週末の過ごし方
美と文化が重なる街ブダペスト
歴史のレイヤーを思考する旅へ
2025.12.24
ブダペストほど静けさと知性が満ちている都市はそう多くない。冬の澄んだ空気の中で眺める建築の陰影、ドナウ川沿いに流れるゆるやかな時間、そして幾層にも重なる歴史のレイヤー。この地は、訪れる人の思考を深くさせてくれる。イスタンブール経由でアクセスしやすい中欧都市としても人気で、出張や短い休暇にも組み込みやすい。そんな期待の高まる地へと向かう。
ビジネスパーソンのためのブダペスト移動の最適解
冬のハンガリーのブダペストは、街の輪郭がいちばん美しく浮かび上がる季節。気温は日中で0〜5℃、朝晩は氷点下近くまで下がることもあるが、カシミヤのタートルネックセーターにロングコート、雨風を防ぐ暖かなブーツやスニーカーという装いでさっそうと過ごしたい。早朝の街を歩けば、石畳の表面が薄く白み、吐く息が静かに漂う。その冷たさが旅の始まりを鮮明にしてくれるようだった。
そんなブダペストへ向かうにはどんなルートが最適か。今回は、その答えに近い移動方法に出合った。
まず、出発は成田空港から。午前10時台発のターキッシュ エアラインズを利用し、イスタンブールで乗り継いでブダペストへ向かう。到着は現地時間で19時台。ターキッシュ エアラインズは、就航国数世界No.1を誇る航空会社のため中欧の都市へもアクセスがしやすく、出張や旅行などで渡航する際にも移動時間の見通しを立てやすい点がありがたい。
成田空港には、今年3月にターキッシュ エアラインズのラウンジがオープンしたばかり。第1ターミナル南ウイング・サテライト4(47番ゲート付近)に位置し、現在は第1期エリアとして約800㎡が稼働中で、ゆくゆくは1500㎡に拡張し、イスタンブールに次ぐ国外最大の国際ラウンジになるという。
現在、席数は110あり、トルコ料理を中心とした温かなメニューが並び、落ち着いて作業できるエリアやシャワールーム、VIPルームも備えている。出発前にメールを返し、旅程を整えるには十分な環境だ。
トランジットに利用したイスタンブール空港は、国際線・国内線がひとつの巨大ターミナルに集約されているため動線がわかりやすく、乗り継ぎが驚くほどスムーズだった。
成田から約13時間、乗り継ぎに約1時間20分ほど、そしてイスタンブールからブダペストまでは約2時間。長距離移動の疲れが最小限に抑えられるため、到着後すぐに仕事や観光を始められる。
ブダペストの現在地を示すプロジェクトが進行
ブダペストに到着してすぐ、この都市の印象を大きく塗り替えてくれたのが、市民公園「ヴァーロシュリゲット」の一帯で進むリゲット・ブダペスト(Liget Budapest)プロジェクトだった。
約100ヘクタールにも及ぶ広大な敷地に、美術館や博物館、音楽施設などが再整備されており、ここを訪れたら一日中楽しめるのではと思うほど。歴史都市の魅力を残しながら、未来の文化インフラをつくるプロジェクトが進んでおり、街の現在地を知るうえで欠かせないエリアだ。
特に印象的なのが、建築家の藤本壮介氏が設計した「音楽の家(House of Music Hungary)」。2022年に開館した建物は、森の中に溶け込むような有機的な屋根が特徴で、そこには100前後の丸い開口部が設けられており、天井からこぼれる光が展示空間にゆらぎを与え、建築そのものが音の波紋のように感じられる。
また、壁はガラス面が多く、あたりの自然と一体化したような状態で演奏を堪能できる空間なのも特徴。内部の展示ではハンガリーの音楽史をたどり、民族音楽から現代音楽まで立体的に理解できるつくりだ。
隣接する「民族学博物館」は、芝生が広がる屋上広場がゆるやかに立ち上がる独特のランドスケープが印象的。公園と建築を一体化させた造りで、市民が自由に過ごせる開かれた空間になっている。手前には、自由を求めて蜂起した1956年ハンガリー革命を追悼する記念碑が設置され、歴史を物語っていた。
