特別インタビュー

若くして成功したふたりの国民的王子。

2020.12.08

柳川 悠二

若くして成功したふたりの国民的王子。

「普通の高校生に戻りたい」ハンカチ王子

たいして自慢できることのない私の取材キャリアにおいて、大きな転換点となったふたりのアスリートとの出会いがある。最初は2006年夏。初めて夏の甲子園に足を運び、目の当たりにしたのが田中将大(現・ヤンキース)のいた駒大苫小牧と、早稲田実業が対戦したあの決勝だった。試合は延長15回の末、引き分け再試合となり、翌日、早稲田実業が激闘を制した。勝利の瞬間、マウンドに立っていたのが斎藤佑樹(現・北海道日本ハムファイターズ)だ。

青いハンカチで汗を拭いながら、決勝までの5試合をほぼひとりで、計948球(再試合を含む)を投げた斎藤は一躍、「ハンカチ王子」と呼ばれ時の人となった。翌日、私は早稲田実業と同じ新幹線に乗って生徒・保護者3000人が待つ学校への凱旋を追いかけた。

祝勝会が終わり、斎藤は初等部に通う子どもたちのサイン攻めにあい、いくつものテレビ番組に引っ張り回されていた。そして、分刻みのスケジュールをこなした長い一日の最後、雑誌の取材で唯一、彼にインタビューする機会が許されたのが私だった。

試合終了からおよそ30時間が経っていた。疲労困憊(こんぱい)である高校生の時間を独占することにいささか心苦しさがあり、「優勝おめでとう」ではなく、まずは「お疲れさま」と声をかけた。すると、斎藤は微笑を浮かべ、こう応えた。「大丈夫です。でも、普通の高校生に戻りたいです」

怒濤(どとう)の時間の果てに抱く偽らざる本音だったに違いない。わずかな期間で高校生をスーパースターへと一変させてしまう甲子園の魔力を垣間見るような斎藤の言葉だった。以来、早稲田実業対駒大苫小牧のような球史に残る激闘を求め、また、斎藤のようなスターが生まれる瞬間を見逃したくなく、春と夏の甲子園取材が私のライフワークとなっていく。

誰よりも大人な対応をしたハニカミ王子

もうひとり、衝撃の出会いだったのが、ゴルフの石川 遼だ。「ハンカチ王子」誕生の翌07年5月に開催されたマンシングウェアオープンを15歳8カ月で制した石川は、「ハニカミ王子」と呼ばれた。その後、16歳でプロ転向を宣言し、17歳で海外のメジャー大会であるマスターズ出場を果たし、そして18歳で日本プロゴルフツアーの賞金王に輝いた。私が初めて石川と対面する機会を得たのは高校を卒業するころだったと記憶する。

その日は、CM撮影の終了後にインタビューを行う予定だったが、撮影が押し、30分から15分にインタビュー時間が短縮されてしまう。用意していた質問の半分も消化されないまま、部屋の扉が開かれ、CMを制作していた電通の担当者に終了を告げられた。

私の不満がつい顔に出てしまったのだろう。目の前にいた石川は、両手を大きく広げて、意外な言葉を口にした。

「僕はまだ平気です。どうぞなんでも聞いてください」

高校を卒業したばかりのアスリートの、誰より大人な対応に感心した私は、やったこともないゴルフの取材にのめり込むようになっていった。

ハンカチ王子とハニカミ王子という、ほぼ同時期に現れたふたりの〝王子〞を追ってきたライターも私ぐらいのものだろう。両者に共通するのは、言葉に磁力があることだった。会見やメディアとのやりとりのなかで、言葉にしたことを実行する姿勢だけでなく、発言を耳にする者の心を一瞬でつかむ当意即妙な受け答え。試合におけるパフォーマンスだけでなく、スターに必須の言葉の発信力を持ち合わせるからこそ、両者は一瞬にして国民的なヒーローとなっていったのだ。

苦境に立つ

栄光の日から14年。早稲田大を卒業し、プロとなって10 年目を迎えた今年。斎藤は苦しい立場にある。一昨年から勝利がなく、今季は一軍の登板すらない。通算成績は15勝26敗だ。

