特別インタビュー

演劇から学ぶ 自己演出術。

2020.04.15

安積陽子

演劇から学ぶ 自己演出術。

挨拶に始まり、名刺の受け渡し、会議やプレゼンテーション。皆さんはビジネスの場において、どのくらい自分の表情や立ち居振る舞いを意識しているでしょうか? さまざまな価値観や、文化背景をもつ人々と共に仕事をするグローバル化の時代。装いや立ち居振る舞いといった非言語要素を活用した自己プレゼンテーション力は、出世や成功にも影響を及ぼす重要なスキルのひとつです。なかでも身振りや手振り、表情、声、相手との距離感を駆使して人を魅了する「表現力」は、ビジネスに限らず、人生をより豊かにするスキルだと考え、先進的なビジネスパーソンは演劇メソッドを既に学び始めています。

リーダーシップやカリスマ性の育成にもなる非言語要素

演技というのは、同じセリフでも、演者の声やセリフの間、目力や表情の変化、表情や体に込めたエネルギーなどによって、見るものを引きつける度合いが異なります。この「非言語要素」を駆使して、人を魅了する演劇メソッドは、リーダー シップやカリスマ性の育成にも応用できるとして、アメリカでは早くからビジネスにも採り入れはじめています。主流となっているメソッドは、インプロバイゼーション(即興)と呼ばれる手法。台本を用意せずに自発的に演じることを通じて、人間の自然な感情と直結した見せ方を習得していきます。こうしたメソッドを世界各国のビジネスパーソンも学び、ビジネスの場で応用しながら、自分の表現力や見せ方を磨いているのです。
 
ニューヨークの不動産会社でエネルギッシュに人生を切り開いているSさんも、まさに自己表現を磨きつづけてきたひとり。カリフォルニア大学に在学中に仲間と演劇を学び、さらには、パブリックスピーキングやリーダーシップ・スキルを向上させることを目的とした国際的な非営利教育団体「トーストマスターズ」でも、話し方や見せ方を学んできました。演劇やスピーチを通して、効果的な話し方や立ち居振る舞いについて学んできたSさんは、①表情や体の使い方にバリエーションが生まれて表現力が豊かになったことで、存在感を発揮できるようになった。②大きなステージ上でも、観衆を 魅了しつづけるプレゼンのテクニックを得た。③緊張したときの気持ちのコントロール法を学び、パーティーやイベントでも堂々と余裕のある態度で振る舞えるようになった、などと多くの収穫について語ります。このように、演劇メソッドの汎用性の高さは、アメリカでは早くから注目されており、幼少期から学ぶ機会も用意されているのです。
 
昨年、小学3年生になる私の娘がニューヨークのサマースクールに初めて参加しました。このサマースクールは、3歳から14歳までの子どもたちが世界中から集まります。感性を鍛えるプログラムや体を鍛えるプログラム、チームビルディングを鍛えるプログラムなど、幅広いプログラムが開催され、子どもたちは年齢別に分かれてそれぞれのプログラムに参加することができます。そのなかで私の印象にもっとも強く残った「Drama」というプログラムを紹介します。

子どものころに学ぶ米国のプレゼンテーション

「Drama」とは、幼い子どもたちに、即興に近い形式でひとつの演劇を行わせるプログラム。その具体的な内容とは、まず、お題となる物語の中で、子どもたちにそれぞれ好きな登場人物を選ばせ、そのキャラクターを考察させます。どのような表情や姿勢、しぐさでセリフを言ったら、そのキャラクターの性格や心情を 観客へ的確に伝えられるかを、個々の自由な発想で考えるのです。
 
指導者は介入を控えますが、戸惑いから思考や身体が固まってしまう子どもたちに対しては、アクションに関する助言を与えます。「人懐っこい社交的な人物を演じるなら、表情を大きく変化させてみよう」「消極的な人物なら、笑顔や身振りや手振りを少なめにしてみたら」「物知りな印象を与えたいなら、人さし指を立てながら少し早口で話してみるのはどう」と、具体的なアドバイスを行い、演技のイメージを一緒に創っていきます。「頑固な性格なら、腕や足の関節に力を入れて、硬さを感じる動きを意識して」「穏やかなキャラクターなら、ゆったりと丸みを感じる動きを」「リーダーなら、手を全方位に広げてダイナミックに話して」、子どもたちはさまざまな表現方法を少しずつ吸収し、自分なりにキャラクターの見せ方を確立していきます。
 
