紳士の雑学
サステナブルとは何か
レフェルヴェソンス 生江史伸
[シェフがつなぐ食の未来]Vol.4
2019.12.10
「レフェルヴェソンス」といえば、ミシュラン二つ星、アジアのベストレラン50でも6年連続でランクインするなど、名実ともに東京を代表するイノベーティブなフレンチレストランだ。シェフを務める生江史伸氏は、慶応義塾大学卒業後、料理の道に魅せられ、北海道の「ミシェル・ブラス トーヤ ジャポン」で経験を積んだのち、イギリス郊外の「ザ・ファットダック」で研鑽を重ねるなど、広い視野と文化的背景に裏打ちされた社会派の料理人としても知られる。
2018年のアジアのベストレストン50では、特別アワード「サステナブル賞」を受賞した。この通称“ベスト50”とは、各国の食の識者による投票で決まるレストランランキングで、いまや、ガストロノミーのトレンドを左右するほどに影響力を持つと言われる。その上位に食い込むことよりもさらに価値があると思われるのが、“持続可能な食の未来を作ることに積極的に取り組んでいるレストラン”と認定される、このサステナブル賞を受賞することであると言えよう。なぜなら、シェフ発信のサステナブルな活動が、星の数ほどあるレストランのなかからたった1軒が選ばれるのだから。
授賞の理由を生江氏自身はどのように考えるのかを聞いた。
「普段から食材を仕入れ、料理を作り、お客さまに提供するという流れのなかでも、生ゴミ処理に掛かるCO2の排出量を94%抑えられる生分解性生ゴミ処理機を使用するなど、できるだけ自然環境に対して責任ある活動を心がけています。けれど、それだけではこの賞を取ることはできません。コミュニティーへの貢献や労働環境、社会活動への積極的な参加など、多岐にわたる活動が認められることが必要です。
例えば、同じ素材を仕入れるなら、真摯に素材に向き合っている若い世代の生産者から仕入れることで彼らを支援したり、スローフードの大会に登壇するなど、時間の許す限り、社会的な活動へも積極的に参加したいと思っています。また、うちのレストランは退社する人が本当に少ないんですね。これも、労働環境を含めて社員のモチベーションの強さの証しだと、自負しています」と生江さんは言う。
サステナブルということを考えたときに、食だけに限ると、どうしても狭くなってしまい、広がりがない。だから、料理人ではあっても、衣食住を同じスタンスで考えるようにしている、というのが生江氏の持論だ。
例えば、レストランのインテリアにも土壁や漆喰(しっくい)など、なるべく自然の素材を使用している。それが居心地のよさにつながると同時に、職人の伝統技術の継承の役に立ちたいといったことまで考えているのである。白衣ひとつをとっても、リサイクルコットンで作るばかりでなく、洗濯する際には、汚れのひどいものとそうでないものに分けてクリーニングに出し、洗剤の使用料を減らすなどの努力もしているという。
「衣食住は当然のことながら密接につながっています。大切なのは、そうした身近なのことをひとつひとつ再確認していくこと。地球規模の問題を解決するのも、まずはそこからだと思います」と地に足のついた考えを提示してくれた。
一方、生江氏は2017年、「ブリコラージュ(仏語でDo it yourselfの意)」の名でパンと料理とコーヒーのカジュアルな店を六本木ヒルズに開いた。店内ではステンレス製のストローを使い、テイクアウトでは容器、ストロー共に生分解性プラスチックを使用。たとえベストではなくとも、現在のベターを積極的に選び取っているのだという。
「ブリコラージュは、お客さんも参加できるサステナブルの実践の場。一方、洗練された料理を提供するレフェルヴェソンスでは、おいしいものを食べて心が豊かになることが、子どもや孫の世代への投資と考える場と、それぞれの役割を分けて考えています。ガストロノミーと日々の食という両輪で進んでいくことで、より多くの人へ向けて、大きな声を届けることができ、それらが重なり合うことで、相乗効果が生まれる」と考えている。それはまた、自身の中のバランスを取ることにも役立っているのだそうだ。
レストラン内からの発信だけではなく、不特定多数へ伝える方法も緻密に考えられており、その構想を聞くと、さすがと感心させられる。
「あまり知られていませんが、JALの東京発国際線ビジネスクラスとハワイ線のエコノミークラスの機内食を担当しています。サラダ用の野菜には、JALを退職した職員たちが成田の畑で作るASIA GAP認証を取った野菜を使用しています。JALの志の高さや食に対する真摯な思いを伝えることができると同時に、SDGs実践の必要性も訴えることができます」
さらには成田から積み込むことで、フードマイレージを減らすことにもつながると、サステナブルのさまざまな側面に働きかけることができるプロジェクトでもある。
「僕らの世代や上の世代が残した負の遺産をゼロに戻すことはできなくとも、せめてこれから向かうべき方向性を示してあげたい。これは最低限の義務だと思います」と語る生江さんの言葉には、実践を伴った大きな重みが感じられた。
プロフィル
小松宏子(こまつ・ひろこ)
フードジャーナリスト。料理研究家の家庭に生まれ、幼いころから料理に親しむ。雑誌や料理書の編集・執筆を通して、日本の食文化を伝え残すことがライフワーク。『茶懐石に学ぶ日日の料理』(後藤加寿子著・文化出版局)では仏グルマン料理本大賞「特別文化遺産賞」、第2回辻静雄食文化賞受賞。
Photograph:Nariko Nakamura