8月には引退報道も出た。本人は否定し、たとえ戦力外通告を受けたとしてもどこででも野球を続けるつもりだと周囲に明かしているというが、このままの状態が続けばXデー(引退)も近いだろう。14年前の決勝を戦った早稲田実業と駒大苫小牧のナインでいまも現役を続けられているのは、斎藤と田中だけである。

少し前の談話となるが、斎藤は私の取材にこう答えている。

「プロ野球選手として結果は残せていませんけど、現役選手である以上、1勝でも多くしたい。(二軍生活が長く)チャンスは少ないかもしれない。だけど、活躍できる可能性が残されている限り、全力でやりたい」

高校を卒業して以来、あの日の決勝のこと、ライバルである田中のことを積極的に語ろうとしない斎藤がいた。

「高校時代の自分といまの自分を比較されることが嫌だったんです。『早実時代のフォームに戻したら』とか『あのころは良かったね』とか言われて。そういう声にいちいち反抗している自分がいました。でもあの試合があったからこそ、いまもプロとして野球が続けられている。ようやくそう思えました。(田中に関しては)負けたくないという気持ちはありましたけど、だからといって同じ秤にかけられる実力ではない。ただ、田中から受ける刺激って、普通に甲子園を優勝した人間にはないものだと思うんです。ライバルとして、自分の気持ちを押し上げてくれるのが田中です」

どん底から這(は)い上がる

一方、苦しい時期を経験したのは石川も同じだ。09年に史上最年少で日本ツアーの賞金王となり、海外メジャーの経験も重ね、13年からは米ツアーに本格参戦した。しかし、一度も米国で勝利を挙げることのないまま、シード権を失った17年末、日本ツアーへの復帰を石川は選択。同時に選手会長に就任した。
 
16年までに国内で14勝(アマチュア優勝を含む)を挙げていた石川だが、帰国後は15勝目が遠く、昨年春の段階で本人も「どん底」と話していた。いつも前向きな言葉を並べてきた石川にしては、意外なネガティブ思考だった。

「ゴルフを登山にたとえるなら、僕の目指している頂は世界一高いエベレストです。富士山は一度登った経験のある僕が、エベレストに挑戦したんだけど、富士山を登った装備でチャレンジしてしまって、あまりに装備が足らなくて叩(たた)きのめされた。もちろん、そんな軽装でエベレストに挑戦する登山家はいないと思うんですけど(笑)、いまは一度下山して、再挑戦に備えている状態。山あり谷ありの人生を送ってきましたが、僕の中で絶対に変わらないのは最終的なゴール。それは、世界一のゴルファーになることであり、僕にとってのヒーローであるタイガー・ウッズのような存在になることです」

その後、石川は7月の日本プロゴルフ選手権で3年ぶりの優勝を飾り、さらに最終戦の日本シリーズでも勝利するなど3勝を挙げ、どん底からの抜け出しに成功した。

コロナ禍で大会が激減してしまっている今季は目立った成績を残せていないものの、昨季のような活躍が続けば、ずっと夢見てきた東京五輪の舞台に立つことも夢ではないかもしれない。斎藤に田中というライバルがいるように、石川には松山英樹という同級生のライバルがいる。切磋琢磨(せっさたくま)し合うアスリートの存在が背を押すはずだ。

それにしても心配なのは、斎藤である。原稿執筆時点(9月28日)では二軍の試合に登板しても、不甲斐ない内容が続く。確かにいまの状態ならこのオフに「戦力外通告」が下されても仕方ないだろう。

しかし、あれほどの輝きを放ったアスリートが、日の目を浴びることなく静かに球界を去ることなどあるのだろうか。
 
32歳となったハンカチ王子の復活を信じる私は、この秋、北海道日本ハムファイターズの二軍施設がある千葉県鎌ケ谷市に通い詰めたいと思う。

柳川悠二(やながわ・ゆうじ)
ノンフィクションライター。1976年、宮崎県生まれ。法政大学在学中よりスポーツの取材を開始し、出版社勤務を経て、2003年に独立。以来、夏季五輪の取材と高校野球の取材をライフワークとする。著書に、第23回小学館ノンフィクション大賞を受賞した『永遠のPL学園』や『投げない怪物』(共に小学館刊)などがある。

「アエラスタイルマガジンVOL.48WINTER 2020」より転載

Illustration: Michihiro Hori

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