旅と暮らし
複数の実力派ボーカリストを迎えて作った5年ぶりの新作を携え、
アシッド・ジャズを代表するバンドが今年もブルーノート東京へ。
2019.07.23
いま、ザ・ブラン・ニュー・ヘヴィーズが絶好調。5年ぶりの新作が日本先行で8月7日に発売されるのだが、そこには複数のボーカリストが迎えられていて、かなりいい感じの仕上がりなのだ。そしてその新作リリースの直後となる10日から、今年もブルーノート東京にて3日間連続公演。ほぼ毎年のように来日公演を行っている彼らだが、今回は充実した内容の新作の発表直後で、しかもアンジェラ・リッチという新しいボーカリストをフィーチャーしての初公演となるため、フレッシュかつ気迫に満ちたライブが期待できるだろう。
改めて書いておくと、ザ・ブラン・ニュー・ヘヴィーズは、ヤン・キンケイド(ドラム、キーボード)、サイモン・バーソロミュー(ギター、ボーカル)、アンドリュー・レヴィ(ベース)というロンドン郊外育ちの幼なじみ三人によって結成され、80年代半ばから活動をスタート。インストゥルメンタルのジャズ・ファンク・バンドとして始まり、ロンドンのクラブシーンで熱烈に支持されるようになった。
そして1990年にアシッド・ジャズ・レコードと契約。バンド名を冠したアルバムで英国デビューしたわけだが、その盤で迎えたボーカリストはリンダ・ミュリエル(a.k.a.ジェイ・エラ・ルース)という女性だった。が、しかしアメリカ西海岸のレーベルであるデリシャス・ヴァイナルからアルバムを出すことが決まると、ボーカリストはリンダから米アトランタ出身のエンディア・ダヴェンポートに代えられ、シングル「ドリーム・カム・トゥルー」をはじめとする既発の曲もすべてエンディアの歌で再レコーディング。その大胆な策が当たって、再販盤『ザ・ブラン・ニュー・ヘヴィーズ』から「ドリーム・カム・トゥルー」「ネヴァー・ストップ」「ステイ・ディス・ウェイ」がヨーロッパとアメリカでヒットした。そうして彼らは、ジャミロクワイ、インコグニートと共に、アシッド・ジャズ・ムーヴメントの中核として世界的人気を獲得。自分も「HMV渋谷店」(1990年に開店した1号店)1階に日本のいわゆる“渋谷系”バンドの作品群と共に並べられた彼らのアルバムやシングルの輸入盤を即買いして、夢中で聴いたものだった。
それにしても、(こう言っちゃなんだが、いい意味で)しぶといバンドである。90年代初頭に「ネヴァー・ストップ」などのヒットでブレイクした彼らが、そこから30年近く経ってもまだこうしてバリバリ活動を続けているとは、あのころは考えられなかった。アシッド・ジャズのブームと共に終わってもおかしくないバンドと、なめていた。だが、彼らはこの移り変わりの激しい音楽シーンをサバイブした。90年代の半ばをピークとし、アシッド・ジャズ・ブームの終焉(しゅうえん)後は沈んだ時期も確かにあったが、彼らは活動をやめず、2000年代のある時期以降は再び精力的になって、ライブにもずいぶん力を入れるようになった。結局はヤンとサイモンとアンドリューの三人が、音楽をやること、ライブをやることが好きでしょうがなかったのだろう。いつだって楽しそうに演奏する三人を何度かライブで観ていて、そんなことをよく思った。
それともうひとつ。結果的にではあるが、フロントで歌う女性ボーカリストが定まらなかったことも、いまになってみればバンドが長く続いた理由のひとつなのかもしれない。ボーカリストは不動ながらも演奏するメンバーが多少チェンジして長く続いていくバンドというのは珍しくない。が、ザ・ブランニュー・ヘヴィーズは演奏する男性三人が幼馴染でずっと代わらず、女性ボーカリストだけが数年ごとにチェンジする形で続いていったのだ。もちろんそれは三人の意図でも狙いでもなく、できればひとりの才能ある女性歌手に留まってもらって四人バンドとして続いていくのが理想だっただろうが、そうはならなかった。そして、そうならなかったこと、フロントの女性がそのときどきで代わっていくことに対して、彼らはある時期から「これがこのバンドのスタイルなんだ」というふうに、いい意味で開き直ったんじゃないか。我々にしてみれば、そうして新しい女性が入るたびに、今度は過去の誰々に近いタイプだな、今度は誰々よりも歌に迫力があっていいな、といった感じでフレッシュな感覚を持ちながらバンドに接しつづけていられるわけで、それもよかったんじゃないかといまは思うのだ。