内部には伝統衣装や宗教儀礼、住居文化の資料が並び、多様な価値観が社会を形づくってきたことを実感できる。多文化環境で働く人にとっても示唆の多い場所だ。
ブダペストは、温泉都市としての顔も持っている。19〜20世紀に建てられた浴場が今も現役で、市民の暮らしに深く根付いている。ヴァーロシュリゲットの一角にあるセーチェーニ温泉もそのひとつ。12月でも屋外の温水プールで楽しむ人は多く、屋内プールも温熱効果を堪能するなどリフレッシュ目的の利用者が集まっていた。
ほかにもヴァーロシュリゲットには動物園もあり、公園の大規模なグリーン再生にも力を入れている。観光地として知られる一方、市民にとっては日常的なインフラでもあり、自然資源を都市の機能として生かす発想がうかがえる。歴史と生活が地続きになったブダペストらしい場所だった。
ブダペストを形づくる歴史と精神性のアーキテクチャ
ブダペストを訪れたなら、ハンガリー国立歌劇場は外せない。1884年に一般公開され、2022年に大規模改修を終えた歴史的建築で、メインホールは約1300席、天井高約25m。金箔装飾やフレスコ画に囲まれた空間は、一歩足を踏み入れた瞬間に息をのむ壮麗さがある。
館内の廊下に多くの鏡が並ぶのは、当時の貴族が所作を整えるためだったという。舞台鑑賞は文化の場であると同時に社交の場でもあり、美しい姿勢で歩くこと自体が社会的ステータスを示す行為だったからだ。
さらに興味深いのは、歌劇場内に設けられていた喫煙スペースの存在。当時は政治家や財界人が集まる秘密の情報交換の場として機能していたとされる。禁煙化されたいまはその役割を終えているものの、19〜20世紀の社交文化を象徴する痕跡として残されている。オペラ鑑賞の前後に人々が集い、政治や産業の話題が飛び交っていた時代の空気が、建築の中に刻まれていることを感じられた。
チケットを購入しオペラを鑑賞するのはもちろん、ホワイエでの短い演奏会に偶然出合えることもある。文化が特別なものではなく、日々の暮らしに自然に溶け込んでいることを実感できる場所だ。
さて、街の中心部には、もうひとつの象徴的な建築である聖イシュトヴァーン大聖堂がそびえている。内部には、ハンガリー初代国王の聖遺物である“聖右手”が安置されており、国家と信仰の歴史が息づいている。一方、国会議事堂には聖王冠が保管され、国家の象徴として公開されているのだそう。
両建築の高さが共に96mにそろえられているのは、建国年“896”に由来し、「宗教と国家はいずれも尊い」という思想を示す都市のデザインでもある。壮麗な歌劇場を訪れたあとにこうした街の象徴を巡ると、ブダペストという都市が文化・歴史・精神性のレイヤーを重ねて成立していることを感じられる。
また、聖イシュトヴァーン大聖堂の前の広場では、クリスマスマーケットがにぎわいを見せていた。シナモンの利いたホットワインやラングシュという揚げパン料理、ハチミツ、パプリカを使った調味料や石けん、クリスマスオーナメントなど多彩な屋台が並び、多くの人でにぎわっていた。
土地への解像度を高める食文化
食文化は、その土地の気候・経済・価値観を一瞬で理解できる最短ルート。ブダペストには、19〜20世紀に育まれたカフェ文化が今も息づいている。なかでも「Parisi Passage Cafe & Restaurant」は特別で、アール・ヌーヴォー装飾が残る壮麗な吹き抜け空間は圧巻だ。訪れた際にはPCを開いて商談をする人の姿もあり、人気店である理由が理解できる。
伝統菓子は、薄いスポンジにチョコレートクリームを重ねたドボシュトルタや、ナッツとバタークリームの層が美しいエステルハージィトルタなど。コーヒーと一緒に味わってみてほしい。
