特別インタビュー
「恋しているハンサムな男は、僕の実像ではないんだ」
悪役で新時代を謳歌(おうか)するヒュー・グラントの告白。
2025.04.25

『フォー・ウエディングス』(1994)や『ノッティングヒルの恋人』(1999)、『ブリジット・ジョーンズの日記』(2001)シリーズなどの大ヒット作で、心くすぐるユーモアあふれる演技と、端正なルックスで世界中を魅了したヒュー・グラント。ロマンチック・コメディーの帝王と称され、世界的な人気俳優として名をはせた。その華麗な成功によって、30代では美貌の英国女優エリザベス・ハーレイとの恋愛関係やその破局、ハリウッドでの売春婦事件などなど、私生活でも注目を集め、話題をふりまいた。
1960年生まれの64歳。コンスタントに演技を続け、今や英国の誇る実力派ベテラン俳優として知られる。最近では『ブリジット・ジョーンズ』シリーズの最新作で熟年プレイボーイ役を好演しているが、今回注目したいのはヒュー・グラントの既存のイメージを刷新する新作『異端者の家』だ。
数年前から悪役や汚れ役とされる役柄に積極的に取り組み、新側面を開拓した演技が高い評価を受けているのだ。
「俳優という仕事をしていて楽しい点、というか個人的に僕が楽しいと感じている点は、人間が奇妙なまでに一生を通じ自己をねじ曲げ屈折させていく様を演じるときだ。それは人生で起こった経験によるものではないかと思う。つらいことや苦しみや痛みに対処するために、人は驚くほど変形してしまう。そういった点は僕が俳優としてダークな役を演じることの楽しみなんだ。何重にも重なっている層を1枚1枚はがしていき、中に詰まっている要素を取り出すように演じている」
『異端者の家』で彼が演じるのはミスター・リード。謎めいたインテリである彼の家にモルモン教の伝道師である若い女性2人が訪ねてくる。彼女らを相手に、彼は逆に独自の宗教観を説こうとするのだ。それが会話を超えた極端な行動へと発展する。この複雑怪奇で謎めいたミスター・リードの絶妙な演技が、大きな話題になっている。

「宗教について語る映画であるという点で、テーマにとても興味をそそられたし、この役を演じることが非常に大切だと感じた。アメリカの映画市場は巨大だし、クリスチャンが大半を占めている。キリスト教にかかわらず、宗教というテーマについて映画の中で真っ向から語られることはまれで、多くの場合は変にひねられて不気味に取り上げられたり、ホラーにされたりする。十字架や信仰心について語ることについて畏怖を感じるというか……。多くが宗教というテーマにひかれつつも、それについて語ることを恐れてしまっている。本当に興味深いと思う」
往々にして宗教について語ることを避ける風潮にある映画業界において、あえてこの役を引き受けた理由や自身の宗教との関係についてはどう考えているのか問うと。
「母はかなり信仰心が強く、母方の祖母も同様で、子どもの頃から兄や僕に対して教会に行くよう言っていた。そして毎週日曜日には両親と共に教会に行っていた。でもある日、僕と兄は教会に行きたくないと宣言したんだ。教会は嫌いだと。ナンセンスだから。なんと驚くことに父もそれに同意した。それで僕らは教会に行くのをやめた、母以外は。
でも年齢を重ねた今は、気分のすぐれない日には南フランスの別荘の近所にある教会にブラっと行って、地元の聖人であるセントローレンスが僕を救ってくれたらな……。なんて思う事もある(笑)。この年になって、宗教の価値がなんとなくわかってきたというか、人生でいろいろあると、ときには癒やされたいと感じるのだろうね。とはいえ感情的なものを交えずに考えれば、宗教なんてとんでもないものだと思う部分もある。何かを信じたいと思う、それが癒やしなんじゃないかな」
とは熟年のささやき。優しげなルックスとは対照的に、ときにはとがった発言をすることでも知られ、常に冷静な視点で自分(または他人)を分析する彼の発言は、たまらなく面白く、自虐的なユーモアが光る。

西ロンドンの出身、奨学金で名門オックスフォード大学に在籍、そこでコメディーの面白さに気づき、友人と独立系の劇団を立ち上げて地方をどさまわりしていた。そんなときに映画『モーリス』に出演。この映画のヒットをきっかけに、突如俳優のとしての華やかなキャリアが開ける。大作に出演したことより、20代にパブでコメディー・ショーをやっていたころを恋しく思うと告白する。
「あの時代は、ひょっとしたら僕のキャリアのなかで一番幸せな時代だったかもしれない。自作自演で小さなパブのようなところにも出演した。エジンバラの演劇祭で大きな劇場に出演したのも懐かしい。観客が大笑いしてくれるコメディー・ショーで成功することは、それ以後に出演した映画の仕事よりも、僕にとっては満足感の大きな体験だった。何しろ自分の作品で演じたわけだから」
2000年代半ば、ハリウッド作でロマンチック・コメディー路線の映画に出演していた頃には、パニック障害と診断されたこともあった。しかし2017年の『パディントン2』、2018年のBBCテレビドラマ『英国のスキャンダル~セックスと陰謀のソープ事件』などで悪役路線へ転換し、俳優としてのキャリアを謳歌しているように映る。さてロマンチック・コメディー路線からは卒業したのか……。
「これまで誇りに思えるような映画も何本かは作れたと思っている。しかしながらジャンル的には狭いと感じた。ハンサムな男とか、恋をしている男とかね。自分とは全く異なるキャラクターを演じるほうがずっと楽しい。自分からはかけ離れた、と言ったほうが正確かもしれない。人は『フォー・ウエディングス』や『ラブ・アクチュアリー』などで演じた役が、僕自身に近いキャラクターだと思いがちだが、実のところあれは全然自分とは違うんだよ」
これからも悪役やホラー作に出演しつづけるのだろうか?
「特にそういう予定はない。だけど、現在は悪役や癖のある役を演じる時期だと考えそれに身を投じ、楽しんでいる。だから本作が最後でないだろう」

『異端者の家』
監督/脚本:スコット・ベック、 ブライアン・ウッズ
キャスト:ヒュー・グラント、ソフィー・サッチャー、クロエ・イースト
原題:Heretic|2024 年|アメリカ・カナダ|字幕翻訳:松浦美奈 上映時間:1 時間51 分
配給:ハピネットファントム・スタジオ
公式HP:https://happinet-phantom.com/heretic/
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※4月25日(金)より TOHO シネマズ 日比谷ほか全国公開。
Interview & Text:Yuko Takano