時々でボーカリストを代えるスタイル
その変遷がバンドの進化に結びついている
ちなみにこれまでのボーカリストの変遷をざっと書いておくと、バンドの絶頂期の顔だったエンディア・ダヴェンポートがソロになるため抜け、代わって入ったのはマイケル・ジャクソン「マン・イン・ザ・ミラー」の作詞および共演で知られていたサイーダ・ギャレット(シーダという発音のほうが正しいか)だった。が、彼女はアルバム『シェルター』1枚で脱退。バンドの代表曲のひとつである「ユー・アー・ザ・ユニヴァース」におけるサイーダの伸びやかな歌声は実に素晴らしいので、当時残念に思ったものだ。
バンドは2000年発表のベスト盤における新録音曲で、名のあるカーリーン・アンダーソンを起用。そしてサイ・スミスやジーナ・ロリングら複数の女性歌手を迎えた『ウイ・ウォント・ストップ』を2003年に出したあと、2004年にはイタリア系のルーツを持つ英国美女ニコール・ルッソを迎えて『オールアバウトザファンク』を発表した。ソロ時代のニコールのアルバム『スルー・マイ・アイズ』を気に入っていた自分としては、彼女の加入にかなり興奮しながらそのライナーノーツを書いたものだったが、しかし彼女もそれ1枚で脱退。そんなタイミングでバンドはデリシャス・ヴァイナルのマイケル・ロスから“オリジナル・メンバーでの再結成と、10年ぶりの大規模な全米ツアー”の話をもちかけられ、再びエンディァ・ダヴェンポートを正式復帰させて『ゲット・ユースト・トゥ・イット』を2006年に発表した。
このあとエンディアはバンドの出入りを繰り返し、言わば名誉会員のような立場でメンバーたちとの良好な関係を継続。2013年作『フォワード』でもエンディアと男性三人の相性のよさを改めて実感させた。一方、その『フォワード』で歌声を披露していたもうひとりの女性が、フィル・コリンズやカイリー・ミノーグのバックで歌っていたドーン・ジョセフで、その後バンドは彼女を正式に迎え入れ、2014年に『スウィート・フリークス』を発表した。ドーンは小柄ながらも華があって、このころの来日公演でも非常にダイナミックなパフォーマンスで観客を盛り上げたものだったが、しかしそんな彼女もまもなく脱退。それどころか、深い絆でつながっているのだろうと信じていた三人の創設メンバーのうちのひとり、ドラムのヤン・キンケイドも2015年にまさかの脱退をしてしまう。そしてヘヴィーズで意気投合していたヤンとドーン・ジョセフは、新たにソウル~ファンク・ユニットのMF・ロボッツを結成して2017年にデビューしたのだった。
バンドはその後、初期ジャミロクワイのドラマーのニック・ヴァン・ゲルダーと連名デュオで作品を出したり、インコグニートのブルーイのプロジェクトであるシトラス・サンのライブに同行したりしていたUKジャズ・ファンクの実力派スリーン・フレミングを迎え入れてライブ活動を続行。2017年、2018年の来日公演は彼女の歌ヂカラが高く評価されたものだ。
複数の歌手が参加した『TBNH』は8月発売
新旧のダンス音楽好きが必ず満足する力作
さて、この8月に日本先行で発売されるニュー・アルバムについて書こう。『スウィート・フリークス』以来5年ぶりとなる新作のタイトルは『TBNH』で、言うまでもなくThe Brand New Heaviesの頭文字。「これこそが」という彼らの気持ちが伝わるというものだ。そしてこのアルバムは、彼らの出発点でもあるアシッド・ジャズ・レコードに復帰してのものでもある。そういえば昨年はヘヴィーズと共にアシッド・ジャズ・ムーブメントの一翼を担った英国4人組バンドのコーデュロイが18年ぶりの新作をアシッド・ジャズ・レコードから出したりもしたが、ヘヴィーズの復帰でますますレーベル自体も活気づきそう。
