週末の過ごし方
麗しのクイーン・エリザベス。
[後編]
2024.11.29
まるで、ブリジャートン家の二人のように─。
作・鮎川ジュン
東京国際クルーズターミナルに着き、いざ全長294メートルのクルーズ船を目の当たりにすると、味わったことのない高揚感に包まれた。世界一有名な船にいまから乗るんだ、そう思うと自然と背筋が伸びてくる。船内に進むと、まず圧倒されるのがクイーン・エリザベスの象徴であるグランド・ロビーだ。3層吹き抜けの空間に、正面には初代クイーン・エリザベスが描かれた寄木細工の重厚な壁画が出迎えてくれる。
部屋は結婚10周年ということもあり、われながら少し奮発して海側のバルコニーのある部屋を選んだ。もし退屈させてしまったら……? もし怒らせてしまったら……? そんな不安がありつつも、初めての船旅だ。どうせなら、存分に海を感じたいではないか。
妻はいつもより少しドレスアップして、船内を案内してくれた。よほど憧れていたのだろう、どこかで調べつくした情報を、わが物顔で披露するのだから。船内には、プール、ジム、スパ、図書館、カジノ、ブティック、雑貨店、そしていくつものカフェやレストランが立ち並び、まるでひとつの街のようだ。
ルームサービスも充実していて、なんとも贅沢(ぜいたく)で居心地がいい。英国仕立ての豪華な空間でのディナーも格別で、シックなドレスを着こなし、いつもと雰囲気の違う妻の姿に少し緊張してしまったくらいだ。
「勢いで結婚して、10年がたったなんて信じられない」
僕は思わずシャンパンを吹き出しそうになってしまった。
「勢いで結婚しようって言ったの?」
「あれ? 私が言ったんだっけ? あはは、覚えてないや。でも、君は悪い恋をしてきたみたいだから、私が救わなきゃって思ったのよね」
なんだか癪(しゃく)だが、確かにそうなのかもしれない。僕の恋は、いつだって恋愛ごっこに付き合わされているような感覚だったから。
「また上から目線で僕を非難する……。君だってさ、よく僕を呼び出してたじゃないか」
気づけば、付き合いたてのカップルのような会話を楽しんでいる二人がいた。きっとこのラグジュアリーな空間のせいだ。僕はそんな言い訳を用意して、この時間を存分に楽しむことにした。
すっかり酔いしれてしまったのは「クイーンズ・ルーム」でのダンスパーティーだ。毎晩テーマは変わり、さまざまなジャンルの音楽がダンスホールに響き渡る。妻の強い希望で新調したタキシードをまとう僕は、彼女の好きなイギリスの摂政時代を描いたドラマのワンシーンを再現し、ヒロインをエスコートした。
「そういうとこが好きなんだよなぁ」
そう言わせたのだから、きっとお気に召したのだろう。フォーマルな装いに自然と背筋が伸び、ここにふさわしい振る舞いをするようになるのが不思議だ。
「今日の君は、よりいっそう美しいね」
気づけば僕は、味わったことのない充足感に浸りすぎて、こんなことを口走っていた。
「まったく君は、本当に影響されやすいなぁ」
妻はそう言いながらも、最高の笑顔を僕に見せてくれたのだった。
クイーン・エリザベス
全長294mの巨大な船に、エンタメ、グルメ、そして人との出会いが詰まっている。日本には2025年3月末に寄港予定。乗船情報はキュナードのWEBサイトにて。唯一無二の旅の醍醐味(だいごみ)を、ぜひ体験していただきたい。cunard.com
鮎川ジュン(あゆかわ・じゅん)
アエラスタイルマガジンwebの人気連載企画『いま観るべき、おしゃれな海外ドラマとは?』の選者・執筆者。バーテンダー、音楽家、DJ、イベントオーガナイザーなど、幅広い顔をもつ。
Illustration: Michiharu Saotome