「The End」をシングルリリース。ストリングスが効果的に響くその曲の深みは相当のもので、『バイブル・ベルト』から始まった彼女の旅はいよいよひとつの目的地にたどり着こうとしているのかもしれないと、そう思えたりもしたのだった。

ダイアン・バーチやジョス・ストーンに限っての話じゃなく、デビュー作がいきなりヒットしたことで、むしろそのイメージから離れたい、自分はそれとは別の音楽でもっと力を発揮できるはずだと探求の旅を始め、それを続けるアーティストは少なくない。ノラ・ジョーンズもデビュー・アルバムのジャジーな音を求めるファンの期待をよそに、ある時期はどんどんオルタナティブな方向へと舵を切っていた。だが、そうして技術的なスキルも身に付けたうえで、もう一度自分は誰のために音楽をやってるいるのかと考えたとき、多くの人たちがあんなにいいと感じてくれた最初のアルバムのよさというものを改めて見つめ直してみようと、そういう思いに行き着いたりもするのだろう。デビュー作を発表した当時20代半ばだったダイアン・バーチは現在35歳。彼女もいまきっと、そんな段階にあるんじゃないだろうか。

2016年から2年ちょっとぶりとなる今回のビルボードライブにおける来日公演は、そういうわけでなんとデビュー作『バイブル・ベルト』からの曲を中心にしたスペシャルなライブになるとのこと。つまりはある種の原点回帰。といっても、単にスタートに戻るのではなく、ここまで自分のクリエイティビティを信じて歩いてきた現在の彼女が初作を見つめ直しつつ、ここからまた進化していこうという気持ちの表れとしてこのような公演を行うのだろう。来年でデビュー10周年。常に正直にそのときの気分を反映させ、自由奔放とも言えるとんがった活動をしてきた彼女も大人になって穏やかになり、果たしていまはどんなふうに『バイブル・ベルト』を表現するのだろうか。いま一度あの名盤を聴き返しながら、7月を楽しみに待ちたい。

プロフィル
内本順一(うちもと・じゅんいち)
エンタメ情報誌の編集者を経て、90年代半ばに音楽ライターとなる。一般誌や音楽ウェブサイトでCDレビュー、コラム、インタビュー記事を担当し、シンガーソングライター系を中心にライナーノーツも多数執筆。ブログ「怒るくらいなら泣いてやる」でライブ日記を更新中。

公演情報

Billboard Live

ダイアン・バーチ
Diane Birch

【大阪公演】
公演日/2018年7月17日(火)
料金/サービスエリア8,900円 カジュアルエリア7,900円(カジュアルエリアのみワンドリンク付き)
問い合わせ/06-6342-7722
所在地/〒530-0001 大阪市北区梅田2-2-22 ハービスPLAZA ENT 地下2階

【東京公演】
公演日/2018年7月19日(木)
料金/サービスエリア8,900円 カジュアルエリア7,900円(カジュアルエリアのみワンドリンク付き)
問い合わせ/03-3405-1133
所在地/〒107-0052 東京都港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウンガーデンテラス4階

その他詳細についてはオフィシャルウェブサイトにて
www.billboard-live.com

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