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世界に誇るニッポンのウインドー ドレッサー、
バーニーズ ニューヨーク 谷口勝彦の仕事。

2018.11.22

世界に誇るニッポンのウインドー ドレッサー、<br>バーニーズ ニューヨーク 谷口勝彦の仕事。
谷口勝彦(たにぐち・かつひこ)/1990年バーニーズ ジャパン入社。米国バーニーズ ニューヨークにてサイモン・ドゥーナン(現クリエイティブ・アンバサダー・アット・ラージ)に師事。現在は、日本のバーニーズ ニューヨークのウインドーからフロアディスプレー全般、店舗デザイン、広告ヴィジュアルなどのストアイメージに関わるすべてを統括している。

街の風景を飾るウインドーは、道行く人を楽しませるアートだ。ウインドードレッサーとしてトップを走りつづける男にその仕事について話を聞いた。

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      ウインドードレッサーの谷口氏が手掛けたバーニーズニューヨーク福岡店のウインドー。アエラスタイルマガジン10周年がテーマということで、これまでの全表紙に加えて、編集長・山本と谷口氏自身のマリオネット人形が飾られた。

      ウインドードレッサーという、日本ではあまり聞き慣れない職業がある。ウインドーディスプレーといえばイメージが湧くだろうか。だが両者における、仕事の内容や範疇(はんちゅう)は大きく異なる。その第一人者であり、ウインドードレッサーをアートの領域まで昇華したのが、米国バーニーズ ニューヨークで現在クリエイティブ・アンバサダー・アット・ラージを務めるサイモン・ドゥーナンだ。

      彼の作品である、米国バーニーズ ニューヨークのディスプレーは、クリスマスシーズンともなれば街の歳時記として紹介されるほど。だがそれも遠い憧憬と諦めることはない。その薫陶を受けた人物が日本にもいるのだ。それが谷口勝彦氏である。日本のバーニーズ ニューヨークでのディスプレーをはじめ、すべてのクリエイティブを統括する、いわばMr.バーニーズ ニューヨークだ。

      スペシャリティーストアの自負をウインドーに

      取材に訪れたのは、谷口氏が入社当時から組んできた制作スタジオ。最前線の現場ではいままさにクリスマスに向けたディスプレーの人形制作が進められていた。

      見ていて驚いたのは、イラストの描かれた発泡スチロールのブロックをカッターナイフだけで見る間に成形していくことだ。胴体や手足、一点一点が手仕事であり、まるで熟練職人の技を思わせる。そんな印象を谷口氏に伝えると「究極のローテクですよ」と笑う。

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      本誌でもおなじみのイラストレーター、ソリマチアキラ氏の絵を基に、二次元の世界が三次元化していく夢の現場。
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      バーニーズ ニューヨークのウインドーディスプレーは、月に1回以上替えられ、加えて企画展的な展示もある。それぞれの内容や作り込みの差はあっても、常に変化しつづけるようなものだ。谷口氏はそのプランニングから完成まですべてに関わる。

      「もちろん制作は専門家と共に行いますが、クリエイティブに関してはすべて自分たちでやる。これだけ内製する体制は、百貨店などに比べると特殊かもしれません。それは自分たちがスペシャリティーストアであり、発信すべき明確なコンセプトをもっているから。特にファッションに特化し、自分たちの目で見て集めてきたモノを売るわけで、それを伝えたいんです」と語る。その思いがウインドーにオリジナリティーを生む。

      「クリスマスや母の日、父の日など決まったテーマが先行するものは年間2〜3回ぐらい。あとは商品の演出であり、シーズンテーマなんかありません。季節なんか外で感じられるし、桜を入れて飾るなんて変でしょう。展示するブランドの意向も聞きません。それに従っていたら御用聞きでしかない」

      谷口氏がこの道に入ったきっかけは、美大卒業後、入社したアパレル会社で展示会運営を担当したことから。会場手配からコーナーや展示デザインに関わり、多くの経験を積んだ。しかしその方向を決定づけたのは、やはりバーニーズ ニューヨークだった。

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      完成した人形たちの動きを入念にテストする。それはまるで出番を待ち、リハーサルを続けるバンドメンバーさながらだ。

