お酒
THE EAR INN
【第4回】
[ニューヨーク、 バーが伝える高揚、洒脱、そして文化。]
2024.01.26
パンデミックを経て、ニューヨークは何が変わり、何が変わらず、何を今伝えたいのか。人々が集うバーを巡り、“ニューヨークの思い”を探ってみると……。
名物主人の店に流れる良い音楽と良い時間
この人に会いたいから通う。1817年に開店したこの店も、その代表格のひとつだろう。
もはやレトロといえる「The Ear Inn」のネオンサインがともる店内に足を踏み入れれば、カウンターで忙しそうに働くゲイリー・ロウラーさんが出迎えてくれる。
出身は英国だが、おじが経営するこの店に遊びに来たらすっかり気に入り移住を決意。店をまかされることになったのだそうだ。以来30年このカウンターに立っている。代わる代わるやって来る客は7割が“常連さん”で、居心地の良さと彼とのコミュニケーションを心から楽しんでいるのがわかる。
名物はもうひとつある。毎週日曜日に専属のバンドによって行われるライブである。ジャズを中心としており、CDもリリースした。店名の「Ear Inn」は、70年代に看板のネオンの「BARINN」(酒場、酒場付きの宿屋の意味)の文字の右がともっておらず、“E”に見えたことから、以来そう呼ばれるようになったらしいが、今ではライブの音色を楽しむ人の滞在する場となっている。
ストリート・パフォーマンスが街のあらゆるところで行われ、誰もが音楽の味わいを享受しているNYC。肩ひじ張らずともライブを楽しむ様が、ここでは毎週繰り広げられている。
ニューヨークを堪能するなら、 バーを訪ねよ。
異なる魅力を持つバーを巡った旅も、ゴールが見えてきた。「The Ear Inn」のゲイリーさんは東京からやって来た旅行客を見据え、こう言った。
「かつてこのかいわいは治安が良いとは言えなかった。けれど今はスノッブな店もたくさん生まれ、客層も変化している。だからといって店や自分が変わる必要はないと思っているんだ。誠実であること、大事なのはそれだけですよ」
天空のバーで摩天楼を眼下に望む高揚から、アートと至近距離で過ごす刺激、上質な蒸留酒への知見を深める悦楽、変わらないことの価値への再確認、そして誠実であるという矜持。NYCのバーは、それぞれが持つ個性を十二分に生かし輝きを放っていた。
この街が世界中の人を引き寄せるのは、まさにこういった重層的な輝きによるからではないだろうか。やはりこの街のバーは、NYCの鏡のような存在だったのだ。しかもその鏡は、世界でいちばん美しいのは白雪姫ではなく、自分の個性を信じる存在と伝えているように思えてならない。
【第4回】へ続く>>
Photograph: Kosuke Mae
Coordination: Yasuyo Hibino
Edit & Text: Toshie Tanaka(KIMITERASU)
協力/ニューヨーク市観光会議局 https://www.nyctourism.com