特別インタビュー
株式会社キャスター代表取締役
中川祥太インタビュー[前編]
ニッポンの社長、イマを斬る。
2020.04.07
国内初にして最大のリモートワーク(在宅勤務)事業を運営する株式会社キャスター。立ち上げたのは古着屋のオーナーを経てIT企業を渡り歩いた中川祥太氏だ。働き方改革などでも注目を集める市場だが、起業の背景にはワーカーたちの劣悪な仕事環境があった。
「リモートワークを当たり前にする」
オフィスは青山の交差点の近隣にある。取材日に訪れると社内には代表の中川祥太と広報の女性のみ。「会社に来るのは何かあるときだけなんですよね」。全国に点在するスタッフは700人以上いるが東京オフィスはもちろん、本社にも通いの社員はほぼいない。
株式会社キャスターは2014年9月に創業した。オンラインのアシスタントサービス『CASTER BIZ』を軸に、リモートワーカーの人材派遣や求人サイトなど現在14のサービスを展開。利用企業数はスタートアップから大手まで既に累計1000社を超えている。
「リモートワークの市場は確実に広がっています。この10年単位でもう一段階か二段階くらい普及が進むのでは」と中川は言う。
総務省の調査によると日本企業の導入状況は19.1%。この値が50%近くあるアメリカと比較するとまだまだだが「長時間労働の是正」などの働き方改革はもちろん、新型肺炎などの感染症対策としてもその導入に注目が集まっている。
冒頭のとおり、組織自体がフルリモートワーク体制の同社だが、在宅勤務とはいえプロジェクトが発生すれば他部署との交流は発生するし、チャットも盛んになる。終業後は社内のオンラインサークルで仲間と集ったり、リアルで飲み会が開催されることもある。常に顔を合わせているわけではないが、自然にキャスターの文化を共有することになる。
メンバーは随時募集中だが、驚くべきはその応募数だ。3人の採用枠に400人が集まることもある。
「何しろ格差が入りませんから。リモートワークは移動時間がないこともメリットのひとつですが、年齢や学歴、性別、住む場所がどこであっても関係がありません。仕事をしたい人全員にチャンスがあります。地方での就業であっても賃金は東京水準。その分、実力主義ですが、就業機会が均等に押し上げられる構造なんですよ」。
この日も愛用のバイクで自宅のある横浜から青山まで。冬晴れの交差点で行き交う人を眺めつつ、中川は語った。
時給100円なんておかしいでしょ
起業願望があったわけではないものの、会社を興すのはこれが2度目となる。20歳のころ、ライブドアマーケティングのテレアポバイトで大金を稼いだ。そのタイミングで知人から「下北沢の居抜き物件を使わない?」と声が掛かり、古着屋をオープンした。
「軍用リュックを背負って、毎日フリーマーケットに通って1足100円くらいのスニーカーを探しましたね。結局、仕入れが安定せず1年半くらいしか続きませんでした。ちなみにこのとき、店舗を間貸ししていた事業主がネットでシルバーアクセサリーを売っていたんですよ。1本100万円くらいするのに出品30分後には完売。これはインターネットをやらなきゃダメだなって(笑)。それで、IT企業に入ったんです」
というわけで、2012年、中川はウェブ掲示板などを監視するイー・ガーディアン社に在籍していた。携わっていたのはアウトソーシングの一種であるBPO業務。人手不足が深刻化しつつあるなか、クラウドワーカーを活用した。クラウドワークスやランサーズなどクラウドソーシング市場が急成長しはじめた時期のことでもある。
「取り組んでみてわかったのが、採用応募数が非常に多いこと。なおかつ、そのなかに優秀な人材もいること」
圧倒的な売り手市場にあって看過できないひずみもあった。
「平均単価が時給100円を切るような状態だったんです。業務委託って最低賃金がない。法的規制が利かないんです。となると、価格競争に陥りやすい。この時給ではモチベーションは保てないし、誰も生活しようとは思いませんよね。結果、人は抜けます。また新しい人が入り、けれど新人だから単価は安いままというサイクルが続く」
クラウドソーシングのプラットフォーム側は構造的に値崩れを止めることができなかった。けれど、中川は思った。これは絶対におかしい。最低賃金以上の給与を払うなんて普通にできるはずだと。やがて、起業の二文字が浮かんだ。同時に市場としての可能性を直感してもいた。
<<後編に続く
プロフィル
中川祥太(なかがわ・しょうた)
1986年、大阪府泉大津市出身。日本大学経済学部中退。下北沢で古着屋を経営した後、インターネットの広告代理店オプト社に入社。社内ベンチャーに出向後、2012年に退職し大阪にUターン。同年、掲示板監視などのアウトソーシング業務を手掛けるイー・ガーディアンに入社し、大阪営業所の立ち上げに携わる。その後、新規事業を担当する事業企画部に異動し、クラウドソーシングによるBPO業務を担当。ここでの問題意識から2014年9月、株式会社キャスターを創業、代表取締役に。オンラインアシスタントサービス「CASTER BIZ」などを展開している。ソーシャルリスクの専門家としてメディアへの出演も多い。元バンドマンで20代半ばごろまで並行してサポートミュージシャンなどの仕事に携わっていた。
Photograph: Kentaro Kase
Text: Mariko Terashima