      クリエイティビティーを支える技と様式美

      日本初のスペシャリティーストアとして新宿店がオープンし、谷口氏も入社1カ月でニューヨークに。当時のニューヨークはストリートカルチャーの最先端であり、特に店舗のあったチェルシーはあのアンディ・ウォーホルも住んだ街だ。生地屋や資材屋、冶金(やきん)工場に並んでアンダーグラウンドのギャラリーがあり、しかも全米有数のゲイタウン。谷口氏いわく「東京で言うと、馬喰横山(ばくろよこやま)とゴールデン街がミックスしたような街」。すべてが刺激にあふれていた。

      「ディスプレー部署だけ本社と別棟で、愛称テンプルですよ( 笑)。金髪に染めた2mのオネエの黒人がいたり、事務所にはオウムや犬がいたり。あまりにも強烈すぎて。日本とはまったく違う世界。それでもみんなプロ意識がとても強く、好きだからやっているし、自分勝手だけど、だから優れている。そういうところで自分が働いていること自体が夢みたいでした」

      そしてその頂点に立つのがサイモン・ドゥーナンだった。彼と仕事がしたくて入社したようなものだった谷口氏にとって、本人は想像以上だったのだ。

      「もう面食らいましたよ。彼は僕がやりたいと思っていたことをすべてやっていた。なんで思いつかなかったんだろうとものすごく衝撃を受けたり。そのあまりの柔軟さ。特にサイモンはアクアスキュータム出身なので、クラシックの経験が豊富でスーツの造詣もとても深かったんです。だからスーツやドレスシャツのフォームにも厳格な作り方があって、それは本場サヴィル・ロウでもやってないほど本格的でした。フォーム専用の作業場とスタッフをそろえ、スーツ1体にピンを100本以上使って4時間以上かけて仕上げる。その前にまずシャツのアイロンの掛け方から始まり、これが完璧にできるまで練習しました」

      圧倒的なクリエイティビティーを支えていたのは、こうした表に出ない技術とノウハウだったのだ。谷口氏はこう語る。

      「完全なイギリスの様式美だと思います。完成したひとつのスタイルを見せるという。一度ディスプレーしたシャツは、もうピンでボロボロですから廃棄です。ネクタイにしても角度、位置、立て方、そしてディンプルは1つ。さらにサスペンダーは着けなきゃダメだとか。それをすべて学びました」

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      本文中にも登場するサイモン・ドゥーナン仕込みのスーツやシャツのフォームを駆使したディスプレー。商品がシンプル、かつ美しく映えるが、制作には熟練の技術が欠かせない。

      そのこだわりが、ディスプレーという動かぬ世界に血を通わせ、躍動感を与えるのだろう。だからこそ谷口氏は自分が学んだスタイルを正しい完成形として確立し、スタッフにも継承する。

      「いまでは本国ですらやらなくなって、そんなことができるのはうちしかない。アメリカもイタリアもクラシックはイギリス願望が強いんですよ。だからそこで学んだサイモン流を受け継ぐのは必然だし、これこそがバーニーズではないか。何よりもこの世界をなくしてはいけないのです」

      まず商品ありき、そこから発想が生まれる

      バーニーズ ニューヨークのディスプレー完成までのプロセスは、以下のようになる。

      まずシーズン初めにバイヤーが買い付けに行き、その内容と傾向に応じ、半期ごとのコンセプトを練り、広告を作る。これが半年前で、ここからさらに入荷する商品と照らし合わせ、ディスプレーのプランを立てる。そしてアイデアスケッチからデザインの検討を経て、いよいよ制作が始まる。最短で1カ月前程度。これが年間を通して途切れることなく続くのだ。

      「まず商品ありき。それがないとなんのクリエイティブも思い浮かばないんですよ。だって商品を見せるんだから。空間から考えることなんてありません。ほかでは往々にそんなケースも見受けますが」

      これまで25年以上ディスプレーを手がけてきたが、ご自身の作風についてはどのように意識しているのだろうか。

      「やはりサイモンから受け継いだものがあまりにも強いと思います。自由さとイギリス人独特の皮肉や、過激なまでのバカバカしさ。でもどんなに経験を積んでも、クリスマスシーズンのようなときは、完成が近づくとどんどん自虐的になり、恥ずかしさだったり、稚拙に感じてしまったり。もっとできたんじゃないかという強迫観念の繰り返しです」と心情を吐露する。だがそれもより完璧を目指すクリエイターの情熱であり、ウインドーディスプレーという〝消えもの〞だからこそ次へと挑戦したくなるのではないだろうか。

