週末の過ごし方
メンズファッション界の大御所を収めた写真集、
『赤峰幸生の暮しっく』に宿る真髄とは?
2022.10.21
雑誌『メンズプレシャス』のファッションディレクターなど、メンズファッション界を第一線で見てきた編集者の山下英介さんが、メンズファッション界の大御所、赤峰幸生さんの写真集を手がけた。発売日は10月28日で、価格は1万1000円。山下さんによる小部数の自費出版だ。『赤峰幸生の暮しっく』と名付けた趣のある表紙は、活字と赤峰さんの手書きのひらがなを組み合わせたもの。ザラっとしていて汚れすら味となる紙は、今後数十年受け継がれていくことが想像できる。内容もしかり。東京、滋賀、岡山、京都、松本、中山道、湘南、横浜などさまざまな場所で、約1年をかけて撮影した赤峰さんの装いと、衣食住をテーマにしたコラムは、実に280ページに及ぶ。“赤峰幸生の生き様を収めた一冊”について、アエラスタイルマガジンの藤岡信吾(雑誌・タブロイド版編集長)が聞いた。
藤岡:出版の経緯を改めて教えていただけますか?
山下:コロナの前後からどんどんファッション誌というものが現金な(打算的な)カルチャーになってしまったというか、昔はもっと自由度があったのに、モノクロ写真ですら撮れないような世界になりつつあり、窮屈さを感じていました。赤峰さんとは『メンズプレスシャス』時代にもお世話になっていて、コロナ禍で外に出ないようになってからは、赤峰さんとばかり会っていて。赤峰さんと会うなかで、自分の今抱えている課題とリンクするものがあったんですね。
赤峰:僕も78年生きてきて、長くメンズ業界にいるんですが、30年前とスタイルが全く変わっていないし、ファッションを追いかけるような人生観でもない。5年ぐらい前から、百貨店やセレクトショップを介さず仕事を自己完結するために、「アカミネロイヤルライン」というレーベルを作って、素材の開発からお客さまに届ける販売までを自分で行っています。つまり、自分は自分のスタイルを貫くことに決めたんですが、彼の言う、スポンサーによって雑誌が成り立っている、その基本を覆すことに興味があったし共感もできた。
山下:実はそんなときでも、赤峰さんは積極的に動いていらして、地方でトランクショーとかオーダー会とか、暮らしにまつわるイベントをやられていて、僕も一緒に回らせてもらうことがあったんです。そこに集まるファンを見ていると20〜30代の若い方たちがすごく多くて。その光景を見ているうちに、赤峰さんのいつも言っている真髄みたいなものを形にして伝えられないかなと考えるようになりました。ただ、出版社から本を出すとなると、もう少し実用の要素を求められると思ったので、率直な思いを届けるために、リスクをとってでも自費出版することにしました。僕の中では当初、もう少し短期集中でできるようなものを考えていたんですが、赤峰さんが本気だった。それがすごく大きくて、一緒に地方を回ったり、時には朝の散歩に同行させてもらったりしながら、春夏秋冬のリアルな着こなしを1年かけて撮り下ろしました。
藤岡:熱意あるオファー、赤峰さんはどう受け止めたんですか?
赤峰:彼が「自費出版でやらせてほしい」とリスクをとったから、じゃあ僕もリスクをとろうじゃないか、と。妥協したくないからハウツー本ではなく、もっと精神性を伝えられるような本を作りたかったんです。だから写真集ということだけど、実際は文字も多いんですよ。その本を読んでいただいた若い人にも「こういう親爺がいるんだぜ」という証しを残したいですね。
山下:赤峰さんは「ピッティで何かはやっているとか、そういうのは全くかっこよくない。それよりも朝起きて、窓を開けて外を見ろ。その感覚をVゾーンに採り入れろ。それが本当の旬なんだ」とおっしゃっているんですね。そういうものをそのままビジュアル化して、本にしたかった。ジャケットがどこのメーカーのものとかそういうことではなく、写真を見て何かを感じてほしいので、それを感じてくれる人に届いてほしいです。
藤岡:それはよくわかります。従来のマスメディアはついついざっくりとまとめがちですけれど、今の時代はみんなに良いものって、実は誰にも良くなかったりすることも多いんですよね……。ところで、「暮らし」がキーワードになっていますが、タイトルの「暮しっく」に込めた思いはなんでしょう?
山下:よくファッション誌で使う「クラシック」や「ジェントルマン」という言葉がすごく使い古されていると感じていたんです。ただ洋服をおしゃれに着る人を指して、#(ハッシュタグ)で使われるようになってしまって、それを赤峰さんに使うのはどうだろうな、と。それで違った解釈をされないように、生活の中にあるファッションを意味する言葉として「暮しっく」と名付けました。
赤峰:あくまでも衣食住の中の“衣”なので、いくらいいものを着ても食べるものが粗末であれば意味がないし、部屋が大きいか小さいかではなく、どういう暮らしをしているかが大切だと思うんです。汚い言葉だけれど、チャチ臭い生き方をしていると、やはり薄っぺらい人間になってしまう。金があるか無いかじゃなく、謙虚に、いいものを選んで、長く使っていく精神。自分たちの日々の過ごし方を自問自答していただきたいという思いはすごくありますね。10年後、20年後、30年後に自分はどう生きていくのか。
藤岡:タイトルにその思いがズバッと表現されているということですね。言葉としての解釈とは別に、本書の骨子である“本当のクラシックファッション”について、お二人から見た古い物の魅力はどういうところにありますか?
山下:人工的に生まれてきたものじゃなく、その国特有の文化や風土の中から生まれてきたものでしょうか。イギリスの羊の色からイギリスの生地はできているし、全てが理にかなっていると思います。
赤峰:ファッションというのは流行ですから、必ず廃れます。だからそうではないところですね。
山下:赤峰さんは、当然、唐突にこういうファッションや暮らしをしている人ではないんですね。赤峰さんの40年前のコラムが出てきたのですが、今と言っていることが全く変わっていないんです。この写真が単なるスタイルブックとして消費されるんじゃなく、自分の生き方を考えるきっかけになればいいなと思っています。
藤岡:赤峰さんも過去を振り返るきっかけになったのではないですか?
赤峰:自分自身の確認ですよね。ブレた道を歩んできていないな、と。逆にそういう道しか歩けない。そういう手応えがありました。美しいものを見るということが前提にあるので、例えばふつうは本や雑誌を読んでも音は聞こえないけれど、そのページを開くと美しく流れる音がある。そういう感覚を若い人が感じてくれる一冊になればいいなと思っています。
information
赤峰幸生写真集『暮しの美は装いの美 赤峰幸生の暮しっく』
以下より予約受付中!
https://mononcle.base.shop/items/66464927
※2022年10月28日 から順次発送
Photograph:Hiroyuki Matsuzaki (INTO THE LIGHT)
Text:Yuki Koike(VINYL)