週末の過ごし方

北海道ニセコの名宿「坐忘林」。
美しくも厳しい自然と共存するソーシャルグッドな知恵と工夫。

2023.01.20

北海道ニセコの名宿「坐忘林」。<br>美しくも厳しい自然と共存するソーシャルグッドな知恵と工夫。

社会によりよい取り組みを行うソーシャルグッドなホテルを、トラベルエディター伊澤慶一が紹介。今回は北海道ニセコの原生林の中にひっそりとたたずむ宿、坐忘林へ。どこを見渡しても自然風景と調和のとれた美しい施設だが、一方で北海道の厳しい大自然と隣り合わせ。時に戦い、時に共存する、数々の知恵と工夫を紹介する。

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雪に包まれた坐忘林。パウダースノーと降雪量の多さで知られるニセコでは、12月上旬からスキー場がオープンし、世界中から観光客を迎えるハイシーズンとなる。

旅館でもなく、ホテルでもない。まるで、芸術家のアトリエのよう……。初めて坐忘林を訪れた私は、ロビーでチェックインの手続きをしながらそんなことを思っていた。和の伝統を採り入れながらも、極限まで無駄をそぎ落とす洗練された空間は、モダンアートのエキシビションのようにも映る。実際、坐忘林のデザインを担当したショーヤ・グリッグ氏はクリエイティブディレクターとして活躍する人物。日本国内各地を旅するなかで、日本の温泉文化と旅館に心ひかれながらも、彼自身の感性を全て納得させるものがなかったため、同じビジョンを持ったイギリス人夫妻とパートナーシップを組み、この坐忘林を建てたそうだ。日本に魅せられた外国人たちが、日本の宿を独自に解釈して創り上げた「未来のRYOKAN」。私の第一印象もあながち間違ったものではないかもしれない、そう感じながら館内を進んでいくことにした。

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ロビー棟と客室棟を繋ぐ廊下は、ぐるりと1周できるようになっている。やや傾斜しているのは、もともとの自然の地形を生かして造っているためだ。
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フロントデスクに飾られた屏風絵。館内にはアイヌ文化の美術品や北海道の作家による絵画や写真などがいくつも飾ってある。
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    「茶の坐」と呼ばれるパブリックスペースでは10:00〜17:00の間、抹茶と和菓子を無料で提供している。外国人観光客にとりわけ人気のサービスだそう。
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    骨董品に囲まれたライブラリースペース。北海道の自然や日本の伝統文化に関する蔵書が約400冊並ぶ。またDVDは借りて客室で視聴することも可能。

坐忘林の館内には、北海道の風景画や使い古された楽器、オリエンタリズムあふれる骨董品などがちりばめられ、すべてが不可欠なアートとなって坐忘林を形成している。外国人の目から見た日本の景色や伝統文化はこんなにも美しいのかと感心させられる。また廊下は「陰翳礼讃(いんえいらいさん)」をテーマに、すべてを明るく照らすのでなく、光と影が絶妙に計算されたデザインに。ある意味、日本人よりも日本の奥ゆかしさを重んじて設計されているのが坐忘林という宿だ。さらにその美意識は、自然との関わり方にも表れている。周囲の景観を守るために平屋造りにしたという建物の外壁には、工場のオフカット材をリサイクルして使用。石炭の製造過程で出る余剰分から作られたものでコーティングすることで、焼杉のように天然ながら防水・防腐効果の高い外壁材になっている。ちなみに坐忘林にはエアコンが設置されておらず、夏場は窓を大きく開けて外気を取り込み、冷たい湧き水を床に循環させて室温を下げるなど、環境負荷を抑えたソーシャルグッドな設計がなされている。冬は温泉の熱を融雪や床暖房に活用。自然に溶け込むということは、険しい自然と隣り合わせであることと同義であるが、坐忘林はその美しくも厳しい自然環境を敬って、十分に配慮しながら共存しようとしているのがわかる。

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原生していた白樺や自然の池は、その配置のまま中庭に取り込んでいる。夏場は散策したり、温泉の足湯を楽しむことができるという。
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リビングルームとその奥に畳敷きの寝室がしつらえられた和室。すべての客室は70~80㎡以上のスイートルーム仕様になっている。
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    寝室から眺める白樺林の雪景色は心が穏やかになる美しさ。ちなみに各部屋には雪の結晶にちなんだ名前が付けられ、ルームキーにも雪紋が刻印されている。
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    全客室に、源泉かけ流しの露天風呂と内湯が備わる。やや黄色みを帯びたナトリウム・炭酸水素塩・塩化物温泉で、美肌効果が非常に高い。