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        横浜店では、毎年クレイジーケンバンドの新譜発表に合わせてディスプレーを飾る。バンドのリーダーである横山 剣氏は、知る人ぞ知る横浜店の名誉店長。
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        2017年のクリスマスシーズンに銀座店のウインドーを飾ったディスプレー。
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        前述のサイモン自身をモチーフにしたホリデーシーズン用のディスプレー。
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        こちらは谷口氏によるアイデアスケッチ。

      「そうですね。そこまで深く意識してないんだろうな。次から次とやってきたから。でもサイモンがよく言っていたのは、芸術作品を作ってるんじゃない、シャツや靴下を売ってるのと一緒なんだと。予算や期限もあるし、周囲はアーティストと呼んでくれるけれど、自分には毛頭その気はないと話してくれました。それよりも目まぐるしく仕事をしつづけるのがいいとも。日本はそんなサイモンのスタイルを守りつづけ、継承しています。一部の方にはオールドスタイルだと映ることもあるでしょう。それでも維持し、いまやかつての姿やラグジュアリーを知る方はこれがバーニーズらしいと言ってくれます。これこそがバーニーズ ニューヨークだと」

      究極のローテクに込めた矜持と粋とは

      流通革命とも言われるいま、小売業もさまざまな転機に立つ。今後、ウインドーディスプレーはどのような役割をはたすのだろう。

      「実店舗がある限り、形状は変わってもなくならないと思います。ネット通販が主流になっても、だからこそお店に来て買い物をする行為そのものが面白いんだということを感じてもらわないといけません。時間とお金、手間をかけてわざわざ足を運ぶんですからね。そして店舗に来たとき、まずウインドーが目に入る。そのおもてなしであり、大きなスペースを確保するのは、私たちのルールになっています。そうでなければ、あんな銀座の一等地に、奥行き2m、間口5.3m、高さ3.3mものスペースを4つも設けません。それだけあったら商品がもっと置ける。だからこそ大きな意義のあるものだし、まさに象徴なのです」

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      この秋、福岡店のディスプレーを飾ったのは、なんと弊誌編集長。創刊10周年と聞いた谷口氏が、それまで進んでいた企画をすべて中止し、完成させた。こうした人とのつながりを大切にする谷口氏の元に多くの人が集まり、仕事を共にする。道行く人を引き付けるウインドーディスプレーのように。
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      それは道行く人の目を楽しませ、街の風景にもなる。特にクリスマスを彩るディスプレーは、一年を締めくくるにふさわしい。

      「今年(11月中旬〜)は、レトロなグランドキャバレーのような背景に、ソリマチアキラ氏のイラストを人形にしたバンドが演奏に合わせて動く。華やかになりますよ」

      しかし目の前で行われている人形制作の作業を見ると気が遠くなる。でもそこに「究極のローテク」と自嘲した谷口氏の真意が伝わってきた。

      「そうなんですよ。CGでやれば簡単だろうけれど、手間をかける。この面白さや感動は大人であれ、子どもであれ誰にだって届くと思うんですよ。それがあってこそバーニーズ ニューヨーク。そしてつたない人形の動きと、店内にはラグジュアリーなアイテムが並ぶコントラスト。これがないといけない」

      それはウインドードレッサーの矜持であり、谷口流の粋である。

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      <NEWS!>
      AERA STYLE MAGAZINE × STARFLYER × BARNEYS NEW YORK SPECIAL TALK SHOW

      11月30日(金)に、バーニーズ ニューヨーク新宿店にて、バーニーズ ニューヨーク×スターフライヤーのコラボイベントを開催! この時期ならではのビジネススタイル、そしてビジネストリップの楽しみ方を、トークショーでご提案します。

      日時/11月30日(金) 18:30 – 19:00
      会場/東京都新宿区新宿3-18-5 9階
      詳細はコチラからご確認ください。

      Photograph:Hiroyuki Matsuzaki(INTO THE LIGHT)
      Text:Mitsuru Shibata

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