特別インタビュー
乗車スルーとデスストから見える移動コストの現在。
2020.04.22
さて、昨年末、金曜深夜1時過ぎの渋谷でのこと。僕は、わかっていたのだけど終電に乗り損ねた。そして周囲も忘年会で終電を逃し、タクシーを捕まえようとする人たちであふれていた。普段はあふれかえっているタクシーの空車が、年末の金曜の夜更けだけはまったく見つからなくなる。景気はまったく良くないとは言え、こればかりは毎年繰り返される年末の風物詩的光景だ。
ふと思い立って、スマホのタクシー配車アプリを使ってみた。するとすぐに予約成功の通知が来て3分後にタクシーを捕まえることができた。
呼んだタクシーは、ナンバーが伝えられるから判別できる。お、来た来た。近くに停まったタクシーにタクシー難民たちが群がるが、乗れるのは僕だけ。アプリに登録してある名前を伝えて乗車するルールである。いや申し訳ないねー、という顔をしてるつもりだが、にやけは止まらない。内心しめしめとスマホを握り締めながら乗り込むのだった。
もちろん、配車アプリなら、どんな混雑時でも捕まるというわけではない。単に運が良かったのだろう。運転手さんにも「いいタイミングでしたね」と話しかけられた。ラッキーとはいえ、まだ十分に普及していないサービスを知っていたから得られた〝先行者利益〞という面はあったはずだ。
終電の時間が過ぎてしまうと、家に帰る手段は、歩くかタクシーかのほぼ二択。僕の場合、渋谷から自宅までは、歩けば1時間半はゆうにかかる。タクシーでかかる料金は、約5000円。もちろん、電車で帰るのが正解なのだが、ときに遅くまで飲んでいたいこともある。トレードオフというやつだ。何かを得る代わりに何かを失う。
ただし、皆そう思って遅くまで飲むから、この時期だけはタクシーが捕まらなくなる。ちなみに経験則として言うと、この時期にタクシーが楽に捕まるのは2時を越えてから。時間もお金も失うことになる。
年末のタクシー帰宅で得た利益とは
さて、年末の忘年会シーズンにアプリでタクシーを捕まえて帰った僕が、このときに得た〝利益〞について考えてみたい。
あの瞬間の渋谷の街では、〝希少〞だった移動手段を手にした満足感。つまり、例のしめしめという感触のこと。そして、本来かかったはずの時間を手に入れた。経済学では〝満足〞や〝充足〞は、〝効用〞という言葉で示される。僕は効用を得たのだ。
ちょっと話の目先を変えて2019年11月に発売され話題のプレイステーション4用のゲームの話。『デス・ストランディング』。『メタルギアソリッド』などのシリーズを手掛けたゲームデザイナーの小島秀夫がコナミを辞めて最初に作ったゲームである。まわりの友人たちが皆絶賛しているので、久々にゲーム機ごと手に入れて遊んでいる。
その〝デススト〞は、どういうゲームか。プレイヤーは、この世界で人に頼まれた配達物を目的地まで運ぶ配達人。大きな荷物を背負った姿は、ウーバーイーツの配達員を想起させる。
ただ荷物を運ぶ道は、荒廃した山や谷、川などなのだ。なぜなら文明が崩壊してしまった世界が舞台だから。〝時雨〞というすべてを老廃化させる雨によって地表は荒廃し、人類は住む場所を分断されてしまったのだ。
そんな世界でプレイヤーは、頼まれた荷物を目的地まで運び、ときには道や橋をつくり、〝いいね〞の評価を集めていくのだ。
運ぶ姿がウーバーイーツ、〝いいね〞の評判を集めるなど現代的な要素がたくさんあるのだが、なによりも配達というビジネスの本質を扱っている点が現代的だ。
デスストは、それなりの装備や覚悟がないと外出が困難になっている世界のお話である。その世界で人の集落と集落を結ぶ手段として配達人が必要とされている。移動の手段がなくなり、配達人の希少性が高まった世界。このゲームのそんな設定は、その後に現実社会を襲った状況を見事に予言していた。
新型コロナウイルス=COVID‐19の蔓延(まんえん)によって、外出そのものが困難になった。誰もが不要不急の外出は控えようと考えるようになり、人が大勢集まる場所に行くことをリスクとして捉えるのが当たり前になった。そうでないと仕事にも行けないし、遊びにも買い物にも行けない。移動のコストが思いもかけない要素によってがらっと変動したのだ。
外出のコストが高まった世界。これは、まさにデスストというゲームが予言した世界だ。
急速に変化している移動という価値観
ここまで触れてきたのは、移動のコストが変動するという話。現代の社会は移動でできているのだ。モノであろうと人であろうとかつてとは比較にならないくらい移動している。輸出入、観光。こういった現代の世界経済をけん引する存在のラストワンマイルの部分に置かれているのがタクシーであり、配達人である。変化に疎い日本においても変化にさらされつつある領域だ。
近所からグローバルまで、ウーバーイーツからクルーズ船まですべて移動でできている。肺炎ウイルスは、この移動でできた世界が、一方で脆弱性(ぜいじゃくせい)を抱えてもいることをあきらかにした側面もある。早く終息しますように。
速水健朗(はやみず・けんろう)
ライター。1973年、石川県生まれ。パソコン雑誌の編集を経て、2001年よりフリーランスとして、雑誌や書籍の企画、編集、執筆などを行う。主な分野はメディア論、20世紀消費社会研究、都市論、ポピュラー音楽など。著作『東京どこに住む? 住所格差と人生格差』『東京β』『フード左翼とフード右翼』『ラーメンと愛国』ほか、企画編集『バンド臨終図巻』『ジャニ研!』。
Illustration: Michihiro Hori