週末の過ごし方
芸術家たちを引き付けた都市プラハ
足跡をたどり創造の源泉を知る
2025.12.25
ブダペストから鉄道で約8時間。スロバキアを抜けて北上していくと、やがて赤茶色の屋根が密集する風景が現れる。プラハだ。第一印象は、ブダペストよりも都会的で美しさが凝縮した都市。建物と建物の距離が近く、歴史的建築が突然目の前に現れ、その迫力に思わず立ち止まってしまう。街そのものが映画のセットのようなチェコ共和国の首都・プラハを巡っていく。
都市の時間を告げる天文時計と旧市街
プラハを語るうえで、旧市街広場に立つからくり仕掛けの天文時計「オルロイ」は欠かせない存在だ。1410年に設置された世界最古級の天文時計で、旧市庁舎の南塔に取り付けられている。時間の表示に加え、天文と中世的世界観が組み合わされた構造で、色分けされた天球図には太陽と月の位置が示されている。
旧市庁舎は14世紀に創設された市民自治の象徴で、ゴシック、ルネサンス、バロックの様式が重なる複合建築。その行政の中心に、天文学と職人技の粋を集めた天文時計が組み込まれている事実は、プラハが「時間」を都市文化として育んできたことを雄弁に物語っているようだ。
正時になると仕掛けが動きだし、死を象徴する死に神(天文時計の右側)が動き、12使徒の像が時計の上の小窓の奥で動く。鐘の音と共に広場はざわめき立ち、観光客も地元の人々も一斉に時計へ視線を向ける。機械的な時計ではなく、宇宙と宗教観を含んだ時間の捉え方が、都市の中心に据えられている点が印象的だった。
旧市庁舎には入ることができるので、塔の上から広場を眺めることもできる。一帯には、ヤン・フス記念碑や旧市街広場、ティーン教会といった象徴的な建築が集まり、訪れた日は大きなクリスマスツリーを中心に多くの人が行き交っていた。
芸術家ミュシャ 創造性の源泉をたどる
旧市街を歩くとほどなくしてミュシャ美術館にたどり着く。プラハは見どころがぎゅっと凝縮している街なので、歴史と現在を自然につないでくれるのだ。
館内で案内を務めてくれたのはミュシャのひ孫にあたるマーカスさん。まず語られたのは、日本がミュシャ家族にとって特別な国であるという事実。ミュシャ自身、日本の工芸や空気感から影響を受け、その後、日本の漫画家やデザイナーが彼の表現に刺激を受けてきたという。
展示は、アール・ヌーヴォーの華やかな女性像にとどまらず、写真やスケッチにも焦点を当てる構成だ。ミュシャは生涯で多数の写真を撮影し、自身の思考やアイデンティティを視覚的に記録していたという。パリで名声を得た後も、自らをチェコ人として意識しつづけた姿勢が作品の背後に浮かび上がる。さらに、象徴によって意味を伝えるフリーメイソン的思考や、モーツァルトとも連なる精神世界を表現する展示もされていた。
この美術館は、更新されつづける場なのだそう。展示は毎年組み替えられ、節目となる年に向けた構想も進行中だとか。プラハという都市がそうであるように、ミュシャの世界もまた、訪れるたびに新しい層を見せてくれるだろう。
市民会館に刻まれた芸術と政治の交差点
プラハの精神性を象徴する建築として、街の中心に立つ市民会館も特別な存在だ。1905〜1912年に建設されたアール・ヌーヴォー様式の代表作であり、1918年にはチェコスロバキア独立がここで宣言された。観賞としても美しく、国家の歴史を内包する象徴的な場所でもある。
外観を飾るモザイク画「プラハの礼賛」やレリーフは、都市と市民への誇りを視覚化するもの。内部に足を踏み入れると、ミュシャをはじめとするチェコを代表する芸術家たちによる装飾が随所に施され、ステンドグラスの光、金箔、天井画が調和する。
1階には格式あるレストランやカフェでにぎわっており、地下にはビアホール、2階にはコンサートホール、3階にはギャラリーが設けられている。コンサートや展示を目的に訪れるのはもちろん、街歩きの合間にカフェでひと息つくだけでも、文化の厚みを感じ取ることができるだろう。
知の聖域 クレメンティヌム図書館
プラハで最も静かで、そして最も圧倒された場所がクレメンティヌム図書館だった。バロック装飾の天井画に、17〜18世紀の書物が壁一面に整然と並び、地球儀や天文測定器が置かれ、空間全体が知性そのものの象徴として呼吸しているようだった。
この図書館が生まれた背景には、16〜17世紀にイエズス会がプラハに拠点を築き、教育・研究・宗教の中枢施設としてクレメンティヌムを発展させた歴史があるという。神学や哲学だけでなく、天文学、数学、語学など多分野の学びがここで行われ、図書館はその知を集積し保存する役割を担った。のちに国立図書館の母体となったのも、知の中枢として機能してきた証しと言える。