レストラン選びに迷ったら、市内中心部にあるタイムアウト・マーケット ブダペストがおすすめ。約20店舗・800席を備えたモダンなフードコートで、ミシュラン掲載店の料理から、ブダペストならではのパプリカを使ったチョリソーや伝統料理、さらには寿司やアジアン料理、デザートまでそろうので、忙しいビジネスパーソンにも家族旅行にも使いやすい。どの店を選んでもはずれがない、安心感があるのも心強いポイントだ。
非日常の食体験を求めるなら、ドナウ川に浮かぶ船上レストラン「Spoon the Boat Restaurant」でのディナーが印象に残るだろう。国会議事堂や王宮の丘を望む絶好のロケーションで、鴨のローストやフォアグラ、ビーフ、川魚を使った料理など、ハンガリー食材を現代的に仕上げたコースが続く。
ハンガリー料理は素朴さのなかに奥深いうま味があり、素材の味が静かに広がるのが特徴だ。国宝種のマンガリッツァ豚は脂身がきめ細かく、ローストや煮込みでもその豊かな風味が際立つ。また、ハンガリーは世界有数のフォアグラ産地として知られ、前菜のテリーヌや鴨肉と合わせる温料理はレストランの定番となっている。
「Spoon the Boat Restaurant」でも鴨のローストが提供され、香ばしい皮目としっとりとした肉の火入れに、この土地ならではの食文化が感じられた。また、「極上の甘口」と称されるトカイワインはハチミツのような香りと軽やかな酸が特徴で、濃厚な料理とも相性抜群だ。
食後はドナウ川沿いの散策も一興。王宮の丘や橋のアーチもライトアップされ、都市全体が輝きだす。
滞在の質を引き上げるミシュランキーホテル
ブダペストの街に溶け込むように立つ「フォーシーズンズホテル グレシャムパレス ブダペスト」は、この都市の景観美を語るうえで欠かせない存在だ。今年10月にハンガリーで初めてミシュラン2キーを獲得。歴史的建築が連なるドナウ川沿いにあり、セーチェーニ鎖橋と向かい合うそのたたずまいは、ブダペストの優雅さと調和するようにつくられている。
1906年建造のハンガリー・セセッション建築で、曲線的なレリーフや幾何学模様のタイル、鉄とガラスを組み合わせた外観が印象的。ロビーは柔らかな光と繊細なアイアンワークが重なる静かな空間で、滞在そのものが建築鑑賞になる。
客室は179室、スイート19室。スパやプール、サウナも備え、旅の合間に心身を整えられる。訪れたのはクリスマスシーズンだったので、歴史あるロビーにきらびやかなツリーが飾られ、空間の華やかさを引き立てていた。
客室は優雅なインテリアでゆったりとしており、深めのバスタブと併せて移動の疲れがしっかりとほぐれる。朝、窓の外に広がるドナウ川と鎖橋を眺めながら飲むコーヒーは、何ものにも代えがたいひとときになる。
王宮の丘が示す歴史と再生の現在地
ブダペスト旅の締めくくりは、王宮の丘へ。ここはブダペストという都市を俯瞰できる特別な場所だ。13世紀の城壁、中世の街路、ハプスブルク帝国期の建築、そして手前に流れるドナウ川。そこに近代の国会議事堂やホテル群が重なり、異なる時代のレイヤーがひとつの視界に収まり、ブダペストが時間を積み重ねながら形成されてきた都市であることを一瞬で理解させてくれる。
現在、王宮の丘一帯では長期的な復元プロジェクトが進行中。それは、19世紀末から20世紀初頭の姿を可能な限り再現する計画で、完成は2030年ごろとされている。丘の内部には美術館、歴史博物館、マーチャーシュ教会、そして漁夫の砦などが点在し、歩くたびに時代が切り替わるような感覚を与えてくれた。
ここから鉄道で、プラハへ移動する。距離は約530km、所要時間は約8時間。車窓には住宅地、小さな町、冬の農地、森といった景色が次々と移り変わる。プラハではブダペストとは違う発見が待っていた。
協力:ターキッシュ エアラインズ、Visit Hungary
Edit & Text: Tomoko Komiyama