週末の過ごし方
ウォーホルが23億円の国内最高額で落札!
羽田空港で開催された
日本初の海外アライアンスによる保税アートオークションを体験。
2022.04.07
去る3月30日(水)に、羽田空港第一ターミナル内にあるギャラクシーホールで、保税蔵置場を活用したアートオークションが開催された。United Asian Auctioneers「Shinwa Auction × LARASATI Auctioneers × iART auction × KUANGSHI × A|A|A|A × ISE COLLECTION」と題された本オークションは、業界大手のシンワオークション主導によるもので、国内外含めて複数のオークションハウスが参画する保税アートオークションとしては、日本初の試みとなった。
保税蔵置場とは、関税法において外国貨物の積卸し、運搬、蔵置などの行為が認められた地域。これまで、日本国外にある作品を日本のオークションへと出品する場合は、作品ごとに輸入通関時に課税が課せられていたが、2020年12月14日付および2021年2月26日付関税法基本通達一部改正により、保税蔵置場を活用することで、関税等が一時的に留保されることとなった。これにより、海外に点在する作品の出品が可能になり、より活発な取り引きが見込めるとあって大きな期待が寄せられている。
今回のオークションでは、インドネシアや台湾、韓国、香港などのオークションハウスが参画し、話題のNFT(Non Fungible Token:非代替性トークンの略)アートや西洋絵画、さらにコンテンポラリーアートの名作など、全239ロットが出品。なかでも注目は、アメリカン・ポップ・アートの巨匠、アンディ・ウォーホルが往年の大女優 エリザベス・テイラーを描いた作品《Silver Liz(Ferus Type)》(1963)で、国内オークションの最高落札記録を更新するのでは? と、注目を集めていた。今回は、2部に分けられたオークションのなかで同作品が出品されたイブニングセールの模様をレポートする。
イブニングセールのスタートは18時。開始10分前には約120席ほどある客席がビッシリと埋まり、会場後方には複数のテレビカメラがスタンバイするなど、今回のオークションの注目度の高さが伺える。意外だったのは、オークションに参加する客層の幅広さで、いかにもアートディーラー風のパリッと決めた紳士がいるかと思えば、散歩のついでに寄ったかのような老夫婦や学生とおぼしき若い女性、さらにキャップにフーディといったストリートファッションに身を包んだ若者などが散見し、裾野の広がりを含めて近年のアート市場の盛り上がりを実感した。
オークションは、写真家・加納典明が60年代にNYで撮影した写真をビデオに取り込みNFT化した作品からスタート。オークションは会場にいる参加者だけでなく、パソコンを使ったインターネットビットや電話を繋いだライブビットでの参加も可能。後者の2つは、それぞれ会場に待機する代理人を介してリアルタイムでオークションに参加する。事前に公開される予想落札価格を元にしたプライスからスタートし、作品ごとに1万〜5000万刻みで競り合うシステム。オークショニアと呼ばれる進行役が場を仕切るのだが、整然と会場全体をコントロールしながら、時にじっくりと時間をかけて様子をうかがったり、煽るように英語で盛り上げたりと、そのキャラクターもそれぞれ。
例えば、100万円刻みのビットが前提であっても、場合によっては30万とか50万で細かく上積みする可否の判断もオークショニアに委ねられており、その丁々発止のやり取りや、タイミングよくハンマーを打ち鳴らすアクションなど、個性豊かなオークショニアの存在は初めて生で鑑賞する自分にとっては実に新鮮な光景であった。なお、前述の加納典明の作品は、予想落札価格250〜500万円に対し、最終的に500万円で落札。また、2点出品されたCGアーティスト・河口洋一郎のNFT作品は、それぞれ予想落札価格の上限を大きく上回る価格で落札されるなど、実体のないデジタルデータとしてのアートピースの可能性を予感させる結果となった。
トレンドの潮流や注目の作家が目に見えて分かるのも発見であった。岸田劉生、棟方志功、レオナール・フジタ、グスタフ・クリムトといった、アートに専門的な知識を持たない自分でも知るような大家は、その殆どは予想価格を上回る価格で落札されるなど、安定した人気を見せつけた。
一方で、海外でも人気の高いKYNE(キネ)に代表される日本のアニメーション/漫画、とくに江口寿史以降の美少女画の系譜に連なるであろう山口真人の作品《Welcome to the Fantastic Magical Moment *RW2》(2021)が予想落札金額50万〜150万に対し、240万円で落札されたのは、時代の流れにヴィヴィットに呼応するアート業界のスピード感を目の当たりにした。他にも、ロッカクアヤコや小松美羽といった日本人作家の作品も、予想金額を大きく上回る好調な結果に。
そんな、日本人アーティストが世界的な評価を確立するまでの道を切り開いた立役者ともいえる草間彌生の作品も出品。立体のシグネチャー作品《かぼちゃ》は、予想落札価格の上限6000万円を上回る7600万円で落札。全部で4作品出品された草間彌生に関しては、会場以上に海外からのライブビットが白熱。最終的には、中華圏と思われる方が落札したようだが、かつてバブル期に日本企業が巨額を投じて絵画投資していた時代と比べて、アジアの盟主がとっくに日本ではないことを痛感させられる意味でも隔世の感であった。
開始から2時間を超えて終盤に差し掛かると、目玉作品が相次いで登場。日本の抽象絵画の先駆的な存在、山口長男の代表作《五つの線》が、1億4500万円で落札されたのを皮切りに、2005年にわずか31歳で逝去した後、近年、国際的な評価が高まる画家・石田徹也の《無題》(1997年頃)が6000万、シュルレアリスムを代表するベルギー人作家・ポール・デルヴォーの《灰色の都市》(1943)が、1億2000万円で落札される頃には、会場内も一気に熱を帯びていった。
そして、オークションのラストに登場したのが、先述したアンディ・ウォーホルの《Silver Liz(Ferus Type)》(1963)である。予想落札価格も23億〜34億5000万円というまさに規格外のマスターピースとあって、18億5000万円からスタート。ピンと空気が張り詰めた緊迫感あふれるムードのなかで、ジリジリと5000万刻みで競り合いが展開していく。会場中が固唾を呑んで見守るなか、最終的に23億円でハンマープライスとなった。
これまでの国内におけるアートオークションの最高額が10億円であったことから、約2倍以上での記録更新ということになる。自分自身、あまりにも非現実的な価格と目の前で実際に起きているリアルとの乖離で、ふわふわとした心地に包まれるなか、大団円を告げる大きな拍手の音で何とか現実に引き戻された。
そして、この衝撃的な落札価格はその日のニュース等で多くの人が知ることになり、世界的なアート熱の狂騒が最高潮に達したことを周知させた。投機対象としてアート作品が適しているのかは分からないが、1年で10倍いや1000倍の価値に変わる可能性を秘めていることがその面白さの一端であることに疑いようはない。資産としてではなく、まずは自分好みの作品を買って、生活の身近にアートを感じてみる。それがいつの日か大きな価値を生むことがある……かも知れない。少なくとも、アートが傍らにある暮らしは、いつもより彩り豊かであることは間違いない。夢見心地のようなオークションを終えて、アート作品を飾るにはあまりにも不釣り合いな雑然としたワンルームの自室に戻ると、「まずは掃除からだな」とひとりごちたのだった。
Text: Tetsuya Sato