プログラムの後半では、一つひとつのアクションにインパクトや威厳を持たせるために、曖昧なアクションを減らし、セリフとアクションを完全にマッチさせることで、表現力の精度を上げていきます。子どもたちは自分なりに考え抜いた キャラクターの個性を演じ、その様子を撮影。互いにフィードバックし合いながら、最後はチームとして見事にひとつの演劇へとまとめていきます。
 
本格的な演技指導を通してチームビルディングまでも学べる機会を、小学生のころから経験させる。米国のプレゼンテーション教育の原点は、まさにこの「Drama」の指導に集約されているのではないかと実感しました。

演劇を学びやすい米国と過渡期の日本

キャラクターの違いを認識し、自己表現の技術を磨くことを推奨する教育において、アメリカは先進的といえます。幼少期だけでなく学生においても同様で、名門私立大学や州立大学の多くには演劇学科が設置され、副専攻として演劇学科の授業を履修することができる大学もあるほどです。一般の4年制大学において、演劇学科を設けている大学の数は800以上。ハリウッドやブロードウェーを目指す学生ばかりが授業を受けているのかというとそうではなく、多くの大学では一般の学生も副専攻として演劇学科の授業を履修し、卒業後の人生へ活用していきます。
 
一方、日本の大学での演劇を学べる環境はというと、アメリカの大学とは大きく異なり、副専攻として演劇の授業を履修できるシステムがある大学は、まだまだ少数です。また、演劇学科を設置している大学は、芸術系の大学である場合がほとんど。つまり日本の学生が、自己表現力を高める目的で実践的な演劇を学ぼうと考えても、そのような機会に巡り合いにくいというのが現状でした。
 
しかしそんな日本でも、昨今、変化の兆しが見えはじめています。アメリカの流れをくみ、ビジネスパーソンが気軽にインプロバイゼーション(即興)について学べるワークショップや講座が少しずつ登場しはじめました。これらのプログラムには個人でも参加することができますが、アンテナ感度の高い国内の企業では、社内研修へもすでに採り入れはじめています。

日本人の英語力の先にあるものとは

外国人とのコミュニケーションにおいて、日本人は英語力が問題視されることが多いですが、障壁となっているのは果たして本当に言葉の問題でしょうか。和を乱すことを恐れて自分の考えをはっきり述べず、人と同じことばかりをしていては、あっという間に周囲に埋没してしまいます。また個性を出すことに居心地の悪さを感じている状態では、刻々と変化する先の見えない時代。コミュニケーションにおける正しいリアクションはひとつではありません。自由な発想を伸ばし、自分の中にある豊かな感情や個性を表現する機会として、皆さまもこれから演劇や即興を学んでみてはいかがでしょうか?
 
シェイクスピアは「この世は舞台、人はみな役者である」と言いました。人と同じことをしていては、舞台に立っても周囲に埋没してしまいます。華やかな舞台の上で、皆さまもぜひ最高のオリジナル即興劇を作り上げてください。

「アエラスタイルマガジンVOL.46 SPRING 2020」より転載

安積陽子(あさか・ようこ)
アメリカのシカゴ生まれ。ニューヨーク州立大学でイメージコンサルティングの資格を取得。2005年、Image Resource Center of New York社で各界の著名人への自己演出トレーニングを開始。09年、同社の日本校代表に就任。16年、一般社団法人国際ボディランゲージ協会を設立、非言語コミュニケーションのセミナーや研修、コンサルティングを行う。著書に『CLASSACT(クラス・アクト)世界のビジネスエリートが必ず身につける「見た目」の教養』『NYとワシントンのアメリカ人がクスリと笑う日本人の洋服と仕草』がある。

Illustration: Michihiro Hori

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