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2019年発表の新作で深遠なる世界を表現した英国のシンガーが
ビルボードライヴに初登場。冬にぴったりの美しい歌を聴かせる

2020.01.10

内本順一 内本順一

2019年発表の新作で深遠なる世界を表現した英国のシンガーが<br>ビルボードライヴに初登場。冬にぴったりの美しい歌を聴かせる

今からおよそ7年前、ルーシー・ローズのデビュー作を初めて聴いたとき、このひととは長いつきあいになりそうだなと思った。もちろん“聴かせる者”と“聴く者”としてのつきあいという意味だが、そのアルバムを聴いて、この歌手は売れるとか売れないとかそういうこととは関係なく、長きに亘って音楽表現を続けていくのだろう、そして自分はそれをずっと聴き続けることになるだろうという気がしたのだ。

ポップスターになりたいというような動機で音楽を始めるひとのなかには、それがうまくいかないと意外とあっさり足を洗ってしまうひともいる。だが、そういう動機ではなく、音楽表現をしていなくては自分が自分でいられる気がしないからその道に入るひともいる。そういうひとは強い。そういうひとにとって、売れる売れないはそれほど関係ない。「関係ない」と一言で言い切れるほど甘い世界じゃないと言うひともいるかもしれないが、ルーシー・ローズのようなひとは、むしろメジャーの世界でポップで売れる音楽を求められるほど委縮してしまうタイプかもしれない。

ルーシー・ローズはイギリスの長閑な街ウォリックシャー出身のシンガー・ソングライター。16歳の頃から独学のギターで作曲を始め、やがてボンベイ・バイシクル・クラブというロンドンのロックバンドのヴォーカル、ジャック・ステッドマンと出会って親しくなり、彼らのアルバムにバックヴォーカルで参加することに。それによって注目を集め、2012年9月(日本は2013年7月)にアルバム『ライク・アイ・ユースド・トゥ』でデビューした。その際、VOGUE誌は「2012年で注目すべきインディー・ロックスターのひとり」と評し、Q Magazineは「どんなに凍りついた心もとかす歌声」と評した。

2013年にはマニック・ストリート・プリーチャーズのアルバム『リワインド・ザ・フィルム』の1曲でフィーチャーされ、2014年にはデビューのきっかけを作ったボンベイ・バイシクル・クラブのアルバム『ソー・ロング、シー・ユー・トゥモロウ』の6曲にヴォーカル参加。また日本ではTVアニメ『蟲師 続章』にデビュー盤収録曲「シヴァー」が主題歌として使われ、それがきっかけで日本のみならずアニメが放映されている海外(南米など)のいくつかの国でも注目度が高まった。

2012年のデビュー作『ライク・アイ・ユースド・トゥ』は、ドラムが過剰に鳴っている曲もあるにはあったが、基本的には聴くひとに寄り添うような彼女の可憐な歌声とアコースティックギターの音色が印象に残るフォーキーな音楽性だった。それが2015年の2作目『ワーク・イット・アウト』になると、エレクトロニックなサウンドを施したポップ曲……とりわけシンセドラムの音が前に出た曲がかなりの割合を占め、端的に書くなら売れ線狙いの作品となった。レーベルはより広い層に届かせるべくそうしたプロダクションに変えたのだろうが、デビュー作を気に入っていたファンのなかには彼女の繊細な歌声が活かされていないことを嘆くひともいた。正直自分も、ここまでポップなサウンドにする必要はないのにと思ったものだ。

メジャーを離れて自分らしさを妥協なく表現
今回はダークな4作目の曲などを4人編成で

その『ワーク・イット・アウト』は全英9位のヒットになったが、ルーシー・ローズ自身、その作品を携えてのツアーを終えてから音楽を作る理由を見失ったそうだ。チャートでの成功は収めたものの、それが本当に自分のやりたいことなのかどうなのかわからなくなったのだ。自信喪失に陥りながら、ルーシーは先の「シヴァー」によってファンになったひとの多かった南米8ヵ国を回るアコースティック・ツアーに出た。それが転機となった。イギリスから遠く離れた南米のファンたちと直に交流し、初めて訪れる場所での人々の暮らしを見て、自分が何のために、誰のために音楽をやっているのかを再発見・再認識したのだ。

それで彼女は自身の意志でメジャーのコロムビア(ソニー)を離れ、インディーの「コミュニオン・レコーズ」へ移籍。マネジメントも自分でやるようになり、何人かのプロデューサーと会ったなかから最も音に対する考え方が合ったティム・ビッドウェルと組んで作った3rdアルバム『サムシングス・チェインジング』を2017年に発表した。ホーンやストリングスを用いていながらも自分らしくあらんとし、特にメロディの美しさが際だった曲の多い作品となった。また外の世界を見たことで視野が広がり、歌詞はそれまでよりも骨太に。曲調としてはソウルのテイストがいい塩梅に入った曲やジャジーな曲もあり、2作目とは違って無理なく音楽性の幅を広げていたことに好感が持てるアルバムだった。

そしてインディーで2作目、通算4作目のアルバムとして2019年5月に発表したのが『ノー・ワーズ・レフト』だ。前作から引き続きティム・ビッドウェルをプロデューサーに迎えて制作されたものの、ここではホーンもストリングスも抑えめに。オーガニックなあり方を極め、2作目『ワーク・イット・アウト』とは別人に思えるくらいダークで内省的な世界観を表現した。表題と同じ2曲目などはサイケデリックな雰囲気もあり、ヴォーカルもグッと深遠なるものに。かつての可憐な歌声は陰影に富んだものに変化を見せ、ときに祈りにも聞こえるようになった。よってその表現をジョニ・ミッチェルのそれに近いものと評価する者も少なくなかったほどだ。

メジャーから離れ、勇気を持って自分らしい音楽性を妥協なく突き詰めるようになり、最早どこか孤高の存在となった感もあるルーシー・ローズはまた、これまでずっと精力的にツアーを行なってきたひとでもある。日本には2016年11月に単身で、2017年9月にバンドで来てライヴハウスで公演しているが、さて今回3度目となる日本公演は初めてビルボードライヴで行なわれる。ヴァイオリンと鍵盤、ギター、ベース、そして歌とギターと鍵盤を担当する彼女の4人編成だ。特にヴァイオリン弾きがいるのが要で、『ノー・ワーズ・レフト』で表現したその深遠な世界にグッと引き込まれることになるのは間違いない。

プロフィル
内本順一(うちもと・じゅんいち)
エンタメ情報誌の編集者を経て、90年代半ばに音楽ライターとなる。一般誌や音楽ウェブサイトでCDレビュー、コラム、インタビュー記事を担当し、シンガーソングライター系を中心にライナーノーツも多数執筆。Note(ノート) https://note.mu/junjunpaでライブ日記などを更新中。

公演情報
Lucy Rose
ルーシー・ローズ

【大阪公演】
公演日/2020年1月29日(水)
1st Stage Open 17:30 Start 18:30
2nd Stage Open 20:30 Start 21:30
料金/サービスエリア 7900円 カジュアルエリア 6900円
問/06-6342-7722
所在地/大阪府大阪市北区梅田2-2-22 ハービスPLAZA ENT 地下2階

【東京公演】
公演日/2020年1月31日(金)
1st Stage Open 17:30 Start 18:30
2nd Stage Open 20:30 Start 21:30
料金/サービスエリア 6500円 カジュアルエリア 5500円
問/03-3405-1133
所在地/東京都港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウン ガーデンテラス4階

その他詳細は下記よりご確認ください
http://billboard-live.com/

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