館内にはひんやりとした空気が漂う。声を発するのがためらわれるほど、この空間には唯一無二の緊張感があった。映画のロケ地として使われてきたのも納得の存在感だ。
カフカとモーツァルトが交差する町
旧市街を抜けてブルタヴァ川沿いへ出ると、プラハを象徴するカレル橋が現れる。14世紀に建造された石橋で、フランシスコ・ザビエルをはじめ30体もの聖人像が並ぶ景観は圧巻だ。せっかく行ったならば、幸せが訪れるという聖ヤン・ネポムツキー像の台座も触ってみてもらいたい。ポイントは右側のレリーフのみを触ること。左側はアンラッキーが訪れてしまうのだそう。
ここでは宗教、王権、市民の暮らし、芸術といった異なる時代のレイヤーが視界に入る。日中は人が多いので早朝などに行くとゆっくりと見ることができるだろう。
旧市街へ歩みを戻すと、チェコ生まれのフランツ・カフカゆかりの場所が点在して現れるのがプラハのおもしろいところ。生家跡やモニュメント、かつて彼が暮らした建物なども(下の写真左)。石畳の狭い路地や建物の影など、その閉塞感と不安定さがカフカの作品世界と重なっていくようだ。
一方でプラハは音楽の記憶も色濃く刻まれている。通りの一角には、モーツァルトが滞在したことを示すレリーフが残る建物(下の写真右)もあり、彼がこの街で歓迎されていたことがうかがえる。
文学と音楽、歴史と日常が折り重なる様は、多くの創作者を引き付けてきたプラハの魅力をのぞかせてくれた。
そして、船上から眺めるプラハの夜景は言葉がいらないほど美しい。ブルタヴァ川クルーズでは、カレル橋、プラハ城、教会群、川沿いのアール・ヌーヴォー建築、そして最新建築のダンシングハウスが順に現れ、都市が歴史の層でできていることを見ることができるはずだ。
寒冷な土地で生まれたチェコ料理
「食」はその土地を理解するうえで欠かせない。チェコ料理は肉と煮込みが主役なんだそう。牛肉のグラーシュ、豚肉のロースト、じゃがいもやダンプリングの付け合わせなど、寒冷な地域で育まれた逸品を試していただきたい。
注目はチェコビールだろう。写真は、プラハ中心部の旧銀行建築をリノベーションした人気レストラン「Červený jelen」での一杯。こちらは、プラハ中心部の旧銀行建築を活用した人気のレストランで、伝統的なチェコ料理やヨーロッパ料理、ステーキやグリル料理をモダンに提供するダイニングとして知られている。
チェコではビールの泡を楽しむ文化があり、きめ細かくクリーミーな泡こそが品質の証しとされているそうだ。注ぎ方によって泡の量が異なるスタイルがいくつかあり、なかでも泡だけをグラスに満たすムリーコは、この国ならではの飲み方。ぜひ試してほしい。
旅の質を決める、ターキッシュ エアラインズという選択
帰路はプラハからイスタンブールへ飛び、そこから羽田へ向かった。今回の旅であらためて感じたのは、ターキッシュ エアラインズの移動の快適さが旅の密度を大きく左右するということ。同社は、世界で最も多くの国へ就航する航空会社でもあり、イスタンブール空港は単一ターミナル型で、深夜のトランジットでも動線が明快。また、ストップオーバー(途中降機)プログラムも提供しており、乗り継ぎ時間が 20 時間以上 7 日以内の場合、無料ホテル滞在や街歩きに変えることができる。
旅の中継地となったのがイスタンブールの「Miles&Smiles ラウンジ」。利用できるのはスターアライアンス・ゴールド以上のメンバー、Miles&Smiles上級会員などで、内部は空港の中の都市を思わせる圧倒的スケール感だ。ライブキッチンでは石窯ピデ(トルコ風ピザ)をはじめ、肉料理、ベジタリアン料理、ターキッシュティー、デザートまで多彩にそろう。シャワールームや仮眠室、ワークブース、キッズプレイゾーンも備え、わざわざ立ち寄りたくなる充実ぶりである。
ターキッシュ エアラインズは、スカイトラックス社による2025年度「ヨーロッパ最優秀航空会社賞」をはじめ、機内食・ビジネスクラスラウンジ部門でも複数の賞を受賞しているので、サービス品質の高さは折り紙つきだ。さらに日本では、公式LINEアカウントが新開設されたので、渡航前後の情報がスマートフォンで完結する利便性は、忙しいビジネスパーソンにとっても心強い。
プラハとブダペストを巡り、異なる文化や歴史、都市のリズムに触れることで、思考の解像度は確実に高まる。次の一歩を考える人こそ、この2都市を旅の選択肢に加えてみていただきたい。
協力:ターキッシュ エアラインズ、Czech Tourism Board
Edit & Text: Tomoko Komiyama