特別インタビュー

ラゲッジのコンセプトストア「デルセー ラボ」。
そこは旅に出たくなる場所

2023.11.29

ラゲッジのコンセプトストア「デルセー ラボ」。<br>そこは旅に出たくなる場所

デルセーは1946年、フランスで創業したラゲッジメーカー。世界中の主要空港内免税店をはじめ、ウォルマートやホールセールなどでも取り扱いのあるメジャーブランドだ。フランス国内では量販店を中心に展開されており、世界第2位の販売実績を有する巨大メーカーでもある。グローバルイメージはシンプルで機能的、信頼性が高くフレンチデザインらしいエレガンスも備えている。しかし今年4月、原宿のキャットストリートにオープンした『デルセー ラボ』は、その印象を覆すコンセプトショップだった。

「ラボ」の名称を冠しているように、ここは「実験室」として機能する空間となっている。内装は定期的に変更され、最新作の展示スペースとしてだけでなく、イベントスペースとしても機能する。この11月「ネオ・トーキョー」をコンセプトにリニューアルされ、ビビッドなネオンカラーがあふれるポップな空間がしつらえられた。日本人クリエイターが特別に手がけたデジタルインスタレーションとコンテンポラリーアートが、新作の「ジープ」や「ベネトン」とのコラボモデルとともに共存している。

トラベルラゲッジとデジタルアートとの化学反応を楽しみながら、新たな世界観を創造するこの場所は、2021年にデルセーのCEOに就任したダビデ・トラクスラー氏のアイデアで実現したもの。就任翌年、日本法人発足の際に来日したダビデ・トラクスラー氏が、ふと足を踏み入れたここ原宿キャットストリートで受けた衝撃が、自社の新コンセプトに大きく影響したという。ブランドとしても世界初の試みだった。

「ここは大手のラグジュアリーブランドが巨大資本を投じて競合するメインストリートとはまったく対極です。にもかかわらず、現代のクリエーションを生き生きと表現するショップやブランドが軒を連ねている。クリエイティブなデザインとアートが次々と生まれる、世界的に見ても貴重な場所と感じました。道行く人たちの表情も、とても楽しそうで、ここならデルセーが新たなコンセプトを表現する、そのトライアルに意味を見いだせる場所だと思えたのです」

『デルセー ラボ』は、デルセー初の日本店舗。若いクリエイティブな感性の持ち主が、何を見て、どのように感じるのかをつかみ取り、次の世代へどのように受け継いでいくかというフィードバックを得られることも、この場所の役割となる。ダビデ・トラクスラー氏も、ここはデルセーと出合った人たちが、何に注目し、どのように感じているのかを知るための「実験室」であると位置づけている。

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考えるべきはこれからのデルセーを、どう創り上げるか

海外で展開するデルセーのグローバルコンセプトは、この秋、東京駅に面するKITTE丸の内にオープンした『デルセーパリ KITTE丸の内』で知ることができる。原宿とはイメージを異にするデルセーパリ KITTE丸の内はよりシックでモダンな印象の店舗デザインとなっており、これらのデザインを、ダビデ・トラクスラー氏は「インクルーシブ」と表現する。

「インクルーシブとは、誰もが入り込めるという意味です。多様なものを受け入れるとともに、ひとつのコンセプトの元で包摂すること。デルセーというラゲージが、性別・国籍・年齢を超えて、多くの人々から受け入れられることを表しています。それはある意味”友人”のようなものです。旅行や出張だけでなく、身近な日常のなかで、いつもそばにいてくれる友人として付き合えるラゲッジでありたいとデルセーは考えています。ブランド名やステータス性で友人になるのとは違い、もっと身近な存在なのです」

デルセーがパリのシャンゼリゼやミラノのモンテナポレオーネではなく、原宿のキャットストリートを選んだ理由が、ここにあるのだろう。親しみやすく、持つ人を選ばない。それゆえ新しい取り組みも、「インクル―シブ」をコンセプトにしたものとなった。今年、デルセーはアメリカの「ジープ」、そしてイタリアの「ベネトン」と手を組んだ。この両ブランドを、ダビデ氏は「われわれのブランドを、さらにもっと完全なものにしてくれる相手」と呼んだ。

