週末の過ごし方
日本人が知らない、現代アートの価値とは?
海外の巨大ギャラリーがもくろむ「アート」の未来
2020.01.15
今回のテーマは〝日本人が知らない現代アートの価値〞。レクチャーしてもらったのはパリに本拠を置くメガギャラリー「ペロタン」のアジアパシフィック代表・中島悦子さん。世界の大局から見た現代アートの常識とは?
いま、現代アートのマーケットで美術館並みの影響力を持つ〝メガギャラリー〞の存在が注目されている。彼らは国内外に複数の拠点を構え、美術館規模の展示スペースを備えるものも多い。三大ギャラリーのひとつであるペースがNYのチェルシーに建設中の旗艦店は7000㎡もの広さ。これは東京都現代美術館とほぼ同じ面積だ。同じくチェルシーに5階建てビルを建設するデヴィッド・ツヴィルナーやアカデミックかつハイレベルな企画展が話題となったガゴシアンなど、互いが刺激し合い、進化を続けているのだが、日本ではほとんど知られていない。
海外ではアートはたしなみお金の話もタブーじゃない
今回、お話を伺った中島悦子さんが所属するペロタンも村上 隆らサブカルチャーやストリート出身の作家を積極的にアートの文脈に乗せ、世に問うてきた個性派メガギャラリーだ。その中島さんはアートに対する日本人の姿勢を「真面目すぎ」と一蹴する。世界のジェントルマンは、アートをたしなむことを遊びの一部として捉え、投資やビジネスの観点からも心底から楽しんでいるというのだ。
「アーティストがお金を稼いでサクセスすることもいまやアートの一部。日本の方にもう一歩踏み込んでアートを理解していただくためには、卒直にアートをビジネスや投資の対象として見ていただいたほうが理解しやすいかもしれません。そしてフランクに楽しむこと。海外ではコレクター同士で《あの作品買ったの? 上がったよね。すごい目利きだったね》というノリで楽しんでいる方も多いですし《ドゥー・ユー・ハブ・ムラカミ?》、つまり《村上 隆、持ってる?》があいさつのように交わされるのが日常風景です」
なるほど。どうもわれわれ日本人は、芸術作品には崇高な美の本質についてだけ語るべきとの思い込みがあり、マーケットで綿密なマーケティングが行われていること、平たく言うとアートをお金・ビジネスに結び付けるのをタブー視する傾向がある。しかし、昨年の世界の美術品市場は約7・5兆円。なんと世界のモバイルゲーム市場(約7兆円)よりも産業としては上なのである。片や日本の美術品市場は約2500億円。世界比でわずか3・3パーセントにすぎず、オークション市場に至っては1%にも満たない(オークション市場では米国、中国、英国、フランスの4カ国だけで9割超)。アートの価値はもはやお金に換算できない崇高なものではなく、きちんとマーケットで評価されることで生まれるという現実を受け入れる必要がある。結果、価値の上昇を楽しむこともプラスに捉えられるようになる。
サブカルチャーがアートになるための条件とは?
アートをたしなむことは、リターンを生む投資として自身の審美眼を試すことで、ひいては新しいものに対する感覚を磨くことにもつながる。が、日本人は現代アートのように価値があいまいなものを理解しようとすることも苦手。たとえばユニクロUTやコラボレーションで話題になるKAWSや村上 隆などの独自のキャラクターを用いて商業的にも大きく展開している作家作品がなぜここまで評価されるのか?と腹落ちしていない読者も多いのではないだろうか。実際、ファッションデザイナーNIGO氏(グラフィティシーンの伝説であるFUTURAや前述のKAWSを90年代から自身のデザインに起用した)のコレクションが31億円の高値で落札され話題になったが、中島さんはサブカルチャーとアートの関係について次のようなエピソードを語ってくれた。
「ハイブランドや文化政策に携わる海外のお客さまがお仕事で来日された際、東京のヒップなところを見たいとの彼らのリクエストに応じ、その当時の裏原宿カルチャーをくんだアーティストや作品をご紹介したことがありました。まったくの新しいトレンドに出合った彼らは《これは一つの文化だよね》とおっしゃった。ファッションやポップアートの歴史や文脈を考え抜いて醸成されたシーンだと絶賛したわけです」
90年代から現在に至るまで多くのサブカルチャーが生まれ、音楽やファッション、アートの垣根を越え若者文化が変革した時期でもある。それを単に消費するものではなく、批評的・哲学的に捉えアートの文脈に落とし込むことでサブカルチャーはアートになりうる。今回ペロタン所属作家として掲載した村上 隆やJRもこのような時代の流れの中で評価が高まった作家だと言えるだろう。
アートを化学反応させる挑戦的な場としての東京
こうしたファッションや音楽、サブカルチャーをアートの文脈に再構築する試みを精力的に行っているのがペロタンだ。いま起きている文化的にヤバいことを嗅ぎつけ、積極的にアーティストを絡ませることで常にアートの新しい価値をクリエートしている。アートではないと酷評されていたJRにルーブル美術館を舞台にした作品制作を実現させる、ロシアでの村上隆 展のオープニングにでんぱ組・incのライブを敢行するなど事例には事欠かない。そのペロタンが今後、伸び代があると期待するのが東京だ。
「日本はクレイジーでイノベーティブ。文化的レベルも高く、若いコレクターも増えています。アジアのアートシーンは香港が中心でしたが、受け入れ態勢が整っている東京は大いにチャンスがあると思います。私たちの六本木のギャラリーでは今秋からコンセプトストアなどの限定イベントができるスペースを作りました。アートをよりオープンに楽しむ場を作りたいんです」
アートとその境界にあるヒップなものをどう化学反応させるのか、ペロタンの今後に注目したい。
中島悦子
ソルボンヌ大学で美術史学を学び、カルティエ現代美術財団を経て2002年よりペロタンに勤務し、香港・ソウル・東京・上海への進出に貢献。村上 隆、Mr.、Madsaki、タカノ綾らを手がける。(衣装協力 Theory)
石浦 克
アート作品やアーティストの言葉を紹介するアートサイト「色名/SHIKIMEI」ディレクター。TGB design./TGB lab代表。現在、武蔵野美術大学と女子美術大学の非常勤講師を務める。www.shikimei.jp
ペロタン東京
東京都港区六本木6-6-9ピラミデビル1階
03-6721-0687
[営業時間]11〜19時(火〜土)
https://www.perrotin.com
Coordination&Interview: Masaru Ishiura(SHIKIMEI)
Photograph[P.141]: Sunao Ohmori(TABLE ROCK.INC)
Text: Atsushi Kadono (SHIKIMEI)