週末の過ごし方
会津磐梯山を目指す浄化の旅。【前編】
―岸谷五朗が綴(つづ)る、男と旅の物語―
2023.11.21
俳優・岸谷五朗が綴る小説に、そこからインスパイアされたビジュアルを添えるシリーズ企画の特別編。疲れた男をやさしく浄化する、ニッポンの美がここに。
一粒の米の如く。
作・岸谷五朗
どうしても、行きたかった。
人生一度きり、なんとしても世界の経済の中心で自分を試し働きたかった。メーカーの下請けでの総合職ではあったが、日系グローバル企業へ就職。海外駐在員として英語もままならないなか、アメリカに飛び込んだ。夢のニューヨークシティーは刺激物であり独創的、瞬きする間に三十年が過ぎようとしていた。巨大な生き物のような街は呼吸の仕方も早く荒い。同時多発テロのような悲惨な出来事の対応もそうであったが、決断と実行の速さは目まぐるしく街を変色していく。
酒好きの私が通っていた、タバコの煙で店の奥が見えないようなBARでさえ禁煙になり、わずか一年足らずでマンハッタン中の店から煙が消えた。妻と出逢った、あの懐かしい不健康な愛すべきBARはもうない。コロナの影響と物価高で、ニューヨーカーは食に飢えている。昼食12〜13ドルで買えたデリは30ドルを超えホームレスが急増した。それでも敏感に
対応し続ける街、自分を変えていかなければ生きられない街、休息がタブーの街……。アメリカでのウイスキーやNAPAのワインにさえ疲れていた。多民族国家の中で、揉(も)まれ倒され、それでも走り続けてきた自分が窒息しかかっていた。
心が呟く……、日本に祖国に癒やされたいと。茶色のアルコールではなく透明色の世界に浸りたいと……。日本の自然を今こそ「呼吸」しよう。気付けばJFKエアポートにいた。ジャケットに突っ込んだ二通の重責、封書と共に。いざ日本へ!
選んだ癒やしの地、出迎えてくれたのは会津磐梯山。心が山脈に持っていかれ、吸い込まれる。まさに三十年の心身の疲れをオーバーホールしてくれる源泉に出逢った。アメリカでは決して味わえない温泉という文化に抱かれ、肉体が日本に包まれた。蕩(とろ)けるような滑らかな湯の中で瞳を閉じれば、アメリカでの息をもつけなかった日々が1ページずつ源泉に溶かされていく。異国の地で塗(まみ)れていたからこそ実感できる日本国の美。
岸谷五朗(きしたに・ごろう)
東京都出身。1983年、大学在学中に劇団スーパー・エキセントリック・シアターに入団、舞台を中心に活動をスタート。94年に寺脇康文とともに演劇ユニット「地球ゴージャス」を結成、すべての作品で演出を手がけるほか、ほとんどの作品で脚本も執筆、累計120万人の観客動員を超え、テレビ・映画でも多彩な活躍を見せる。2024年には待望の新作『儚き光のラプソディ』の公演が控える。
取材協力/磐梯山温泉ホテル
Photograph: Yuji Kawata(Riverta Inc)
Styling: Eiji Ishikawa & Hidetoshi Nakato(TABLE ROCK.STUDIO)
Hair & Make-up: Akihiro Ohno(ENISHI)