「ジープは四輪駆動車の世界的ブランド。世界中の老若男女が認知しています。さらにクルマだけではなく、ライフスタイルブランドとして、ラゲージとバックパックにも良質な製品ラインアップを誇ります。さらにベネトンはわれわれと同じ価値感を共有できるブランドです。ここ数年、注目されているインクルーシブ、ダイバーシティという思想を、ベネトンは20年以上前から展開しています。そういう点でも、私たちと非常に近しい価値を共有していると考えています」

ファッション性だけでなく、スタイルと文化を共有することで、新しい価値を創造すること。それこそがダビデ・トラクスラー氏が掲げる、次の時代のデルセーを象徴する考え方だ。これからの未来をよりクリエィティブなものにしていくことでデルセーの未来像を描こうとしている。

旅に出たくなる、きっかけになりたい場所

今年、日本では新型コロナウイルス感染症が感染症法上の位置付けが2類から5類に移行したことで、インフルエンザと同じ扱いとなり、さまざまな制限はパンデミック以前の2019年と同等に戻った。旅行も国内外問わず制限はなくなったものの、海外からの旅行者に比して、日本から海外への旅行者はまだ以前ほどには回復していない。しかもこの円安状況と、世界的な物価高騰の折、海外旅行をためらうのも無理はない。しかしダビデ・トラクスラー氏は「日本人の海外旅行が以前のレベルに回復していないことに、為替の影響はそれほど大きくはない」と言う。

「80年代、私はヨーロッパで生活をしていたのですが、当時のUSドルは200円以上。それでも日本から、本当にたくさんの旅行客が来欧していました。ならば現在の円安傾向が、旅行のかせとなるようには思えません。むしろ日本人の安全性や快適性を求める意識が、海外旅行に対して用心深さを示しているのではないでしょうか。それにコロナからの回復が最も遅いのはアジアです。中国と日本の海外旅行者数は、まだ以前のレベルに戻ってはいません。ただ逆に言えば、アジアにはまだまだ可能性がある、これから海外旅行者が増えていくプロローグとも言える。旅行業界には可能性が十分高いと考えています」

さらに続けて「個人的な意見だけれども」と断ったうえで、海外から日本を訪れる観光客は、これからも増えるだろうと話す。

「日本に外国人観光客が多い理由は、単に円安が理由ではありません。最大の理由は、日本が素晴らしい国だからです。私自身、日本に来ると毎回新しい発見、新しい視点からのものの見方を得ることができるので、とても刺激になります。食物も建築物も素晴らしく、ホスピタリティがとても高い。たくさんの魅力があるからこそ、日本に来たい人はとても多いのです」

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ダビデ・トラクスラー氏に「今回、日本を訪れて、何か発見をされたのでしょうか?」と尋ねる。すると少し考えてから、こう話してくれた。

「日本にはもう30年以上、数えきれないほど来ていますが、そこで理解できたのは、何回来てもやっぱり日本のことがわかり切れないということです」

これは悪い意味でなく、褒め言葉であると続けた。毎回、驚きと発見の連続があり、予想を遥かに越えてくる。常に好奇心を刺激してくれるのだと言う。

「日本人はとても慎重です。コロナ禍における規制が大きかったことから、その回復に時間がかかってるだけなのだと思います。ステイホームが続き、誰もがそれに慣れてしまったら、これまで頻繁に旅行していた人も、すぐに出かけようとはならないのでしょう。一歩を踏み出すきっかけがあれば、またすぐにでも旅に出たいと思えることでしょう」

「きっかけがまだ来ていないだけ」という言葉は、たしかにそうかもしれない。長く閉塞した空気が、完全に払拭されたイメージは日本にない。動きはじめるタイミングを、まだつかめていない印象は拭えない。ならば、原宿に『デルセー・ラボ』という、ちょっと変わった店があるから足を運んでみようと考えるのはどうだろう。刺激的な空間で、新しいラゲッジと出合うことで、また旅に出かけたくなるかもしれない。

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デルセー ラボ
東京都渋谷区神宮前6-15-4
03-6427-5519
営業時間/12:00~20:00(不定休)

Photograph:Hiroyuki Matsuzaki (INTO THE LIGHT)
Text:Yasuyuki Ikeda

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