坐忘林はスキー客でにぎわうニセコひらふエリアから車で15分ほどのロケーションなのだが、打って変わって雄大な大自然の中にある。その敷地面積は、およそ4万㎡。手付かずの雑木林や自然の池を避けるように配置された宿泊棟の客室はわずか15部屋だけで、いかにぜいたくな空間の使い方をしているかがわかるだろう。各部屋は「棟間」と呼ばれる空間によって離れの造りとなっており、滞在中に聴こえてくる音は客室露天風呂に注がれる温泉の音と、時折屋根からザザザと滑る落雪の音のみ。「静寂に包まれる」という日本語は、まさにこういうことなのだと教えられる。そもそも「坐忘」とは禅の世界で、「静座して現世を忘れ、雑念を取り除く」行為を指すそうだ。確かに原生林に降り積もる雪景色を眺めていると、メディテーションをしているかのごとく心が穏やかになっていく。館内のパブリックスペースのいたるところでも自然に向けて椅子が配置されているので、それらを転々と巡ってみるのもよいだろう。

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バーカウンターの奥には暖炉の置かれたリビングルームも。15組しかいないゲストの割にパブリックスペースが豊富なため、客室以外でも静かにのんびり過ごせるのが素晴らしい。
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    バーカウンターに置かれた双眼鏡と手作りの鳥図鑑。こんなにもバードウォッチングが楽しめるのかと驚くくらい、鳥の種類が数多く紹介されている。
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    絶え間なくたかれるロビーの暖炉。白樺やエゾマツなどの間伐材(森林の成長を促すために間伐して出てきた木材)を薪(まき)として利用している。

全長約11mにもなる一枚板のバーカウンターも坐忘にふさわしい、とても居心地のいい場所だ。日中、天気が良ければ大きな窓からは蝦夷富士「羊蹄山」やニセコアンヌプリが望め、夜もライトアップされた幻想的な光景が窓一面に広がる。ペアシートに腰掛けながら、「白樺モヒート」や「プルーンのコスモポリタン」といった坐忘林オリジナルのシグネチャーカクテルを味わう時間は究極にロマンチックだ。静謐(せいひつ)な空間に身を委ねていると、ロビーのほうからパチッパチッと薪が爆ぜる音が聴こえてくる。海外のホテルはそれぞれロビー用に独自のフレグランスを用いているところがあるが、坐忘林の場合はこの薪の香りがそれにあたる。リピーターの方はこの薪の甘く柔らかい香りに包まれたロビーに到着すると、坐忘林に戻ってきたと実感するのだという。独自の世界観が反映された宿で、ゲストもさまざまな体験を通じ、滞在中に五感を研ぎ澄ませていく。あからさまにスイッチで演出するのでなく、自然に非日常へといざなっていく坐忘林のアプローチが、非常に心地よく感じられた。

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メインとなる強肴(しいざかな)には北海道産の和牛のほか、希少なラムやエゾシカといった肉も並ぶ。味わいのある器は佐賀県武雄市在住の作家、山本英樹氏の作品。
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    朝ごはんは伝統的な和食のほか、焼きたてのパンが盛られた洋食も選択可。ロビー棟の1階部分が食事処となっており、ここからの雪景色も抜群。
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    毎晩、日本語と英語の二カ国表記でシェフ自ら手書きしているという献立表。この日は前菜からデザートまで11品、北海道食材の饗宴が続いた。

坐忘林での食体験も、自然とのつながりを強く深く感じさせてくれるものだ。北海道の大地で育った食材を、その時々で最も旬な状態で提供してくれるのは北海道生まれの総料理長、瀬野嘉寛氏。「北懐石(きたかいせき)」と名付けられたオリジナルの北海道郷土料理で、花咲蟹や鱈場蟹、真だち(真鱈の白子)、北海道和牛、真ほっけ、ななつぼし、シャインマスカットといった、道内のさまざまなごちそう食材がずらりと並ぶ。料理はどれも素材がもつ本来のうま味を最大限に引き出すべく、シンプルな味付けにこだわりながら、火入れや下処理に丁寧な工夫が凝らされたものばかり。北海道の風景を表現することもあるという美しい盛り付けや、料理長自ら工房から買い付けてくることもあるという食器も、目で見て存分に味わっていただきたい。

美しくも過酷な北海道の自然と隣り合わせのなか、温泉や湧き水を再生エネルギーとして活用し、その恩恵を最大限に生かしながら共存共生を図る坐忘林。昨今の温暖化によって夏場の気温上昇や冬場の異常気象も頻発し、客室の空調も電力に頼らざるを得ない場面もあるというが、それでも自然環境への感謝を忘れることなく、日々自然と共に歩んでいく。「未来型のRYOKAN」坐忘林は、環境に対する取り組みもまた未来志向の美しい宿だった。

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坐忘林
北海道虻田郡倶知安町花園76-4
0136-23-0003
https://zaborin.com/

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