週末の過ごし方
West meets East
縁がテーマの佳作、アメリカ映画の今を彩る
【センスの因数分解】
2024.07.11
“智に働けば角が立つ”と漱石先生は言うけれど、智や知がなければこの世は空虚。いま知っておきたいアレコレをちょっと知的に因数分解。
袖振り合うも多生の縁。これは、ふと道で袖が触り合うような出会いでも、過去からの縁がそこにあるという仏教的故事です。
私たち日本人には慣れ親しんだ故事が、美しく上質なアメリカ映画になりました。韓国出身の女性監督セリーヌ・ソンが脚本やプロデュースも務めた『パスト ライブス/再会』は、アメリカをはじめ多くの国で評価を得て、オスカーはじめ数多くの賞にノミネート。そして受賞をしています。
韓国・ソウルに暮らす12歳のノラとヘソンは互いに好意を抱きながら、ノラの家族がカナダへ移住するため、離れ離れになります。12年後にSNSでつながったふたりは、オンライン上で会話を楽しむように。やがて疎遠になるもさらに12年後、ヘソンがノラが暮らしているニューヨークへやって来て、24年ぶりに会うことになるのです。
キーワードとなるのが「イニョン」。韓国語で縁を表す言葉です。パスト ライブスというタイトルどおり、前世からのイニョンこそがふたりを引き寄せるのか……。ノラとヘソンは他言語では(ノラの夫でさえも)理解できない感情や意識を、24年という長い年月や国境を超えて共有しています。ソン監督は、それを夢のような美しい画で、繊細な描写で、丁寧に丁寧につづっていくのです。
仏教的な価値観をテーマにした本作品は、ある意味東洋的であるとも言えます。しかしオスカーに輝いた『ムーンライト』や『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』など独立系の良作を生むA24制作の『パスト ライブス/再会』は、洋の東西を問わず受け入れられ、“アメリカ映画”として非常に高評価されています。
エスニックではなく、作家性の高いアメリカ映画として絶賛される。世界の表現が、東西を超えて昇華していく様を私たちは目撃しているといえるでしょう。
『パスト ライブス/再会』
4月5日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開 配給:ハピネットファントム・スタジオ。ソウルで同級生だった12歳のノラとヘソンはノラの移住で離れ離れになる。24歳でSNSを通し再会し、36歳でニューヨークにて巡り合う。