週末の過ごし方
トヨタがアートを発信する起点。
横浜のウォーターフロントで帝政期のウィーンにタイムスリップ
2026.01.13
函館、神戸、北九州、長崎――夜景が美しい都市はすべて港町。日が暮れれば海が黒のホリゾントとなり、港湾のにぎわいがイルミネーションの重奏/重層となる。2024年に日本新三大夜景都市のひとつに選出された横浜も、首都圏を代表する“光と闇をめでる街”だ。
横浜の場合、街全体と海がコンパクトにまとまっているのが選定理由だったという。そして双方の境に位置する山下埠頭にイマーシブミュージアム「THE MOVEUM YOKOHAMA by TOYOTA GROUP(以下、ザ・ムービアム ヨコハマ)」が2025年12月にオープン。これまでにない没入型芸術体験スポットとして人気を集めている。
場所は山下埠頭4号上屋*。かつては日本の高度成長を支える物流の要だった。柱のないトラス構造で約1800㎡の広大なスペースをリノベーションし、没入型芸術を体験できるイマーシブアートのミュージアムへと生まれ変わった。「by TOYOTA GROUP」とあるとおり、手がけたのはわが国を代表するクルマのブランドであるトヨタ。
「トヨタグループとして、これまでアートの分野ではあまり文化の発信をしてきませんでした」と語るのはトヨタ自動車代表取締役会長の豊田章男氏。アートを創り出すのは言うまでもなくアーティストだが、より広く拡散させていくためには拠点となる場所が必要となる。そこで“器”として選ばれたのが横浜港。理由のひとつにトヨタと横浜の意外なつながりがある。トヨタの前身である豊田自動織機を興した豊田佐吉が初めて織機を輸出、クルマメーカーへの転換を図るきっかけになった2代目喜一郎の海外視察への出発、また最初のクルマであるクラウンを北米に輸出したのも横浜からだった。トヨタが新しいチャレンジをする場所として、どこよりもふさわしい場所といえるだろう。
オープニングを彩るのが『ウィーン世紀末芸術「美の黄金時代」グスタフ・クリムトとエゴン・シーレ~光と影の芸術家たち~』。19世紀末のオーストリアで才能を開花させたふたりの芸術家の作品をそれぞれ5つのカテゴリーで分け、シアターの壁や壁面にまで代表的な作品画像を拡大。巨大空間と迫力のある音楽で、あたかも名画の世界に飛び込んだような錯覚を抱かせる。クリムトは観念的、シーレは表現主義といった頭でっかちな先入観を飛び越え、帝政期のウィーンが生んだ爛熟の美を堪能できるはずだ。
併設されたスタジオでは女優・山口智子さんがライフワークとしてプロデューサーを務めるプロジェクト「LISTEN.ONE MOMENT」を上映。2010年から10年がかりで世界中の音楽文化を収録した映像ライブラリーを3つのスクリーンに映し出す。カザフスタンの騎馬民族が奏でる弦楽器、南米アンデス山脈に住む先住民のフォークロア、リトアニアで女性たちが歌う祝福の歌など、初めて聞く音楽はどれも豊潤。「他の惑星に『これが地球の音楽』と誇れるもの」と山口さんも静かに胸を張る。
さらに“光の振付師”とも呼ばれるフランス出身のデザイナー、彫刻家であるマテオ・メッセルヴィ氏のイルミネーションが倉庫の外観を飾っている。昼間もいいが、帝政期のウィーンへタイムスリップするなら、建物の内と外両方で光の魅惑が楽しめる薄暮以降がやはりおすすめだ。
現在の展示は3月31日まで。その後も魅力的なコンテンツが準備されているようだ。豊田会長は「世界中から国宝級のアートを集め、『ここで見たものを今度は現地に行って実際に体験してみたい』と思ってもらえるようにしたい」と語る。アートのみならず、世界へとつながるルートの起点というスケールの大きな夢だ。
美しい地上の明かりは決して飾りではない。さまざまなヒトとコトを集めるポテンシャルを秘めている。文明開化の地・横浜で、動く光のミュージアムが照らす未来をぜひ体感してみたい。
THE MOVEUM YOKOHAMA https://global.toyota/info/themoveum/
※上屋/港で貨物の荷さばき、積み降ろし、保管などに使用される建物
Text:Mitsuhide Sako(KATANA)