紳士の雑学
アポはキャンセル、名刺は破られ……
サムライインキュベート代表取締役 榊原氏インタビュー[後編]
2018.11.13
アポはキャンセル、名刺は破られ……自信を失った新卒時代
榊原の著書『20代の起業論』には自身が投資をしたいと思う「100の起業アイデア」が記載されている。「反抗期の子どもと話しやすくするサービス」「香り、臭いで集客できるサービス」「熱中症を予防してくれるサービス」などなど。「ニュースを見たり、日常生活のなかでどんな課題があるかを考えるのが好きなんです。『ドラえもん』もヒントになりますよ。ドローンがどうのって、いまさらみんな言ってますけど、タケコプターを4つ付けただけじゃないかとか(笑)」。
スタートアップ支援のサムライインキュベートを創業して10年。多方面からひっきりなしに頼られる日々だが、実のところ、学生時代の榊原は起業をするようなタイプではなかったともいう。就職活動では「入りたい会社ではなく、入れてもらえる会社」を探し、医療機器メーカーに入社した。そこで「お医者さんに名刺を破られたり、3時間待たされた揚げ句、アポをキャンセルされたり」の日々を送り、すっかり自信を失った。こんなの、本当の自分じゃない、心のどこかで思っていた。
「……本当の自分ですか(笑)? その当時までの人生マックスって小学5、6年生の時だったんですよ。応援団長とかやって、声もデカくて、女子にもモテて(笑)」。あえてそのエピソードを挙げる率直さに笑ってしまったが、続きにもその人柄があふれている。
自分を取り戻すきっかけとなったのはIT企業への転職だ。経歴に関係なく仕事を任され、取引先は役職に関係なく同じ目線で話をしてくれた。それがうれしくて、本当にうれしくて、と榊原は言う。もっと頑張ろうと思い、やがて結果につながった。その繰り返しでいつしか自信もついてきた。「実績がなくてもアクションを起こせば変わるんだって。このときに思ったんですね」。その思いが起業につながり、サムライインキュベートの理念となった。
起業は簡単、難しいのは経営者になるフェイズです
さて、スタートアップを取り巻く環境は08年の創業当時に比べ、劇的に変わったという。10年前は立ち上げ期のシード段階で投資をする企業は同社くらいのものだったし、数百万円の資金を集めるにも苦労した。だが、現在はシード期に投資する会社も増え、その額もケタ違いだ。
「起業も20万円あれば可能になりました。ただし、起業は簡単でも大変なのはその先。経営者になるフェイズなんです。自分で動くのではなく社員に任せる、会社の方向性や戦略だけ決めて後は社内に委ねていく段階ですかね」
榊原は言う。実は、自身と自身の会社とを当て込んでの言葉でもある。サムライインキュベートの活動は日本の起業シーンに影響を与えてきた。榊原の先見性はイスラエル進出においても言えることだが、パイオニアとしての矜持は持ちつつ「大事なのはその先」だと繰り返す。
「イスラエルにしても特攻だけなら誰でもできます。問題はその後ですよね。現地のスタートアップと日本企業との協業にしろ、M&Aにしろ、大きな案件はまだこれから。結果を出せるような組織をどうやって作っていくかだと思うんです。僕は『ノーベル平和賞を取る』って常々言ってきましたけど、実現したいことと会社としての体制、そのギャップは感じています。いまはちょうど社内と向き合う時期にあり、強い組織をいかに作るかにフォーカスしているところですね」
起業家にとってのライバルは過去の自分
走りつづける榊原に、モチベーションをどう維持するのかと尋ねてみた。
「維持することを常に意識していますから(笑)。下がってきてダメだなと思うこともあるので」
苦笑しつつ、意外な答えが返ってくる。
「最近、起業家のメンバーと話したんですけど、だんだんと過去の自分がライバルになってくるんですね。いまよりもっと輝いていた時期があったよね、とか。昔のほうがフェイスブックの『いいね!』がついていた、とか(笑)」
言った後、さすがに小さすぎますね、と爆笑する。現時点での人生マックスはイスラエル滞在時。戦争を日常的に感じながら現地の起業家と会い、首脳会談に出席した日々。そうした濃密な経験をするとそれ以上の体験を求めたくなってしまう。「ダメなんです」と榊原は言う。
「(起業家は)過去がライバルになるからこそ『あのころはよかった』なんて思っていてはダメですね。まだまだ先は長いですから。僕はもっともっと必要とされる人間になりたいし、誰かに頼られることがうれしい。世に不条理なことはたくさんありますが、それを解決しようと立ち上がるのがスタートアップ企業の皆さんです。僕は彼らを支援して、そうやって、みんなで世界を変えていきたいですね」
プロフィル
榊原健太郎(さかきばら・けんたろう)
1974年、愛知県名古屋市出身。関西大学社会学部卒業後、医療機器メーカーに入社し営業を経験。その後、インピリック電通(現 電通ダイレクトソリューションズ)にてダイレクトマーケティング戦略を経験し、アクシブドットコム(現VOYAGE GROUP)の創業期に営業本部の立ち上げやアライアンス戦略などに従事。2008年に株式会社サムライインキュベートを設立。同社代表取締役。現在、創業期のスタートアップ累計約150社に出資・インキュベーションを実施し、一部社外取締役やアドバイザーも兼務する。岐阜で暮らす家族(妻・子ども2人)のもとに毎週末帰宅する。
Photograph: Kentaro Kase
Text: Mariko Terashima