週末の過ごし方
『The Idol』
いま観るべき、おしゃれな海外ドラマとは? #54
2023.08.17
オルタナティブR&Bの先駆者、ザ・ウィークエンドが製作総指揮、脚本、主演。W主演にジョニー・デップとヴァネッサ・パラディの娘、リリー=ローズ・デップ。BLACK PINKのジェニーが本作で俳優デビューすることもあり、その顔ぶれだけでも製作前から話題になっていた『The Idol』。
当初は『EUPHORIA』のクリエイターであるサム・レヴィンソンと、女優でもあるエイミー・サイメッツが監督を務めていたが、サイメッツが途中降板。内部スタッフから劣悪な撮影環境や過激すぎる性暴力シーンが含まれていると告発されるなど、何かとメディアを騒がせていた。
出演者の豪華さから期待が高まっていたものの、いざ公開されるとSNSは大荒れ。あまりに過激な性描写が多く、各メディアや批評家たちが「下品すぎる」「まるでポルノ」と酷評を並べた。批評サイトでは次々と低評価が付けられ、高評価を付けている人は「botなのでは?」などという記事も出たほど。果たして『The Idol』は、それほどひどい作品なのだろうか……?
母の死をきっかけに、精神的なストレスからツアーをキャンセルしたポップアイドル、ジョスリン(リリー=ローズ・デップ)。周りの期待が圧しかかるなか、あるスキャンダルのせいで再起が危ぶまれる。
もう失敗できない……、次のシングルが成功しなければ……、完璧でなければ……。そんなとき、クラブのオーナー、テドロス(ザ・ウィークエンド)と出会う。
ジョスリンは自分の作品が薄っぺらに思え、納得がいっていなかった。案の定、再起をかけたシングル曲をテドロスに聴かせると、「レーベル好みな曲」「売れそう」とありがちな言葉で煽られた。テドロスは独自の方法で、ジョスリンの欲しがっている“私らしさ”を引き出していく。
冒頭から度肝を抜かれるに違いない、リリー=ローズ・デップの体当たりの演技力はすさまじいものがあった。冒頭数分間で、彼女が多様な表情を持ち合わせ、瞬時に“何か”に憑依できる人だということを示唆している。
「スターになりたい」と願う者を、道具としか見ていない卑劣なレコードレーベル。誰かを蹴落としてでも、どんなことをしてでもはい上がろうとするミュージシャン。周囲を洗脳しコミュニティーを支配、カルト教団のような集団を作り出した音楽プロデューサー。実際に音楽業界にいるザ・ウィークエンドが製作しているだけに、妙に真実味がある。
ブリトニー・スピアーズやクリスティーナ・アギレラへのオマージュと捉えられる演出は、ポップスターアイコンが世間にどのように扱われてきたかを想像させる。
アンディ―・ウォーホルの言葉をふと思い出す。「誰でも15分間は有名になれる」と60年代に予言。70年代になるとそれはすでに現実となり、「誰もが15分間で有名になれる、そんな時代が来る」と言い換えたように、本作ではSNSでそれが容易になった現代で、大量生産・消費されてしまう“アイドル”が、どんな苦悩や葛藤をしながら求められつづけなければならないかを痛烈に描いている。そして同時に、「手段を選ばなければ、誰しも有名になれてしまう」という皮肉的な意味合いも含まれていることに気づくのだ。
全5話の中に詰め込まれたありとあらゆる闇から、誰が光を手に入れることができるのか――?
サム・レヴィンソンはいま最もホットな監督だと言わざるを得ない。『EUPHORIA』では、ディズニーチャンネル出身でクリーンなイメージだったゼンデイヤを“ドラッグ中毒者”役に抜擢し、みごと女優としての新たな一面を引き出すことに成功。ストリートで見つけた一般人を人気キャラクターに仕立て上げるなど、毎作必ず周囲を驚かせる配役を見せる。
今回もファッションアイコンとして注目され、ネポベイビー(2世セレブをからかう呼び方)として批判されがちだったリリー=ローズ・デップの内面を引き出し、まるでジョスリンそのものと思わせてしまうような怪演を引き出した。
音楽、ファッション、キャスティング、すべてがホット。現代を象徴しつづける監督サム・レヴィンソンの最新作は、U-NEXTにて独占配信中!
Text:Jun Ayukawa
Illustration:Mai Endo