アルバムの特徴としては、まずなんといっても複数のボーカリストが参加していること。2003年に日本のみで出た『ウイ・ウォント・ストップ』も複数の女性歌手が参加したものだったが、新作『TBNH』で歌っている歌手の数は過去最多。しかもベテランから新進まで幅広く、珍しく女性のみならず男性歌手をフィーチャーした曲もある。曲順に沿って名前を挙げておくと、フィーチャーされたのはビヴァリー・ナイト、アンジェラ・リッチ(3曲)、サイーダ・ギャレット(2曲)、エンディア・ダヴェンポート(3曲)、ハニー・ラロシェル、アンジー・ストーン、ジャック・ナイト、ラヴィール。エンディアはもちろん、サイーダ・ギャレットが久々に戻ってきて2曲歌っているのがうれしいところだ。
それからイギリスの国民的R&Bシンガーであるビヴァリー・ナイトと、アメリカの名ソウルシンガーであるアンジー・ストーンが1曲ずつ歌っていることのスペシャル感! また2011年のライブでエンディアの代役として歌ったりしていたバンクーバー出身のソウル歌手ハニー・ラロシェルのファンキー度数高めの歌声もインパクトあり。アルバム後半に並ぶジャック・ナイトとラヴィール、この男性歌手ふたりの歌声もひかれるものがある。そしてそんななか、昨年ヘヴィーズに加入した新進のアンジェラ・リッチが若々しくて伸びやかな歌声を3曲で聴かせていて、バンドとの相性のよさを感じさせる。
楽曲的にはヘヴィーズらしいノリのよさが存分に味わえるものばかりが並ぶが、なかでもビヴァリー・ナイトの歌うオープナー「Beautiful」、エンディア・ダヴェンポートが歌うリード曲の「Getaway」などはダンスクラシック好きであれば「うひょ~」と声をあげずにいられなくなるような仕上がりだ。特にキャッチーな「Getaway」はバンドの新たな代表曲になるかもしれない。またマーク・ロンソンがプロデュースしてエンディアが歌った「These Walls」はケンドリック・ラマーのカバーで、きっと話題になるだろう。個人的にはアンジー・ストーンが歌うミディアム・スロー「Together」のソウル味、それに北ロンドン出身のネオソウル・シンガー、ラヴィール(彼はアシッド・ジャズ・レコードがジャミロクワイ以降初めて契約した男性アーティストだ)の甘いファルセットにうっとりさせられる「Dontcha Wanna」が、楽曲としてもとりわけ気に入っている。ライブでも聴いてみたいところだ。
ヒット・ポテンシャルの極めて高いこの新作を携えての来日公演はそれだけに楽しみだが、先述したように今回は昨年加入して新作で3曲歌っているアンジェラ・リッチをフィーチャーしてのもの。ライブではその伸びやかな歌声がどのように力を発揮するか、期待したいところだ。また、ヤン・キンケイドが抜けたあと2017年の来日公演からサポートを務めているドラマーのルーク・ハリスや、キーボードのマット・スティール、ホーンのブライアン・コルベットとリチャード・ビーズリーらおなじみのミュージシャンも同行。バック・ボーカルとパーカッションのミム・グレイもそこに加わる。新作『TBNH』の曲はもちろん、「ネヴァー・ストップ」「ドリーム・オン・ドリーマー」「ユー・アー・ザ・ユニヴァース」といったクラシックスがアンジェラ・リッチを迎えた現在のヘヴィーズによってどう生まれ変わるのか、そのあたりも楽しみにしたい。
プロフィル
内本順一(うちもと・じゅんいち)
エンタメ情報誌の編集者を経て、90年代半ばに音楽ライターとなる。一般誌や音楽ウェブサイトでCDレビュー、コラム、インタビュー記事を担当し、シンガーソングライター系を中心にライナーノーツも多数執筆。Note(ノート) https://note.mu/junjunpaでライブ日記などを更新中。
公演情報
THE BRAND NEW HEAVIES
ザ・ブラン・ニュー・ヘヴィーズ
公演日/2019年8月10日(土)、11日(日)、12日(月)
[1st]Open16:00 Start17:00 [2nd]Open19:00 Start20:00
会場/ ブルーノート東京
料金/ 8500円(税込)
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