週末の過ごし方
桜島を望む、美酒佳肴の旅。【前編】
―岸谷五朗が綴(つづ)る物語―
2025.05.02

俳優・岸谷五朗が綴る小説に、そこからインスパイアされたビジュアルストーリーを添えるシリーズ企画。桜島を前にして、静かに一献。人生がまた、動きだす──。
父の焼酎。
作・岸谷五朗
日本の凄(すさ)まじい出勤ラッシュが最も世界に報道された頃、その人混み中、もみクシャにされ「休日返上ルール無用」で働いていた会社人間が父である。たまの休みは、父の寝顔と鼾(いびき)が、公団住宅の狭い部屋で昼過ぎまで続く。そんな時代のサラリーマンが間違いなく今日の日本を支えている。
子どもの頃は必然的に父との時間は無く、関係はどこかギコチナク、会話が弾むことは皆無で、変な緊張感さえあった。
小学生低学年の頃に、唯一の遊び道具として買ってもらったグローブとボールにはまり少年野球を始めた。私の成長と野球センスは目を見張るものがあり、高学年になると、リトルリーグから勧誘がくるほどの不動の4番ピッチャーになっていた。

ある日、昼過ぎまで寝ていた父が顔を洗いながら「キャッチボールするか」とポツリ……。父なりに、まったくコミュニケーションが取れてなかった、ある種放っておきっぱなしの息子に、わずかな親子関係の思い出づくりをしてやろうと思ったのかもしれない。私は、無邪気にその気持ちに喜ぶ息子を演じながら空き地に向かった。父の父親像づくりに協力した。普通ならピッチャーを息子、キャッチャーを父が請け負いながら、「ナイスピッチング!」とか言ってもらって、笑顔で答える息子がいるのであろうが、あえてキャッチャーミットを選んだ。父に恥をかかせたくなかった。折角の父の息子のための思い出づくりを本気で投げる私の球で壊したくなかった。
軽くキャッチボールをした後、「さあ、こい~」楽しんでいるふりをして、ミットを構え直して座った。父が一瞬太陽に視線を向け、息を吸い込んだように見えた。

岸谷五朗(きしたに・ごろう)
東京都出身。1983年、大学在学中に劇団スーパー・エキセントリック・シアターに入団、舞台を中心に活動をスタート。94年に寺脇康文とともに演劇ユニット「地球ゴージャス」を結成、すべての作品で演出を手がけるほか、ほとんどの作品で脚本も執筆、累計120万人の観客動員を超え、テレビ・映画でも多彩な活躍を見せる。

Photograph: Yuji Kawata(Riverta Inc)
Styling: Eiji Ishikawa(TABLE ROCK.STUDIO)
Hair & Make-up: Maki Takahara(ENISHI)