紳士の雑学

ラグジュアリーの世界で起こるカジュアル化という革命
[センスの因数分解]

2018.09.11

写真・図版 田中敏惠

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いまから3年ほど前、海外取材にてファーストクラスのラウンジを利用したときのことです。そこにいる人たちのたたずまいにちょっとした衝撃を受けました。スーツ姿の男性が多いビジネスクラスのラウンジと異なり、フーディーやTシャツなど非常にカジュアルないでたちをしている人がほとんどだったのです。その少し前に、ハワイ島ではTシャツに短パン姿という世界的企業のファウンダーに遭遇すると聞いたばかり。黒のタートルにジーンズがトレードマークのジョブズや、Tシャツ姿で取材を受けるザッカーバーグなど、新しいスタイルのビリオネアが出現していましたが、世界の富裕層のカジュアル化は思うよりもずっと進行しているのだと実感しました。

そんな流れには、ラグジュアリーブランドももちろん敏感に反応しています。ベルルッティでは2018/19の秋冬シーズンに「アーバン・ハイク」をテーマにしたクリエーションを発表。ベルルッティといえば、ベネチアンレザーの世にも美しいシューズを思い浮かべる人が多いと思いますが、ここではナイロン素材を採り入れたバックパックやアウターがラインナップされています。ロールス・ロイスでは、(ロールスといえば……の)ショーファーではなく自分でハンドルを握ってオフロードを走ることを想定したSUV車を6月にリリースしました。どちらもまさにカジュアル志向が強い富裕層にふさわしいものといえます。

1989年と2017年の世界企業時価総額ランキングによると、かつての1位はNTT、続いて日本興業銀行と住友銀行を代表する巨大(組織)企業が上位を占めているのに対し、現在その位置にいるのはアップル、グーグル、マイクロソフトをはじめ米国の新興グローバル企業となっています。トップも含め、いわゆる「スーツ着用の必要がない」会社ばかりであり、この流れがラグジュアリー層のカジュアル化に影響を与えているのは想像に難くありません。

では日本に目を向けるとどうか。90年代から00年代に、インターネット産業を主とする起業家たちの台頭により、ニューリッチと呼ばれるビジネスマンが出現しました。その代表が孫正義であり、三木谷浩史です。しかしながら彼らはファッションなどの志向としてはまだ、かつてのスタイルに近い(そんななかでライブドアの堀江貴文はずっと襟なしでしたが)。それがここ数年で大きく変化したように思います。世界の「ラグジュアリー層のカジュアル化」の波が、やっと日本にも定着してきているのではないでしょうか?

90年代、藤原ヒロシというカリスマのもと、裏原宿ブームが生まれました。ここ発信のデニムとスニーカーやスウエットなどを求めて長蛇の列はおろか徹夜組まで出る社会現象となったのを覚えている人も多いでしょう。プレミアがつき、高値で取引されましたがそのブームを熱烈に支持していたのが、当時の10代後半~20代男性です。彼らはいま40代となり、少なからずの人たちがインターネットやデザイン、携帯アプリの開発といった新興ビジネスのジャンルで起業し、成功を収めています。そして、いまも裏原宿をルーツとする高級カジュアルを支持しているのです。

作家の浅田次郎が自身のエッセーで、カジュアルウエアの量販店に若者ではなく自分と同世代の60代の人も多いのは、ジーンズやTシャツといったアメリカンカジュアルウエアの洗礼を受けたからだ、という旨のことを書いていますが、現在日本に遅れてやって来たラグジュアリー層のカジュアル化は、若かりしころに裏原カルチャーの洗礼を受けている人たちが影響しているように思います。この傾向の加速は、しばらく続くのではないでしょうか。国内のラグジュアリーマーケットは、ますます多様化、二極化してくるはず。その一方で、残念ながら日本レーベルでの目立った動きはないように感じます。

そんななか、東京のレストランに新しい動きが見られます。世界で最も影響力のあるレストラン、コペンハーゲンのnomaヘッドシェフ、レネ・レゼピとKADOKAWAが業務提携をして生まれた『INUA』は、1人予算5万円を超えるレストラン。しかしシェフはもちろん、ソムリエをはじめとしたフロアのサービススタッフたちの誰もジャケットを着用していません。テーブルを囲んでいるゲストもスーツ率が非常に低いです。重厚さや格式ではなく、シンプルで居心地の良い空間を演出していました。それがINUA的ラグジュアリーであるというプレゼンテーションでもあるのです。コペンハーゲンのDNAを持つレストランは、世界基準のラグジュアリーカジュアルを体現していました。さあ、日本ブランドが世界レベルのそれをいつ、いくつ発信できるか。個人的にとても注目しています。ビジネスチャンスは計り知れないはずですから。

プロフィル
田中敏惠(たなか・としえ)
ブータン現国王からアマンリゾーツ創業者のエイドリアン・ゼッカ、メゾン・エルメスのジャン=ルイ・デュマ5代目当主、ベルルッティのオルガ・ベルルッティ現当主まで、世界中のオリジナリティーあふれるトップと会いながら「これからの豊かさ」を模索する編集者で文筆家。著書に『ブータン王室はなぜこんなに愛されるのか』『未踏 あら輝 世界一予約の取れない鮨屋』(共著)、編著に『恋する建築』(中村拓志)、『南砺』(広川泰士)がある。
http://ttanakatoshie.com/ ブログ:https://ameblo.jp/ttanakatoshie

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